第三十四話 切り裂き男 下


 ぼんやりと淡く光る、漆黒の樹。

 月花隊から送られてきた位置情報と一致する。あれは<怪異因子>だ。


「樹木子ってご存じです? 人の血を吸う妖怪。これね、それを模した<怪異因子>なんです。良く出来ているでしょう? しかもこれね、桜の木なんですよねぇ。いやぁ、作るの大変でしたよ。でもねぇ、ホラ。あなた達みたいだなって思ったら、頑張れました」


 聞かれてもいないのに、高畠は饒舌を振るう。

 何が頑張れただ。その言葉が正しければヒノカ達はあれに血を吸われている事になる。


「――――あ、でもね、安心してください。血を流させるのは私の仕事なので。あれが吸うのは霊力ですから」


 ホノカに浮かんだ懸念を、高畠は先回りして答えた。

 本当に聞かれてもいないのによく話す男だと思いながら、ホノカは目を細くする。

 そのまま蒸気装備の銃口を高畠に向け、


「あなたが、あの<怪異因子>を作り、操っていると」


「ええ、そうです。解放して欲しいですか?」


「そうですね。でも欲しい、ではなく。――――今すぐに開放しなさい」


 ホノカは鋭い口調でそう言った。

 すると高畠は至極嬉しそうに顔を歪める。


「アァ……いいですね、本当に、あなたは穢れていない。真っ直ぐだ。美しい!」


「隊長、聞くに堪えません。黙らせて直ぐに<怪異因子>を討伐しましょう」


「フフ。構いませんよ? まぁ……」


 高畠はそこで一度言葉を区切って、


「できるものなら」


 と笑った。

 その瞬間、白椿館が大きく揺れ始める。

 

