第10話 気付いてもらいたい
悠斗くんとプラネタリウムを観に行くことが決まったその週の土曜日。私は、伊織とショッピングモールで服を買いに来ていた。
服は、悠斗くんと一緒に出掛ける時に着る用の服だ。
「で、私に服を選んでほしいと?」
「うん。この前、朝井くんと出掛けた時に着た服が何だか微妙な反応だったから。別に可愛いとかそういうことが言ってほしいわけじゃないけど」
否定したが、可愛いとかそういうことを言ってほしかった。
悠斗くんに私のことを意識させたいわけじゃない。多分相手が誰であろうと私は、その言葉を求めてしまう。
「それ誤魔化しになってないよ。口で否定してても表情から見たらバレバレ。頼ってくれたんだし、ここは任せてよ。私が美奈に1番似合う服を選んであげる」
「ありがとう、伊織」
「じゃ、さっそくこれ着てみて!」
話している間に何着か手にとっていて、それを伊織は、私に手渡した。
***
何着か着てみて最後に着た服が自分の中でしっくりきた。試着室のカーテンを開けて外で待つ伊織にどうかと尋ねる。
「これが1番いいと思ったんだけど。どうかな?」
「うん、いいじゃん。これでデート成功だね」
「いやいや、デートじゃないから。私と朝井くんは、家族。私は、朝井くんのこと絶対に好きにならない」
確かに男女でどこか行くとなったらそれはデートなのかもしれない。
けど、私と悠斗くんは、今もこれからも家族での距離でいる。私達の距離は、遠くなっても近くなってもダメだ。
「そういいつつ美奈、距離縮めようとしてるよね。何か理由でもあるの?」
「秘密。伊織には教えない」
「そんなこと言われたら余計気になるんだけど」
「言わない。じゃあ、私はこの服買ってくるね」
「わかった。じゃあ、店の外で待ってるよ」
伊織は、そう言って店から出ていった。そして私は、カーテンを閉めて着ている服を脱ぎ、着てきた服を着る。
***
翌日、俺と美奈さんは、一緒に家を出て目的地である科学館へ向かった。科学館に行くには、電車に乗らなければならないので駅まで歩いていく。
家を出てから無言でここまで歩いてきたが、これは俺から何か話題を振らないといけないのだろうか。
「美奈さん」
名前を呼ぶと美奈さんは、「何?」と前を向いたまま尋ねてくる。
「俺、美奈さんに不愉快にさせるようなことした?」
今朝から美奈さんは、機嫌が悪いように見えた。何か怒らせるようなことをしてしまったかもしれないと考えたが心当たりはない。
「別に」
彼女は、そう言うだけでまた沈黙が流れる。そこで俺は、もしかしてと何かに気付いた。
「もしかして美奈さん、香水変えた?」
「えっ、あっ、うん」
少し嬉しそうな美奈さんの表情にもしかして香水を変えたことに気付いてほしかったのではと思った。
駅に着いくと俺達は、ちょうど来た電車に乗った。降りる駅は5つ先の駅なので座ることにする。
隣同士に座り1度座っていたが美奈さんは、俺と距離が近すぎると思ったのか少し離れて座り直す。
電車に揺られながら数分後。俺と美奈さんは、結局一言も話さずに電車を降りる。
そこから5分歩いて目的の場所へ着いた。入場料は、無料だが、プラネタリウムを観るにはお金がいる。チケットを購入し、時間まで少し科学館の中を探索する。宇宙・地球などの展示があった。
「美奈さんは、好きな星とかある?」
展示を見ながら俺は、ふと気になったことを尋ねた。
「シリウスかな。地球上から見える最も明るい恒星らしいよ。悠斗くんは?」
「宵の明星……金星が好きかな」
そう言った瞬間、美奈さんと目が合うと彼女は、顔を赤らめ足で軽く足を蹴ってきた。
「えっ、俺、変なこと言ったか?」
「べっ、別にぃ~。悠斗くんがそういう人ってことがわかったよ」
美奈さんは、そう言ってクルッとこちらに背を向けて歩き出す。
「どういう意味だよ」
結局意味がわからないまま俺は、美奈さんの後を追うことにした。
プラネタリウムの投映時間前になり、プラネタリウムが観れる階へと移動し、少し早めだが、指定された席へと座る。
「楽しみだね、悠斗くん」
嘘一つない彼女の笑顔に俺は、見とれてしまい少し遅れてそうだなと返事をした。
(そうやって、いつも自然に笑えばいいのに……)
***
「楽しかったね」
科学館を出た俺達は、近くの展望台に寄り町全体が見渡せる景色を見ていた。
「そうだな。星のことをいろいろ知れて良かった」
俺がそう言うと彼女は悠斗くんを誘って良かったと嬉しそうな顔をする。
「私、小さい頃に家族でキャンプに行ったことがあるんだけどその時に見た星は今でも忘れられないぐらい綺麗でね。また一緒に来ようって約束したんだけど、それは叶わなかった」
叶わなかったのは、美奈さんの父親が亡くなったからだろう。俺にも叶わなかったことがある。母親を亡くした俺にも。
「また見たかったなぁ~」
ここで俺と一緒に観に行こうと誘うのはおそらく違うだろう。美奈さんは、実の父親と香帆さんで観に行きたいと思っているはずだ。
「あっ、ごめんね。なんか暗い話しになっちゃって……。そろそろ帰ろっか」
この場から立ち去ろうとする美奈さんの手を俺は、気付けば取っていた。
「悠斗くん?」
「その場所に家族全員で行かないか? あの時とはいろいろ違うかもしれないけどさ」
「……うん、絶対に行こう。だから、悠斗くん。側にいてね」
美奈さんは、俺の手を強く握ってきた。こんなにも人の温もりを感じたのは、久しぶりだった。
俺は母親を、美奈さんは父親を亡くしている。お互い違うところで育ち、最近まで赤の他人だった。
けれど、今は、大切な家族だ。過去のことを忘れろとは言わない。けれど、俺達は、前に進まなければならない。
「帰るまで妹でいてもいい?」
甘えるような顔で美奈さんは、俺の顔を覗き込んできた。
「妹って……美奈さんは、義理の妹だろ?」
俺は、優しくそう言うと彼女は、小さく笑った。
「わかってる。けど、今だけは……。帰りましょ、お兄さん」
「あぁ、帰ろうか」
俺と美奈さんは、横並びになって家まで歩く。
帰り道、これまでのあったことを俺と美奈さんは、話した。
「ところで、その服似合ってるよ」
「……あ、ありがと」
俺は、美奈さんのことをまだ半分も知れていない。おそらく美奈さんも俺のことを知らない。
だからといって焦ることはない。ゆっくりでいい、焦らずゆっくりと知ればいい。だって、家族で過ごす時間はまだ始まったばかりなのだから。
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