第5話 ピースメーカー

 二人で洞窟を歩きながら、軽い自己紹介を行う。

 テミスは冒険者パーティーに所属しており、そこでメイジをしているらしい。

 一方俺は奴隷ということは伏せ、今まで他国で(強制)労働していて、つい最近この国に帰ってきたことを教える。


「へー、どこの国に行ってたの?」

「砂漠街オデッサだ」

「あそこなんもなくない? 盗賊の住処とか言われてるけど」

「あってるよ、砂と石と死体しかない。住んでる人間は悪人と奴隷だけだ」

「その話だと、あんたもそのどっちかってことになるけど?」

「…………」

「ごめん、地雷踏んだ?」

「そういうお前は、なんでこんなところでパンツ丸出しになってたんだ?」

「忘れなさいよさっきのことは! 別に好きで吊られてたわけじゃないんだから。村長がトラップの位置かえてたせいだから」

「ここに来るの初めてじゃないんだな」

「まぁね、年に数回は来るわ」


 彼女と話しているうちに洞窟の一番奥に到着した。そこには魔法灯の光を反射する、2本の氷柱が立っていた。

 その中には氷漬けになった若い女性が閉じ込められている。

 一人は銀と黒のビキニアーマーを着た戦士風の爆乳女性。

 もう一人は深いスリットの入った修道衣の爆乳女性。

 両者ともに目を閉じており、深い眠りについているように見える。

 このどちらかが俺の母親なのだろうか?


「これが封印か」

「ええ、魔王の封印永久凍土。それぞれの柱に閉じ込められているのは、戦士バトルマスターヴィクトリア、大僧侶アークビショップミーティア」

「気のせいか、二人共若くないか? 勇者たちって多分40歳くらいだろ? どう見ても20代そこそこくらいに見えるが」

「永久凍土によって、体の老化が止まってるのよ。彼女達は魔王に封印された時から時間が経っていない。全員当時の20~30歳くらいのままよ」

「コールドスリープ状態ってことか……。あと5年もこのままだったら親の年齢超えちまうぞ……」


 俺は左手で氷に触れると、冷たい感触が手のひらに広がる。

 生きたまま氷漬けというのはなんと悲しいことか。

 もし数十年後に氷がとけたとしても、知っている人間は全員年老いて、子供も自分より老人になっていたら深い絶望感を味わうだろう。

 もしかしたら魔王は、それを狙って勇者たちを封印したのではないかと思ってしまう。


「ファンタジー版浦島太郎か……」

「なんか言った?」

「いや、なんでもない。この氷は本当に自然と溶けないんだよな?」

「ええ、氷に見えるけどカテゴリーは呪い魔法だし。夏になっても火を押し付けても溶けないわ」

「詳しいんだな」

「当然よ、世界を一度救った英雄たちの末路だし」

「そのわりには管理が行き届いていないように見えるが」

「だって彼女達が封印されて15年以上経つから」

「薄情じゃないか? 世界を救った英雄を氷漬けのままにするなんて」

「最初は王都で解呪が行われたわ。各国から高名な学者を呼んできたり、炎魔術師や杭打機を使って砕こうとしてみたけど、全部うまくいかなかった。1年くらいは熱心に封印解除を試みたけど、2,3年も経つと王都は諦めて、氷柱の管理さえも故郷に丸投げした」


