異世界歳時記~異世界の風習をエルフお姉さんが解説してくれる話~

白内十色

第ゼロ話 厄男

 その日の俺は世界一の『厄男』だった。福男選びという神事が日本にはあって、それはレースで福男の地位を勝ち取るらしい。俺は何をしたというわけでもないのに、妙な力によって『厄男』に認定されたらしい。とてつもなく運が悪かったから多分そうなのだろう。


 まず朝起きた時に頭が北を向いていてしょんぼりするのに始まり、料理をしようとすればサラダ油をまき散らし、郵便受けには知らない人宛の手紙が山のようだし、テレビのニュースキャスターは生年月日まで指定して「ごめんなさーい、あなたの運勢は最悪です!」とのたまった。


 仕方がないのでソファに寝転がって、「あー、異世界に放り込まれて異世界の習俗についてあることないこと解説してくれるエルフの博識怠惰おねえさんに会えないかなー」などとつぶやいていると、頭の上からランドルト環の形状をした蛍光灯がカバーごと外れて落下してくる。


 服を着ようとしたら表裏が逆で、しかも二回ほどチャレンジして毎回表裏が逆になるのだ。USBメモリじゃないんだから。


 最終的にどうなったかというと、トラックが窓を突き破って飛び込んできて、俺を跳ね飛ばした。こんなことなら一軒家を買わずにマンションの上の方の階に居を構えればよかった、のだろうか? サラダ油に引火して家が燃えたような気がするが宙を舞う俺にそんなことを気にしている余裕はない。


 スローモーションになる思考の中で、「ラッキーアイテムはトラックです!」との声が響き渡る。つけっぱなしのテレビが俺の運勢の悪さについて事細かに語りだしてから一時間近くになる。


 そうか、トラックが、ラッキーアイテム?


 本当に?


 ちなみにトラックがやってきた方角はちょうど北東、つまり鬼門にあたる。もしかして厄男を鬼門からのトラックで轢き殺す風習でもあるのかと錯覚するほどだ。


 そして俺は、上空に開いた黒い転送ゲート的なものに吸い込まれて異世界に放り込まれる。


 異世界、そう、物語でよく見る、地球とは全く異なる文化や技術を持った別の世界のことだ。


 俺の異世界スローライフはこのような経緯で始まる。無事にエルフおねえさんには会えるし、異世界特有の風習も教えてくれる。これから記される文章は、そんな俺の日記のようなものだ。異世界版の歳時記と言ってもいいだろう。固有の風俗を書いていくつもりだ。ドラゴンが人を轢く風習がなければいいが……。

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