G-15 星になれない
【ごあんない】
電 車:札幌 - 石狩東別 - 医療大学
札沼線: 石狩東別 - 医療大学 - 石狩月潟 - 新十津川
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「どーすりゃいいんかなー」
「えー……、何か出てこない?」
石狩月潟駅に次の列車が来るのは2時間後。当分は人も訪れない小さな待合室。
俺はそこで一人の女の子と額を突き合わせて悩んでいた。
「廃止のお知らせ、ってなぁ」
朗らかな春の陽が差し込む小さな待合室。掲示板の張り紙を前に、俺は肩をすくめる。
「とりあえずざっとおさらいするか。
「うん。私たちは、石狩月潟駅から医療大学駅まで通学につかってるよね」
高校は医療大学駅にある。
都会と田舎の境界にある高校だ。札幌から来る電車の終着点で、ほとんどの生徒が都会から通ってくる。対して、
ほとんどの生徒は都会に住んでいるから校内の関心も低ければ、高校のある
「なんとか鉄道を残す方法、ねぇー…。」
碧水さんが溜息をつく。
「ねぇ」
「はい、なんでしょう」
「くすっ。言い方、なんかかしこまってる」
クラスの人気者を前に敬語が出てしまう俺の頬を、ふに、と彼女はつついた。
「なに緊張してんの。私たち毎朝おなじ汽車なのに」
「それほんとか? 俺いままで一年間気づかなかったんだけど」
「うっそだあ。……あ、もしかして」
碧水さんは気づいたように鞄をあさる。
「あったあった。これでどう?」
「っ!」
彼女がおもむろに取り出した眼鏡をかけると、俺は目を丸くする。
「で……、髪を結んでっと。はい、できあがり」
「……おまえ、だったのか」
がらりと雰囲気を変えた目の前の少女は、確かに毎朝、通学列車の中で見る。ガラガラとエンジンを唸らせて駆ける汽車の中に、ひとり静かに眼鏡をかけて本を読み耽っている。
「よかったぁ、忘れられてなくて」
ピカピカの新1年生だったころは、ホームで列車を待つあいまに多少雑談する間柄だったこともある。じきに俺が発車間際に駅へ駆けこむようになると、会話する機会もなくなってしまったが。
「寂しかったんだよ? 話し相手だったのに」
「や、それは高校デビュー失敗後の気恥ずかしさといいますか、ずぼらを抑えきれない俺の蛙化を恐れたといいますか……」
「ふーんだ。きみ汽車乗るなりすぐ寝ちゃうし」
まさか、あの
「ま、いいや。これからだもん」
見慣れた眼鏡すがたで、待合室の片隅に転がっていた地図を取る彼女。
「普段コンタクトなのか?」
「ううん。私、遠視だから。逆に、近くのもの長いこと見るときかけるの。本とか、こういうの」
そう言って彼女が広げたのは、このあたりの広域地図だった。
「……医療大学駅より南は都会だね。電車走ってるし」
「あ、あぁ」
頷いて、俺は息を継ぐ。
「逆に医療大学から先は一両ぽっちの
「あはは。おもいっきり真逆だね」
だからこそ、田舎である医療大学から先の収益はうるわしくない。毎年赤字を計上する札沼線の医療大学以北が切り捨てられようとしているのは、不思議なことじゃない。
「……やるなら、まずは収益を改善しなきゃいけなくて」
根本的な問題を解決する必要がある。
「うぅーん、乗ってくれた人にバッジとか配る?」
「終着の新十津川がもうやってる。けども目に見えた乗客増には」
「むぅー……、ならどうすれば…」
碧水さんはそう考え込む。が、そうすぐには答えは出ない。
俺も暫く考えふける。
ふと、頭に浮かんだものがあった。
「電車区間の、石狩月潟までの延伸、とか」
果たして名案か、迷案か。
「ど、どういうこと?」
碧水さんが小首を傾げる。
「札幌から来る電車を石狩月潟まで走らせるんだよ。医療大学から石狩月潟間の17kmだけでも残せないかなって」
暫し唇に人差し指を置いて彼女ははへぇ、と呟いた。
「なるほど……全部は無理だけど、私たちに不可欠な分だけは残そうってこと?」
「そうそう。この石狩月潟駅より北の部分は切り捨てる」
「うっわ〜、意外に容赦ないね」
どうやら碧水さん的には不評なようだが仕方ない。そもそも、この月潟町しか廃線に抵抗していないのだから、残す線路はこの町までで十分だ。