「地震!?」


 ヒビキがぎょっとして言う。こんな時に、と小さく続けた。

 だが高畠の言葉のタイミングと合い過ぎている。ただの地震ではない気がする。

 周囲に視線を走らせていると、床がうっすらと光っているのが見えた。

 ごくごく細く長く、無数に広がるそれ。

 何だ、と考えた時、樹木の<怪異因子>が目に映った。

 樹木。

 床。

 細長い光。

 その単語が頭の中に浮かんで繋がる。

 理解して、ホノカは自身の蒸気装備のダイヤルを素早く回した。

 選んだのは<炎弾>だ。

 ホノカはそれを床に向かって撃つ。するとヒノカ達を取り込む<怪異因子>が悲鳴を上げた。


「隊長!?」


「床! <怪異因子>の根です!」


 ホノカの言葉にウツギとヒビキも自身の蒸気装備に、技能効果を纏わせる。

 ウツギは雷を、ヒビキは氷を。

 そのままそれぞれの武器で床を突き刺した。


「さすが、その歳で<銀壱星>になっただけの事はある。優秀ですねぇ」


 高畠は血が流れる手でパチパチと拍手を送って来る。


「……ヒノカ君もね、そうでしたよ。でもまぁ、白椿館の人間を守ろうとしたものだから、あの状態ですけどね」


 当然だ。言われなくても分かる。ヒノカならそうする。

 そう思いながらホノカは床の根を排除していく。

 そしてホノカの炎とウツギの雷で建物が燃え広がらないように、ヒビキが氷で的確に防いでくれた。


「ま、他はオマケみたいなもの……」


「勘違いしているようですが、私達だけじゃありませんよ。うちの隊の人間は皆優秀です」


 ホノカがそう言うと、ウツギとヒビキは少し驚いた顔になった。

 高畠はさして興味もなさそうに「そうですか」と肩をすくめるだけだったが。


「ま、私はホノカさんとヒノカ君さえ来てくれれば、それで良かったんですけどね」


「隊長達に何の用事があるんだ、お前は」


「――――六年前の続き」


 ウツギの問いに、高畠はそう答えた。

 それから懐かしい思い出話をする時のように目を細める。


「穢れないように、私がしっかり、導いてあげたい。ガラスケースに入れて、綺麗に綺麗に飾って――――」


 うっそりと笑う高畠。

 その言葉を最後まで聞く前に、ホノカが<炎弾>を撃った。

 金色の炎の弾丸が高畠の頬をかすめ、奥にいる樹木の<怪異因子>に当たる。

 その炎が<怪異因子>を少しずつ燃やす。


「そんな事のために、間内キヨコさんの命を奪ったのですか」


「……ああ、彼女? 彼女は私を裏切ったんですよ。穢れていないと思って大事にしてあげたのに、私を拒絶して。私より、飼っている黒猫の方が愛しいなんて言う。失礼ですよ、本当に」


「そうですか」


「まぁ、意外と足が速かったのが想定外でしたね。あんな場所まで逃げてしまうなんて。もう少し、場所にはこだわりたかったのですが」


「そうですか」


 怒りを滲ませる高畠の声を聞きながら、ホノカは短くそう言った。

 ここまで冷たい声が出るのかと自分でも驚くくらいだ。

 ホノカはそのまま高畠を睨みつけながら、言葉を続ける。


「でも私も分かりますよ。あなたなんかより、猫の方がずっとかあいらしくて愛しい」


「……何ですって?」


「だってそうでしょう? あなたはただただ気持ち悪くて、言っている事が理解できない。本当にクソッタレですよ。変態です。最低」


「…………」


 ここ最近聞いた罵詈雑言を、ホノカは記憶からかき集め、ぶつけて行く。

 そうしている間にも背後の<怪異因子>を燃やす炎は広がって行く。

 もう少し、もう少しだ。

 そう思うながら、ホノカはありったけの言葉で高畠を罵る。

 ウツギとヒビキは一瞬怪訝そうな顔をしたが、直ぐにホノカの意図に気づいた様子で、それに乗った。


「あー、そうですよねぇ。どんだけこじらせてるんだって話ですよ、ほんと」


「頭の中が昔から破廉恥なんですねぇ、あなたって!」


「…………お前達」


 すると、高畠の言葉遣いが初めてブレ、、た。

 余裕ぶっていた目にドス黒い怒りの色が浮かぶ。


「よくも、私の――――私の事を、汚い言葉で、馬鹿に――――!」


 そしてその怒りは爆発した。

 目を吊り上げ、顔を歪め。高畠が怒鳴りかけた、その時。


「相違ないだろうさ、このクソ野郎が!」


 声と共に、高畠の背後から<怪異因子>から抜け出したヒノカが、太刀が振り下ろした。

 太刀が高畠の背を大きく抉る。

 両手に傷を負っても余裕ぶっていた高畠の顔が崩れた。血を流しながら高畠は前に倒れ込む。

 その背後には霊力を吸われたためか、顔色の悪いヒノカと、ユリカを支えて立つアカシの姿があった。


「ホノカ、ナイス時間稼ぎ! なかなか良い言葉選びだったよ!」


「最近、色々と耳にする機会がありましたので。三人共、大丈夫ですか?」


「ふらふらするけどねぇ」


 ヒノカはへらりと笑ってそう言った。

 霊力は吸われているが目立って大きな怪我はなさそうだ。

 良かった、とほっとしながら、ホノカは高畠を見下ろし、蒸気装備の銃口を向けた。

 このまま引き金を引けば、こいつは死ぬ。

 けん制のためだ。けれど頭の中に一瞬、その考えが浮かんだ。浮かんでしまった。

 高畠はうつ伏せのなま、目だけでホノカを見上げる。


「なる、ほど……挑発でしたか。ええ、分かって、いましたよ。……あなたは、穢れていないっ、て」


「ずいぶん良く、、見えているようですが、私も汚い言葉は使いますよ。そして本心です。――――あなたは最低です」


「フフ……ハハハ……」


 高畠はくつくつ笑ったあと。

 最後に「――――ァア、悪く、ない」と言って、意識を失った。

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