 実質ヴァルキリーの死を受け入れたってことだな。


「老人と子供しかいない村では碌な管理もできず、今のこのありさまってわけ」

「勇者は人を助けたが、人は勇者を助けなかったか……」

「魔王もすぐ復活しちゃったし、人間を割く余裕がないのよ。あんたはここに何しに来たの? 観光ってわけじゃないでしょ」

「俺は勇者の子供……だと思う」


 そう言うとテミスは途端に冷めた表情になった。


「はいはい、あんたも量産型勇者ね」

「勘違いするな、俺は街に一人はいる自称勇者じゃないぞ」

「皆そう言うのよ」


 全く信用してもらえないが、証拠もないのでテミスを納得させることができない。


「そういう君は何しにきたんだ?」

「あたしはまぁ……墓参りみたいなもんよ」


 彼女は氷の前に膝を付き、両手を組んで祈りを捧げる。


「……もしかして君は勇者の子供なのか?」

「だったら何?」

「だとしたら俺たち兄弟かも――」

「やめて、今度兄弟の話したら怒るわよ」


 突如逆鱗に触れてしまったらしく、テミスは低い声を出す。


「兄弟なんか大嫌い……」


 何か理由があるのだろうが、そこに言及できる雰囲気ではなかった。

 俺はふと氷を見上げてみると、氷の上にも赤いHPバーがあるのが見えた。


「氷にもHPがあるのか。えーっと0が一つ二つ三つの…………HP3000万!?」


 とんでもないHP量に、つい素っ頓狂な声が上がる。


「……でもHPが見えるってことは、壊せるということでは?」


 俺は転がっていた石で殴りつけてみるが、氷には傷ひとつ入らずHPは減らない。


「無駄無駄、そんなんじゃ壊せないわよ」

「…………」


 テミスの笑い声を背に、俺は右腕をマントから晒す。

 その機械化した腕を見て、彼女は言葉を失う。


「なに……その腕? まさか魔導機械化武装腕エクスアーム?」

「電動オナ……AZ3000ピースメーカーだ」

「ピースメーカー……」


 物々しい名前に、彼女は一歩後ずさる。

 腕部電源スイッチを入れると、ピースメーカー内部のタービンが高速回転し吸引が始まる。

 ツインドライブの凄まじい吸引力は、地面の石を吸い込んでいく。


「なにしてるの?」

「弾を込めている」


 石を吸い込み終えると、銃口のようなホール穴を氷に向け、タービンを逆回転させる。

 すると吸い込まれた石がマシンガンのような弾速で吐き出され、氷に傷をつける。

 充電がなくなり、ピースメーカーはレッドシグナルを点灯させて止まるが、氷の体力は減らず。


「ダメか」

「土魔法? ロックブラストに似てたけど」

「違う。石を吸い込んで吐き出してるだけだ」

「おかしいでしょ、明らかにその機械腕の中に収納できる量より多く石を吸い込んでたわ。空間魔法?」

「知らん」

「適当ね」


 事実武器みたいに使っているが、このオナホの構造は俺にもよくわかってないのだ。

 そもそも俺の成長に合わせて大きくなるという時点で意味がわからない。


「そんな簡単に砕けたら、とうの昔に救出されてるよな」


 俺はもう一度冷たい氷に触れる。

 こんなにも近くにいるというのに、触れ合うことが出来ない。

 自分の無力さを噛みしめるしかない。


「お主達」


 突然声をかけられて振り返ると、そこには先程あった村長のポピンズの姿があった。


「氷を砕こうとしてるのか? 無駄じゃぞ、その氷は黒天障壁ゼーレと呼ばれる結界に守られておる」

「ゼーレ?」

「あぁ、魔王のみが使える強力な呪いの一つとされているものじゃ。これを払えるのは、勇者の紋章を受け継ぎしもののみ。なぁテミス」


 村長はテミスの顔を見やるが、彼女は腕組みしてそっぽを向く。


「あたしじゃダメよ。あたしは半勇者だから」

「半勇者?」


 テミスが自身の胸の谷間に隠れた、ハートのような紋章を見せる。


「なんだそのスケベな刺青?」

「勇者の紋章。あたしは大僧侶ミーティアの娘なの、だからミーティアの生命の紋章を受け継いでる。でも本物の勇者には、それとは別に稲妻の紋章があるの」

「それは父親の紋章が稲妻ってことか?」

「そういうこと、あたしはマルコと違って母親は勇者だけど、父親は普通の人だから」

「マルコって、あの王都にいた奴か?」

「そうだけど、あんた知ってるの?」

「彼が王都に入ってくる時見てたからな」

「じゃああたしも知ってるはずでしょ? あいつらの後ろにいたんだから」

「あー……お前戦士の後ろにいた魔法使いか。勇者と戦士のHPだけ見て興味失ったから、魔法使いまで見てなかったんだよな」

「HP?」

「その話は多分信用されないから今度にしよう。とにかく氷を砕くには、母親の紋章と父親の紋章、両方継いでないとダメってことなのか?」


 村長に聞くと、彼は苦笑いを浮かべる。


「まぁそう言われておるが、実際試したわけじゃないがな」

「なるほどな、ちなみに稲妻マークってこんな奴だよな?」


 俺はピースメーカーの充電時に点灯する稲妻マークを見せる。

 すると、村長が「そーそーこんな感じ」と言った直後、腰を抜かす。


「ほああああああ!? こ、これは勇者の紋章!? なぜこんなところに!? お主この腕をどこで!?」

「どこって……産まれたときからくっついてたんだが」

「そんな奴おらんじゃろ……」


 俺もそう思う。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る