「札幌からこの月潟町まで、50km弱か。距離的には……なんとか通勤圏か?」
「うーん。使う人、いるかなぁ」
「そこで。道庁がやってる移住キャンペーンにでも参入しちゃおう」
「移住? どういうこと?」
「医療大学から石狩月潟まで、今はずっと田んぼが広がってるけど、それを住宅地化しちゃえってこと」
「!」
碧水さんは目をみはった。
「そっか。住宅地が沿線にあったら、その人たちが汽車を使うようになる!」
「あぁ。やるなら沿線の都市化しかない」
ローカル線は一躍、近郊電車区間に変貌。月潟は経済的に札幌へ従属することにはなるものの、今より活気のある町になるだろう。
「で、それをやるお金とかは……?」
「全くないけど?」
「駄目じゃん」
はいゲームセット。
「ど、どうするの?」
「無理です、以上。閉廷、解散!」
「もぉ〜まじめにやってよぉー!」
彼女は涙目で俺をぽかぽか叩く。
「わかった、わかったから。それが移住キャンペーンだよ。うまくやれば、道庁から支援金を引き出せる」
ちらりと掲示ボードに目をやると、例のお知らせの隣に『月潟町暮らし、いかが?』のチラシが貼られていた。
「聞かないか? 過疎ってる町村で移住支援してまーすとかって話」
「うん、わかるけど。でもライバルの町多そうだよね?」
首を傾げる俺に、彼女はこう補足する。
「や、移住者の取り合いになりそうかなって」
「あ。多分それは大丈夫。過疎の町村は地方部に多いから、月潟町の敵じゃない」
「え、なんで?」
「ここ月潟は札幌に近い。都市部の近郊なんて恵まれた立地、月潟だけなんだから勝算は十分にあるはず」
そこまで言うと、俺は彼女の膝にあった地図を取って、ばさっと広げる。地図とにらめっこしながら、ここからどう立ち回るべきかを考えていると、くすり、隣で笑う声がした。
「ふふっ」
碧水さんは口に手を当てていた。
「すっかりやる気になってくれたね。私以上かも」
「……そりゃ、俺とて交通部だしな」
「うん。うれしい」
私一人じゃなにもできなかったから、と零す彼女の吐息はどこか寂しげだ。
けれどすぐにブンブンと頭を振って、彼女は俺に向き直る。
「や。やっぱり、負けない。札沼線を残したい気持ちは私が一番だから」
「というと?」
「私はあの学校が好き。友達も、クラスも、ぜんぶ大好き。だから絶対、こんなことで転校したくない」
「ははっ、いい意気込み。でもな、それでも俺の想いの強さには勝てない」
「なんでよ」
俺は笑う。なくなってほしくないに、理由なんていらない。
「札沼線自体を愛してる。俺は、交通部員だからな」
じり、と碧水さんは引いた。
「……おたくじゃん。きも」
「うるせぇ」
_______
「と、思うのですがどうでしょうか部長閣下」
帰還した俺たちは札沼線を巡るあらかたの事情を伝え、この魔境の最高統括者である部長のご意見を仰いでいた。
「うーん、どうでしょうね……」
「ボクはいいと思うけどな、シニア相手に売るんだとしたら」
北竜の言葉に、俺は首を傾げる。
「シニア?」
「この国は、安らかな老後の地を求める老人であふれてるんだ。電車を使えるなら自動車だって運転しなくていいし、大都市へすぐだから娯楽にも事欠かないよ。それでいて緑豊かな大地。って、銘打ったら強くない?」
「はぇーお前凄いな。老人の心を掴むプロか?」
素直に感服した。詐欺グループに入ったら無双しそうなので、彼が闇落ちしないように俺は祈った。
「んー、どうだろ。町が高齢化して、なんか老人ホームの町みたいになりそう。墓場とか言われそう、『終末団地』とか」
「なんだそのネーミングセンス」
「うっさいー」
碧水さんに軽くたたかれていると、部長が顎に手をおいた。
「けれど、町の税収安定にはなりますね」
「あ、それだ!」
俺はその一言で思いつく。
「それで学校とか教育施設も整備すれば子育て世代も呼び込めませんか」
「はい、そういうことです」
部長は嬉しそうにそう頷いた。
「デパートとか建てられればもっといいよねー。月潟は農村から一躍、近郊都市に成り上がるよ」
「良いですね。石狩月潟から快速エアポートが出れば……すごく便利になります。」
これには飛行機好きの部長も大喜び。
「東別町みたいに、北欧風のまち作ってみるのはどうかな。コンセプトシティってやつ」
「おお北竜、相変わらず老後にぴったりなプランだな」
「ボクまだ16のはずなんだけどな」
顔は一番幼いのにな、と言いかけて踏みとどまる。彼の地雷だ。
「コンセプトシティなら、駅前からコミュニティバスを繋げたいな」
「ねね、駅前任せてくれない? おしゃれなお店とか、可愛いテラスとかほしいの」
「突如具体化してきたな。もしや都市デザインのプロ?」
「女の子は都会に憧れるものですぅ〜」
ふんすと自信ありげな碧水さんに、くすくすと部長が笑う。
「けれど」
部長は一言。
「……現実味が、ないですよね」
みんなが押し黙る。
たしかに、なんて言うまでもない。どこまでいってもアイデア止まりで、どの人脈を頼って、どこに訴えようか。俺たち高校生に出来ることは限られている。
「バスケ部みたいに、名が知れてたらまだしも……」
生憎ここは交通部だ。北竜の言う通り、注目を浴びることはまずない。存続作戦は、町ぐるみじゃないといけないのに。
「……」
閉塞感に耐えられなくなる前に、碧水さんがふと立ち上がった。
「そうだ。今度、バスケ部が
突然の提案だった。バスケ部。この高校は道内有数の強豪だそうで、十数年前には道大会を制し、かのインターハイに出たこともあるという。
「ほら、中ノ岱くんは知ってるでしょ、うちのクラスの雨龍くん。けっこう活躍してるらしいよ。こんどの新十津川に勝てば、道大会進出なんだって!」
当然ながらこの高校で一目おかれている存在。それがバスケ部である。日陰者の交通部とは雲泥の差で、冗談交じりに何度羨んだことか。電車のインターハイがあれば負けないのに、とは北竜の言だ。
「ねっ。行こうよ、雨龍くんからも誘われちゃったし」
彼女の誘いに、逡巡する俺。
「……どうするよ、北竜?」
「行くしかないよ。乗り込んで、バスケ部より交通部の方が上だって証明してやる」
「天変地異が起きてもそれだけは無理ですよ、北竜くん」
「部長ぉ……!」
咽び泣く小さな美少年。まだこの時、俺は気づいていなかった。
そしてまもなく知ることになる。ずっと俺は、重大な勘違いをしていたことに。
_______
「いっけぇー!」
「決めろぉーっ!」
黄色い声が響き渡る体育館。
キュッキュッとシューズが地を擦ったと思えば、するりと敵中を抜けていく身体。その手のボールは吸いついたように離れない。
「なんだ……あの二年!」
「強いぞっ」
相手チームの混乱も目で見える。
今年の
フェイントを入れたと思えば鋭敏に腰を捻って、ギリギリ2点のライン上から空中へ身体を投げ出す。うおおぉぉ、と会場が沸く。
あんなに張り付いていたボールが、すんなりとその掌から放たれる。
「ゴオォォ――ル!!」
号哮。直ちに前半終了の笛が鳴って、接戦ながら東別が3点を勝ち越す。ベンチからも、ここ2階通路の生徒たちからも歓声が響く。
「こりゃすげぇ、さすが
「中ノ岱くんまでやめてください……」
恥ずかしいですよ、と部長がひとこと。
「けれど、雨龍くんという子、本当に強いのですね」
「……ですねー」
クラスの騒がしい奴、としか認識していなかったが改めざるを得ないようだ。確かに彼はコートの中では輝いていた。誰よりもずっと強く、激しく、煌々と。
「きゃーっ、雨龍くーん!」
「みてたよーっ!」
対辺の通路からは、クラスの女子たちの声がこだまする。彼女たちに囲まれてその中心にいるのが碧水さんだ。彼女は声は出さずに、ただ淑やかに手を振っている。
「うっわ。君のクラスのクラスカースト、一目でわかるもんだね。残酷だぁ」
「お前はカーストにすら属してないだろ」
「いや君もじゃん。二人そろって不可触民か」
げらげら笑ったかと思えば鬱屈と溜息をつく北竜。
「……てか、ほんとに孤立集団だな。俺ら三人」
見回してみれば気づく。この試合、うちのクラスからは半分以上の生徒が駆け付けてきていた。男子と女子がそれぞれ別に固まって、そのどちらともにつかず、離れた隅っこに交通部がいる。
