第21話 クオン……ついにキレる
さて。全ての情報は出揃った。
どうやら俺は二人の人物に命を狙われているらしい。
「はぁぁぁ〜」
それは俺は今までの人生の中で、一番大きなため息だったと思う。
最初は王都を後にした時が俺の一番の転機かと思っていたけれど、一番の転機は今だった。
あの日。王都から旅立ち、ひとり大海に漕ぎ出した気で得意げになっていた俺は、なんやかんやで身に着けている聖騎士の隊服が俺の身分と所属を明確にしていたし、世間は俺を信用のおける一人の人物として扱ってくれていた。
それが今はどうだ。南方の地に足を踏み入れた途端に厄介事が次から次へとやってくる。
結局のところ北方の地では、騎士団と言う大きな傘が俺を今まで守ってくれていたのだ。しかしそれもこれからはどうも役に立ちそうに無い。結局のところ姫の言う通り俺はそんな事も知らないお坊ちゃんだったということだ。
そして今、あげくの果てにその騎士団を捨てるかどうかの選択に迫られている。
「迷う事ないじゃない。命を狙われてるんだから。」
そう言う彼女の言葉はもっともだ。確かに自分もそう思うのだが……。
「やっぱりお坊ちゃんだから。根無し草がこわいの?」
そうだ。確かに彼女の言う通り、俺は根無し草が怖い。前世も含めて俺には何かしらの属性があった。中学生、高校生、サッカー部……騎士団長の息子、聖騎士団員……やはりなにかに所属してての安心感。おそらくはこれがあったからこそ、これまでさほどの苦労もなく飄々と生きてこれたに違いない。
だけど、ここは迷う所でしょ?
「全く……だらしない男。あなたにはちゃんとした名前があるでしょ。しっかりしなさいよイチノセクオン!」
姫が呆れたように言った。
さて、女の子にそこまで言われても、ただ黙っている俺だったが、さすがに心の中で何かがふつふつと沸き立ってくるのを感じた。
俺だって、道は一本しかないのはわかっている。今は頭を切り替えている最中なのだ。
もうすぐだ。もうすぐ俺の中の何かが変わる……。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、悪党三人組も俺のことを煽る煽る。縛られたままの姿で好き勝手言う。
「姫。こいつは腰抜けだぜ。自分は馬を一刀両断出来るほどの力を持ってるっていうのによ。」
「全くだな、親父が泣くぜ。」
「命まで狙われて、それでも、母ちゃんのおっぱいが恋しいと見えるぜ……。」
「そうかもね。なんか時間の無駄だったみたい。それじゃあ……。解散、解散。」
クソっ。彼女まで……。
その時、俺の頭の奥の方でプチンと音がした。
「誰がおっぱいが恋しいじゃぁぁ〜!」
ハイ。俺はとうとうキレました。何がなんだかわからなくなるまでに……。もう、転生してからのあれやこれやまで一緒くたになって爆発したんです。
「クソッ。お前ら好き勝手言いやがって。俺は腰抜けじゃねぇ!!」
いやいや、人生で初めてキレました。この先いったいどうしたら良いのかもわかりません。
「で、どうするつもりなの?」
「いいか。見てろよ!」
彼女の煽り言葉に乗せられて、俺は着ていた騎士団の隊服の上着を脱ぐと、それを勢い任せでズタズタに手で切り裂いた。厚手の隊服はなかなか手で引きちぎれるものでもないが、俺は歯を使ったり、足を使ったり…みっともなかろうがもう無茶苦茶だ。
「ははぁ。やりやがったぜ。」
「全く、簡単に乗せられやがる。」
そんな俺の姿を見て、悪党達は大喜び。「やれ、やっちまえ」の大合唱だ。
「そうだ。騎士団の服なんか破っってしまえ!」
やっとのことで上着をちぎり終えた俺は、ようやく冷静さを取り戻したが……あたりを見回せば、少女は腹を抱えて笑い転げているし、悪党達までニタニタと生暖かい笑みを浮かべて……その瞬間俺は気が付きました。やっちまったんです。
まぁ、普段からスマートを気取ってキレ慣れてない俺のこと、なんとも気持ち悪いキレかたをしていたに違いない。
きまりが悪そうに立ち尽くしている俺に、やさ男が半笑いで声をかけてきた。
「兄さん。今のは良かったぜ。やっぱり男はそうでなくっちゃな。」
それを聞いた他の二人が横で声を揃えて笑った。
「まぁ兄さんは取り敢えず騎士団から離れたほうがいい。なんたってあそこの団長には黒い噂もあるしな。それに、あんたに騎士団は向いてない。俺達邪教の者を見て情けをかけるようじゃ駄目だ。」
すると、それを横で聞いていた少女も、やっと笑いが治まった様子で、やさ男の意見に同意する。
「そうそう。私もらしく無いって思ってるの。」
「まぁ、らしく無さなら、あんたの親父さんの右に出る出る者はいないがな。」
少し冷静になってみると、こいつら全員の魂胆がよく分かった。どうやら俺はわざとキレるように仕向けられたらしい……。このなんとも言えない恥ずかしい気持ちをどう表現したらいいのだろうか。どうにも取り繕えない俺はしかたなくこう言った。
「お前ら……わざと俺を怒らせたな。」
その一言に、俺以外の全員が笑った。
「仕方ないじゃない。あのままだったら、俺は騎士団に戻って無実を証明する。何て言いかねないもの。」
「俺達も、お前の親父さんとは少なからず縁がある。みすみす殺されに行くような事はさせられねぇ。」
こいつら全員が俺の行末を案じてくれたことは分かった。しかしどうやって話を合わせたのだろうか……。男どもはさっきまで拷問されかかっていたのではなかったか……。
「姫に目配せされただけだ。あとは姫に話を合わせた。俺達の命は結局のところ姫が握ってるんだからな。」
「それに俺はお前さんに生きててもらわねぇと困る。死なれたんじゃいつ姫に毒を飲まされるかわからねぇ。」
3人の男達はどうやら俺に味方したほうが得だと思ったらしい。
「そうね。彼がいなかったら確実にあなた達のこと殺してたわ。クオンも命の恩人なんだからもっと威張ってもいいと思うの。」
そう言っていたずらっぽく笑った少女は、多分また何か良からぬ事を考えている。出会って間もないが俺には良くわかるのだ。あの空中を眺めて何かを考えている様子。絶対に変な事を考えているに違いない。
そして、少女はポンと手を叩き、3人の男たちにこう言った。
「ねぇ、あなたたち。今日からこのサトウリョウマの家来になりなさい。」
そう言った時の彼女の嬉しそうな表情ときたら……。
次話
『クオン、わけもわからないまま義兄弟の契りを結ぶ。』
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