アウトサイダー / 魔法宝石店『マザリン』盗難事件 - 3

 椅子に座った恰好で、目を覚ます。

 時刻は夕方だった。魔法宝石店『マザリン』には、アーウィン殿、アーキ、そして術師のリーアルが揃っている。

「おはようございます」

 リーアルに頷き返し、椅子から立ち上がると、大きく伸びをした。



 あの後合流したアーウィン殿に事のあらましを話した俺たちは、すぐさま作戦を立てた。

 相手が今夜接触してくるとなれば、取れる手段はそう多くない。しかもやるからには、犯人を取り押さえるのみならず、ロールという女用心棒も確保しなければならない。


「まず前提として、ロールちゃんは生きてるってことでいいんですかね?」

 アーキの当然の疑問に、アーウィン殿は重々しく答える。

「その前提で動く。実際生かされているかは不透明だが、シルヴァール店主にロールも助けると言ったのなら、そう動くのが最善だ」

 手間かけてすみませんね、とアーキは相変わらずヘラヘラ笑っていた。


 それから当直で動ける術師としてリーアルを呼び寄せ、さらに方針を固める。

 昼過ぎには段取りの整理がついたので、夜の本番に備え、交代で休憩を取っていたところだ。



「もう少し休んでいても良いんじゃないですか。アスカルさんが一番大変な役目ですし」

 ソファを使って遠慮なく寝ているアーキを横目に、リーアルが俺を気遣う。

「あんまり寝ていても体が鈍りそうだしな。そっちこそ、あまり使ったことのない魔術を使うんだろ」

「ええまあ……」


 リーアルの今夜の役割は、ロールを確保することだ。そのために動物指令アニマルオーダーという魔術を用い、イヌに探させるのだという。

 アーキは半信半疑だったが、イヌの鋭い嗅覚と命令への従順さを活用すれば人間では不可能な匂いによる追跡が可能だという研究は何例もある。リーアル自身もそれを試したことはあるらしい。


「……こんな事件で本番を迎えることになるとは思っていませんでしたよ」

「自信がないか」

「そうではないです。うちの子は良い子ですしね」


 犯人たちが店までやってきた後に、その匂いを逆に辿って彼らの拠点を割り出すという段取りになる。

 もし相手が警戒してロールを別の所に確保していたら、今度はロールの私物の匂いを嗅がせて、その拠点から直接彼女を探しに行くという算段だ。


「アーキも同行するんだから安心してくれ」

「大丈夫かなあいつ。イヌに嫌われそう……」



 夕方、『マザリン』からアーウィン殿とアーキが去り、一旦教会へ戻っていく。これは店を監視している奴がいることを想定してのことだ。

 そして俺はといえば……


「《踊る草原よ》《隠せ》《彼の身を》《長く長く》《動かぬ限り》」

「《踊る草原よ》《巡らせよ》《彼の血流を》《草木の如く》《長く長く》《動かぬ限り》」

 存在順化アシミレイト、そして代謝草化フォームウィードの魔法が、俺に施される。

 二つの追加文節も合わさって、俺は自分で体を大きく動かさない限り、周囲に溶け込み(ベルメジの魔法効果を受けた、あの火かき棒のように)、さらに呼吸やまばたきが不要で、発汗や老廃物排出トイレもしない状態となった。


「……うん、うん。良いんじゃないですか。全然違和感ないです。ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ|」

(この野郎……)

 リーアルが俺を見上げて満足げに頷く。そこに混ざっている嘘に、あるいは愉快げな表情に、俺は反論することができない。

 何故なら今の俺は、蝋人形『財宝守護騎士ドラギア像』となり、『マザリン』に入ってすぐそこに立っていたからだ。



 シルヴァール店主を一人にするのはリスクがありすぎる、と言い出したのはアーウィン殿だった。

「我々は盗賊どもが来たら即応できるよう近場に潜んでおくとしても、相手がいきなり暴力に訴えて来た時の対応策がないのは問題だ」

 そのもっともな課題に打ち出された解決策が、俺が蝋人形に扮するというものである。

「アーウィン隊長は髪に白髪が入ってるし、俺は体細いですからね。一番違和感ないのはアスカルさんでしょ」

「……いくらなんでも気付かれるだろ」

「店の中暗くして、リーアルさんが化粧とか魔法とか使ってくれればできますよねえ?」

「まあ……可能でしょうけど」


 そういう訳で、俺は蝋人形と入れ替わり、正面から招かれざる客を迎える羽目になったのである。

 実際、ドラギア像の身につけていた武具は全てまがい物で、実用性はないものの軽量であり、持つことは苦にならない。顔や手には蝋人形らしく過剰につやめいた化粧が施されたため、これもまた完璧である(と、リーアルは評した)。

 俺だけが『マザリン』から出て行っていないことについても、もちろん対策済みだ。


(だから後は、奴らが来るのを待つだけなんだが……)

 ハリボテの盾を構え、剣を振り上げた恰好を作った状態で、俺は待ち続ける。

 俺が蝋人形になりきるに当たり、代謝草化の魔法のおかげで多くの問題が解決している。が、肝心の筋疲労については、この魔法はフォローしてくれない。

(頼むから早めに来てくれよ……!)



