第2話

   

 そもそもアポトーシスとは細胞の死に方の形態の一つで、死というと不吉なイメージかもしれないが、アポトーシスはむしろ「生」のための「死」。「プログラムされた細胞死」とも呼ばれるように、成長過程で不要になった部位が失われるのはアポトーシスであり、例えばオタマジャクシの尾が消えるのはこれだ。また「細胞の自殺」とも呼ばれる通り、生体内で異常の起きた細胞が他に影響しないよう自ら死んでいくのもアポトーシスだ。


 俺が研究者になった頃にはブームは終わっていたけれど、それでもウイルス学の分野でアポトーシスは頻繁に研究されてきた。

 ウイルス感染による細胞死は元々、単なる壊死と思われていたのが、アポトーシスの場合もあると判明したからだ。

 生体側から見ればウイルス感染も生体内の異常なので、感染細胞だけをアポトーシスにより急いで排除することで、ウイルス増殖を抑えようという仕組みだ。

 ただし感染した細胞が多すぎる場合、全て殺すのは生体のダメージに成り得るので、生体側にとっては諸刃の剣。もちろんウイルス側にとっても、子孫ウイルスが増える前に感染細胞を取り除かれては困るので、アポトーシスからのがれたい。そのために策を弄するウイルスもいるほどだ。

 このようにウイルス感染とアポトーシスの関連は、ウイルス学者から見て興味深い現象だった。このラボから出ている論文でも、ウイルス感染細胞におけるアポトーシスの研究が行われており、てっきり俺はその仕事を割り振られると思っていたのに……。


「ああ、うちでも昔は扱ってたけどね。ウイルスのアポトーシス、もうやってないんだよ」

 どうやら俺が読んだ論文は、古い研究データをかき集めて形にしたものだったらしい。

   

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