第7話 本戦開幕!


 僕の背後に立っていた少女は、さわこちゃんの妹、はるかちゃんだった。

 当然だが、僕は最初から気づいていた。

 だからブラジリアンワックスは勘弁してください。


 カタン…。

 

はるかちゃんの後ろから、眼鏡の少女が現れる。

周囲の反応からも間違いない。

彼女こそが、本物のさわこちゃんだ。

2度も騙され、ようやく会うことができた。


ここで「臭うわね? なんか福岡臭いわ」とか言ってきたら、作家としては嬉しい展開だが、さすがにそんなキャラ作りはしてこないだろう。


そうしている間にも、娘の札流しが終わる。

タイムは45秒。

「遅い……」

 僕は思わず呟いていた。


 最近の平均速度は33秒。調子が良いときは、30秒を切ることもある。

 40秒台は、ここ数年見たことがなかった。

 スリーブでやりにくかったかもしれないが、こんなにも調子が悪いのか……。


 札流しを終わった娘と、それを見下ろしていたさわこちゃんの目が合った。

「ち、ちぃ~す」

 娘が目を背けながら挨拶する。

 いや、なんだよ、ちぃ~すって?

部活の後輩かよ?


「さわこちゃん。良かったら、うちの娘と──」

「駄目だ!」

 叫んだのはイマムラ氏だった。

 イマムラ氏が、ユバ様のようにふたりの間に割って入って、娘とさわこちゃんとの衝突を防ぐ。

「ふたりの戦いは本番までとっておきたい」

 

 ……それだけ期待されているということか。


「がるるるるる!」

 しかし、娘は戦う気満々だった。


 しまった。こいつには「待て」を教えていない。


「待つんだ、娘よ! 今は、だぁめ、だぁめ!! ほら、待て! 待てだ!」

 犬を躾けるように娘を窘める。

「がるるる!」

「ほら、お手」

 娘が右手を乗せてきた。

「おかわり」

 娘が左手を乗せてくる。

「伏せ」

 娘が腰を下ろす。

「ち──」

 パリン!

 眼鏡が叩き割られた。


「Cリーグの方、移動してください」


 ついに僕たちの順番が回ってきた。

 待機場所から本戦の会場へと移動する。

 途中は何事もなく過ぎた。

 僕が変なパレードの後をついていき、迷子になりかけるようなこともなかった。


 細い階段をあがり、3階へ到着する。下はカレー屋なのか、香ばしいスパイスの臭いが漂っていた。

奥のドアを開けると、たくさんのボドゲに囲まれた部屋が現れる。

広島Playful Place。

通称、プレプレ。

おばけキャッチの聖地である。


12畳程度のスペースに、おばけキャッチ用のテーブルがふたつ。

幾多の激戦と数多の血と涙を吸ってきた、おばけキャッチ最強を決めるバトルフィールドだ。

 

 Cリーグの参加者は、娘の所属する「結束オバケ」、「ぴことらまる」、「おにぎり」、そして東京からやってきた魔王様御一行こと、「東京ひじきーず」である。

 先の練習試合でボロ負けしてしまった相手。

 だが、あのとき娘は本調子でなかったし、何より拘束具をつけていた。


 拘束具。

 寒い冬の季節に、上から羽織るもこもこしたコート。

 当然だが、動きは制限される。

 

 娘の脱いだコートを受け取る。

 ずしり。

 コートの重みで思わずよろけそうになってしまった。

 それほどまで重いコート。

それを脱いだ今、娘のスピードは測り知れない。


「頑張りますか」

 隣に立つ、ひじき氏も上着を脱いだ。

 ずしん。

 床の置いた彼女の上着が、床にめり込んだ。

 まさか……!?


「ちょっと触ってもいいですか?」

 僕は彼女の上着を軽く触った。

 重かった。

「本番まで余力を残しておくのは当然ですよね?」

 周囲からも同じように、どしんどしんと服が置かれる音が響いてきた。


 ……。

 もこもこしていたのは、娘だけはなかったというわけか。


 娘の一回戦の相手は、「おにぎり」だった。

 リーグ戦は、代表者は2名ずつ選出し、計4名でバトルする。


 敵の先鋒のひとりは見た顔だった。

 ありた氏。ひじき氏と三人でプレイしたとき、娘は圧勝している。

 だが手を抜いていた可能性もあるし、もうひとりの強さは未知数だ。

 果たして娘の実力は広島で通用するのか?


「はい、いきま~す!」

 主審がカードをめくって、卓の上に出す。


 バシッ!

 

 乾いた音とともにオブジェをゲットしたのは、ありた氏だった。

 やはり手前のオブジェを取るスピードは神がかっている。


(やばいのか…?)


「次、いきま~す」

 

 2枚目のカードがめくられる。

 刹那。


「オラッ!」


 裂ぱくの気合いと共に、娘がオブジェを掴んでいた。

 周囲はまったく動けていない。


「は、速い!!」

「な、なんだ!? あの速度は!? 時間を止められたみたいに速すぎるッ!」


驚きの声があがる。

 ざわざわと周囲が騒がしくなった。

 魔王軍に呆気なく敗退して不安だったが、娘の強さは頭ひとつ飛び抜けていた。

(いける……)

 僕は確信した。


 だが相手も強者。

 なかなか差を広げることができない。

 しかし娘のスタープラチナとはるき君の活躍で、なんとか33-27で1セット目を獲得できた。


 2セット目。はるき君がもりお氏と交代、娘はそのまま残った。

 次も拮抗した戦いが繰り広げられた。

 わずかな気の緩みが敗退へとつながる綱渡りの勝負。

 

 結果は、32-28。辛勝だった。

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