   *   *



 日没からしばらくして、閉店のボードがかかった『マザリン』正面扉が躊躇なく開かれた。

「ひ」

 扉を開き入ってきたネズミのような雰囲気の中年男は、俺を見て細く息を呑み、しかし銘板を見てすぐに蝋人形だと気付き(本当の正体には気付いていないのだが)、舌打ちをする。そして店の中に入っていった。店内のカウンターには、シルヴァール店主が待っている。


「おい」

「はっ、はい」

 萎縮する店主に、中年男は威圧する。

「聖兵は全員追い出せって言ったはずだよな。まだ一人いるんじゃねえか?」


(やはり見張っていたか)

 俺は静かに耳をそばだて続ける。

「そ、そうですね……ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ

「話してる最中に降りてきたりしないだろうな?」

「そっ、それも大丈夫です。ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ

「バイオリン?」


 店主が上階の方を見ると、少しして二階からヴァイオリンの演奏音が流れてきた。

ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ

「……ここに来る心配はないってことだな?」

「はい。ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ



(良いぞ。堂々とした嘘ぶりだ)

 内心で店主を褒める。仕掛けも完璧だ。

 上階で鳴っているのは、一昔前に流行った音楽の再生機械である。アルカディミアで時折見つかるガラス製のクリアディスクCDを箱状の下部にセットすると、ラッパ状の上部からガラス盤に記録された音が流れてくるという魔道具だ。

 肝心のクリアディスクCDの量産がならずに広い流通はならなかったため、あまり知られていない。俺もアーウィン殿が部屋の片隅でホコリを被っているそれを見つけるまで、実物を見たことはなかった。


(だが、今回はそれが良かった)

 再生機械は事前に魔力さえ込めていればスイッチ一つで動く。そのスイッチを二階の階段すぐ上に起き、店主がカウンターから糸を引くだけで起動するようにセットしておけば、あとは話の流れに合わせて再生するだけで、二階で楽器遊びに耽るのんきな聖兵が一人完成するというわけだ。



 その話に納得したらしいネズミのような中年男は、何も言わずに店を出ると、今度はぞろぞろ徒党を組んでやってきた。

「うおっ!?」

 グループの一人、ひょろりとした長身の男が俺を見て明らかに驚く。それを見て、後続の小柄な女がせせら笑った。

「バカね。ただの蝋人形よ。何ビビッてるの?」

「う、うるせー。ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ

「良く見れば分かるのに……」

 驚いた男とくすくす笑う女は、そのまま店内に入っていく。


 それに続きやってきたのは、がっしりとした体格をした鋭利な雰囲気の男だった。

「…………」

 男はしばし俺を見る。鋭い眼光。もしも代謝草化の魔法がなければ、だくだくと冷や汗をかいていただろう。

「ボス~?」

 だが先にカウンターへ向かっていた女に呼ばれると、男はふいと興味を失い、シルヴァール店主の方へ向かっていった。

(リーアルめ、何が『まあ可能でしょうけど』だ! 危うく気付かれる所だったぞ!)



 それから、ボスと眼光鋭利な呼ばれた男による話が始まった。

「理由は話さんが、別のトパーズが必要になった」

「はあ、それで一体どれが……」

「お前は動くな」


 カウンターに並べられたトパーズを、小型の女とネズミのような中年男が順番に見ている。長身の男は一人外を警戒していた。

「あった」

 やがて声をあげたのは女だった。

「スクエアカット。他よりわずかに薄いけど明るい黄色。サイズも聞いた通り。これでしょ」

「他に条件が合うものがないか全部確認しろ。二度手間はごめんだ」


 それからしばらく検分は続き、結局全部で20ほどあるうちの、6つのトパーズを奴らは奪っていくことにしたらしい。

(……好き勝手しやがって)


「それで、そのう……お返しいただける約束でしたが……?」

ΦΦΦΦΦΦ。人質だと思え……ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ

 二つの嘘を素直に解釈すれば、返す気はないくせにインペリアルトパーズを持ち歩いているということになる。自分の懐が一番安全という自信だろう。

「何せクライアントの要求が意味不明でな。こっちも振り回されているんだ」

 その発言で思いつくのは、やはり『善き者たちのガルツ』の店主プラタ・ギンだ。



「ボス、そろそろ……」

 一行がその場を去ろうとする。俺は気を引き締めた。

 そのタイミングに『仕掛ける』と決めていたからだ。


「……お待ちください」

 シルヴァール店主が毅然と声を上げる。

ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ

「……何だと?」

ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ


「ほう」

 ボス、と呼ばれていた男が興味を示した。他の面々も店主の方を見る。

「それが、こちらの……」



「《とおき湖面よ》《祝福せよ》《撰ばれし剣を》」


 聖剣付呪キャリバーエンチャント。はりぼての剣と盾を落とし、即座に剣杖トランシオンを抜く。


「!?」

 ほとんど同時に全員が振り向いた。だが遅い。

「ぐあ!?」

 最も近くに立っていた見張りの男を、光の刃で斬り捨てる。肩から腰まで深々と割け、鮮血が迸った。

 そのままの流れで残る三人を見る。次に手近にいたのは小柄な女。剣杖を振り上げ、光の刃にて右半身を縦断。


「ぎきゃああぁあっっ!!」


 聞き苦しい悲鳴。残り二人の向こうで、店主はもう脇目も振らず裏手へと逃げて行っていた。

(それで良い)


「……蝋人形に扮していただと?」

 ボスの男が忌々しげに言って短剣を抜いた。

「その剣は聖兵だな。上の階の音楽は……まあいい」

「ボ、ボボ、ボス……すみません、すみません」

 一番最初に安全確認をしていたネズミのような中年男は、哀れなくらいに青ざめている。この調子なら、ボス一人を無力化すればどうにかなるだろう。


(簡単だな)

 俺は眼の前の悪人を見て、知れず緩みそうになる口角を引き締める。

(正しいことをさせてもらう)

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