「ま、自然とこうなるって」
「俺らだけか?」
「いいや。こうなるような連中は他にもいるだろうけど、こうなることを見越してここに来ないのさ」
女子集団の真ん中にいる碧水さんに目を遣る。彼女がここにいれば、少しは違っただろうか――俺たちが輝く日もくるだろうか。
バスケ部みたいに視線を集められるなら、出来ることも変わってくるはずだ。
「つまり、ボクたちは他とは違うことやってる。それに酔ってるだけかもね」
「部長。この冷笑癖のあるショタなんとかなりませんか」
「あーっ! おま、ショタって言ったでしょ!?」
諦観的というか達観する美少年を部長に押し付けると、俺はトイレを探して1階へ降りる階段へ向かった。
体育館袖にある螺旋階段へ足を伸ばして、ふと止める。話し声がした。
「かえで!」
クラスでよく聞く声がする。
「あ、雨龍くん!」
呼び止められた彼女の声にも、覚えがある。
「見ててくれよ。こっから相手突き放してやっから」
「うん、やっちゃえ! みんなめっちゃ期待してるよ」
階段の下で、二人が笑っている。
「みんなも、うれしいけど……、楓にも期待されたいなぁ~」
「あったりまえじゃん。私、ずっと全力応援だよっ!」
思わず足を止めてしまう。隠れる必要なんかないのに。
「勝ったら楓のやったねクッキー、焼いてきてあげる」
「よっしゃ! 相手ぼっこぼこにしたる!」
「うん。やってこいっ!」
パシン、と手を叩き合わせる音がした。まもなく碧水さんの足音が、階段を上り始める。まずは深く息を吸った。それからゆっくりと、螺旋階段へ踏み入る。
「あれ、どうしたの中ノ岱くん」
「いや、1階へデカめのお花を摘みに」
「デカめのお花?」
「うんちですようんち」
「うわ」
ジト目で何も言わず立ち去る碧水さん。
俺も呼び止めることはない。
「……クソ」
ああくそったれ。くそだくそ、うんちである。
俺としたことが、何を思いあがったか。
ピィィイイ、と笛が鳴る。後半開始の合図だろう。間髪おかずキッキュッとシューズが響けば、たまらず俺は欄干に凭れた。
「
夢を見ていたんだ。
それも、酷く都合のいい夢を。
「馬鹿かよ、俺は」
親しげな女の子は、誰にだって親しい。
明るい星は、どこでだって輝く。
俺たちは、主人公になれない。
「強いな、
少し離れた場所で水筒を飲んでいると、見知らぬ妙齢の美人に話しかけられた。
「……ですね。バスケ部だけは名前が轟いてますし」
「小さな町なのにな」
「すごいですよね」
俺は羨望の吐息をつく。
「うちにも……なにか、強みがあればよかったのに」
「うち、とは?」
ひとり小さく呟いたつもりが、その言葉を拾われる。
「あ、いや。自分は
「ほぅ、月潟の子か」
「はい。だからつい、
それから東高の部活や、月潟の町の話といった、たわいもない雑談をすこし交わす。ちょうど話題も尽きてきた頃合いに、ふたりして階下を見下ろして、息をついた。
「しかし……情けないな」
ぽつり、漏れたその言葉に、俺は首を傾げる。
「不甲斐ない」
目を伏せて呟くその様に、違和感が走る。
「だから……、鉄道一本守れやしない」
「っ」
思わず俺は振り返った。
「守りますよ」
文脈も意図も何もわからなかったけれど、言葉が口をつく。
「守れますよ。むしろ、俺ら町民が守らなきゃ誰が」
はっ、と気づいて立ち直る。
「っ、すみません。俺……や、僕はこの高校の交通部なんですが、いろいろあって、札沼線の存続に向けて活動……しようとしているんです」
「……」
「や、ごめんなさい。そりゃ知るはずないですもんね東高の。交通部なんて」
そこまで言いかけると、おもむろに彼女は俺の手を取った。
「天啓だ」
「……はい?」
「運命だよ、ここで君と出会えたのは!」
俺は硬直する。どうしたというんだ、一体。
「いいや、すまないね。名乗り遅れたよ」
彼女は帽子を取ると、すっ、と右手を俺へ差し出した。
「あたしゃ――月潟町長。こう見えて月潟の守り主さ」
それは大きな転機だった。
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