鬼が人に近づくとき
――それからたき子とさくらは、数日に一回の頻度で会うようになった。
場所はたき子の村の北側の林の中。そしてここは、さくらの住む鬼の村から南に行ったところ。
時間は、日没時か、日の出時。
……夜に起き、昼に寝る鬼たちにとっては、たき子たち人間が活動している昼間は眠くてかなわないのだ。
「……鬼の村って、どんな場所なの……?」
「普通の村だよ……? 家があって、少し畑があって、それだけ」
「じゃあ、鬼って、野菜とかも食べるの……?」
「うん。一番はいのししやうさぎとかの肉だけど」
たき子が聞くと、さくらは嫌がること無く答えてくれた。
そして質問をたくさんしても、人間と鬼との違いは多くは見つからなかった。
「人は食べないの?」
「……大昔はそういうことも無いわけではなかったらしいけど。もうあたしのおじいさんの、そのまたおじいさんの頃からそんなことはしてないそうよ。……まあ、食べようとも思わないけど」
「……え?」
「たまに、行き倒れの人間が道に転がってたりするけど、臭くて仕方ないもの。あんなの、頼まれたって食べない」
……じゃあ、鬼に襲われるというのは、いったい何だったのだろう。
「それより、あたしからしたら、何かあったらすぐ鉄砲を撃つ人間のほうが驚き……なんだけど……」
「そんな……」
そんなことない、と言おうとしてたき子は思いとどまる。
村の男衆が鬼を見たら、すぐさま猟銃を撃つとか、石を投げるとかするのだろう。
駐在さんなら、あのぴすとるとかいうのを向けるのか。
「それだけじゃない。なんかあの、勝手に動く籠みたいなやつとか……」
……もしかして、自動車とやらのことだろうか。
東京から来たあの親子が乗っていた不思議な乗り物。馬や牛が引っ張らなくても、後ろから誰かが押さなくても勝手に動く。
「人力の車などもう時代遅れだ。今は大正なのだよ、それなのに未だに田舎は幕府があった頃と何も変わっちゃいない」
そう言って村の大人たちを馬鹿にしていたあいつらの顔が、たき子の頭をよぎる。
「他にも、ここからは少し遠いけど、川をせき止めようとしたり、林の上に、黒くて太い糸を通そうとしたり……」
さくらが言っているのは何なのだろう。村の大人たちが前言っていた、『でんきが通る』というのに関係あるのかもしれない。
「ねえ……人間は、何をしようとしているの?」
「……別に、鬼をどうにかしようとは思わないはず……よ」
だって、人は鬼が怖かったのだから。
……だけども。
たき子にとってのさくらは、本当に鬼、なのか。
***
――夏を経て、実りの秋を過ぎる頃には、たき子は、さくらに対して、村の子と同じように接することができていた。
「……さくら。その……今日は、お土産」
「……お土産?」
たき子はたっぷりと実った収穫後の稲を数束、さくらの前に置く。
「うん。収穫祭でお捧げした分の残りを、ちょっと」
そう言ってたき子は微笑む。笑顔を見せることにも、いつしか抵抗がなくなった。
「あ、収穫祭ってわかる?」
「面白そうだったよね。みんな踊ってて……」
「……え? さくら、収穫祭見てたの?」
それとも、鬼の村でも収穫祭があるのだろうか。
「木陰から、ちょっとだけ。……実は最近、人間の村も少し覗けるようになったんだ。夏に川遊びしてたでしょ? 気持ちよさそうだったな……」
「……そしたら、教えてくれればよかったのに」
「駄目よ。万一たき子以外の人にバレたら……いざとなれば角を隠すこともできなくはないけど、大変だし……」
さくらは自らの角を、右手でちょんちょんと触る。
たき子の握りこぶしの幅と同じぐらいしかない、小さな角。
それでも見つかれば、きっとさくらは……
「それよりたき子、その傷どうしたの?」
さくらはそんなたき子の心配をよそに、たき子の右足を指さす。
「ああ、これ? ちょっと石をぶつけられただけだから、気にしないで」
たき子の右足の足袋の上、ほんの少しだけ覗いている素肌が赤くなっていたのだ。
あからさまな流血こそ止まっているが、擦り傷などではなく、何かが当たってできた傷であることは、さくらにも容易に見て取れた。
「どうしたの! 大変だよ!」
さくらはすぐさま近寄っていく。
そしてたき子の足袋を下ろすと……
抵抗なく、たき子の傷をなめた。
「さくら!?」
「鬼はね……傷の治りも早いんだ」
いや、そうかもしれないけれど。
さくらの舌の感触が、なにかまとわりつくような不思議な感覚が、たき子の頭から離れない。
「……これで、明日には元通りだよ。……でも、何があったの?」
「えっと……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます