シーン26 [????]

「はじめまして。

 Juan.Bこと高井ホアンです。

 今では高井ホアンの名前で本を出すことが多いので、その呼び名をとても懐かしく感じました。我那覇さんの名前も懐かしいですね。お亡くなりになったようで残念に思います。我那覇さんとはいつの年だったかの新年会で、マトンとパエリアの店に行った記憶があります。楽しい思い出です。

 それにしてもよく破滅派に連絡を取ろうと思いましたね(笑)。破滅派はその名前から過激派組織のように勘違いをされることも多く、文学同人だと理解してもらうまでハードルがありますから。

 破滅派の冊子は代表の高橋さんから引き継いでいますから、我那覇さんの参加している冊子をお渡しすることは可能です。日本への送付でよろしいでしょうか。あいにく、わたしはブラジルのサンパウロに居るため、冊子がお手元に届くまでお時間がかかると思いますが、お待ちいただけると助かります。

 我那覇さんの作品が載っている冊子がわかりましたらまた連絡いたします」


 ぼくは何度もJuan.Bこと高井ホアンの文面を読み返す。ホアンさんは日本の外に出ている。となれば、会って話すこともできるかも知れない。直接会えば、オンライン上に記録を残さずに、父さんとあの事件に関連があったのかを尋ねることができる。

 どういうわけか、ホアンさん自身はまったく警戒していないようにも見える。純粋に、旧交を懐かしみ、その遺族であるぼくに敬意を示しているように思う。ブラジルまでぼくが行くと言えば、時間を都合してくれる可能性は高い。

 ぼくは仕事のスケジュールを確認し、まとまった休みが取れそうなタイミングをチェックする。

 次に高井ホアンの名前で検索し、著作と人となりを確認する。ホアンさんのデビュー作は「戦前反戦発言大全」とのことだ。これは戦前、戦中に特高警察が発行していた内部回覧誌の『特高月報』を調査したものだ。当時の特高警察は落書き、ビラ、投書、怪文書に至るまでをチェックし、そこに反戦的言説があれば調査し、処罰の対象としていた。その特高警察が問題視していたそれらの雑多なものから、当時の人々の本音に迫る作品とのことだ。ほかにも朝日新聞などのウェブ版などでインタビューが載っている。有料記事をさかのぼると、小説家としても活躍中(Juan.B名義)と書いてあるものもあった。ホアンさんがJuan.Bであるとの自己申告の裏は取れた。作家として活躍しているのは確かなようだ。ブラジル在住ということで、スペイン語での検索もしてみる。表紙の色づかいがドギツい雑誌が出てきた。電子版があったのでひとまず購入する。翻訳ツールを使って読んでみると、巷に溢れてる陰謀論を紹介し、科学的な検証や取材を行って陰謀論のウソを暴く内容のコラムだった。すでに60回以上連載しているようで、それなりに人気シリーズなのだろう。50回目の連載掲載号の雑誌は、特別会ということなのでそれも購入してみた。50回目のその号は雑誌の三割が高井ホアンのコラムとなっており、過去の陰謀論の振り返りが一挙に収録されていた。陰謀論の支持者からホアンさんのコラムへの反論があったものもあるようで、そちらに対しても反論部分の検証を行なっていた。本人の知識もさることながら、どこを検証すればその陰謀論の論拠が崩れるか、という点の目のつけどころがよく、検証方法も丁寧で、ユーモアのある語り口も含めて素晴らしかった。人柄を確認するために読んでいることを一時忘れるほどだった。手元の破滅派23号でホアンさんの小説も読んでみたが、こちらはタブーについての、ギャグとも揶揄ともどちらともつかないようなギリギリの作品が載っていた。この頃は荒削りな作品だったんだなと納得した。

 身元もある程度わかるようだし、会って話を聞くのは悪くないアイディアに思える。

 ホアンさんの経歴を見るに「六ヶ所村へのテロ」などのアイディアが、当時のサブカルチャーなどでありふれていたかの記録を調べることも向いてそうだ。

 ぼくはホアンさんに、できれば父の話も聞きたいので、こちらからサンパウロまで行くので本は会って受け取りでよいかとメールを書いた。

 自分はカナダにいるので、来月旅行がてらサンパウロで一週間過ごすつもりだと。

 メールはすぐ帰ってきて、了承した旨と空港から街までの交通手段や安価な宿などの情報、それに電話番号とブラジルで利用されているメッセンジャーアプリのIDが送られてきた。手回しがいい。取材慣れしているのだろう。

 メッセンジャーアプリをインストールしながら、ぼくは会社に休暇の申請を出した。あとは住居の管理ボランティアについて、管理組合に打診の必要がある。そこで拗れないといいなと思いながら、ぼくは管理人室に電話をかけた。

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