第二十五話 過去の傷跡 壱
翌日の十五時頃。
春らしい穏やかな青空が広がる日の午後、桜花寮での待機当番だったウツギは一人、資料室にやって来た。
今、隊舎に残っているのはウツギ以外に、ホノカと、月花隊の隊員が数人だ。
他は皆、外に出かけている。
アカシは月花隊隊長のヒノカに連れられて、ユリカと一緒に白椿館にお詫びに行っているし、スギノは朝から高畠邸に見張り。ヒビキは見回りに出ている。
月花隊の隊員達も同様に外出していたり、資料をまとめていたりしているだろう。
さて、そんな中。
ウツギが資料室にやって来た理由は、とある事件を調べるためだった。
「六年前、六年前……あ、これだ」
ウツギは、棚に綺麗に整頓されたファイルの背を端から見ながら、その中の一冊に目を止めた。
六年前の秋頃の事件をまとめたファイルだ。
手に取って開き、ぺらぺらとめくっていく。しばらくしてウツギはあるページで目をとめた。
そこには『帝都地下の霊力爆発事故』という見出しの新聞記事がスクラップされていた。
――――昨日未明、帝都地下で小規模の霊力暴走による爆発事故が発生。発生原因は不明。その場にいた大人一名が死亡、子供二名が重傷、また一名が行方不明となっている。死亡したのは、帝国守護隊所属の御桜ミハヤ銀壱星で、事件の捜査中だったという。霊力爆発事故の原因については現在調査中だ。
記事の一文にはそう記載されている。
これは六年前、御桜ミハヤが死亡した際の記事だ。
公にはミハヤは
だが、事実は違っている。
現場にいた子供が、自分の目の前でミハヤが殺害されたのだと証言してくれたのだ。
その犯人――切り裂き男、は子供を人質に取ってミハヤを呼び出し、そして殺害したのである。
けれど帝国守護隊は敢えて切り裂き男の件を伏せた。
その理由は二つ。
一つ目は霊力爆発事故の影響で、ミハヤの遺体も、切り裂き男も見つからなかったから。
二つ目はミハヤが殺害されたのを見たのが、その場にいた子供の証言だったから。
もちろん当時の帝国守護隊に所属していた軍人のほとんどは、切り裂き男がミハヤを殺害したという子供の証言を信じた。
しかし、たった一人の目撃証言で、かつ、冷静さを欠く状態だった子供の記憶だ、曖昧になっている可能性がある。
それを発表すれば帝都市民の不安を煽るだけではないかと、帝国守護隊の上層部は判断した。
そこで霊力爆発事故のみを取り上げ、発表したのである。
それはそれで帝都市民の不安を煽ったが、霊力爆発事故の原因が判明した事で、ひとまずの終息を迎えた――――のだが。
その事故の原因と発表された内容を、ウツギは読みながら思い出す。
――――先日発生した霊力爆発事故。その原因は、その場にいた子供の霊力が爆発した事で発生したと発表があった。
後日、新聞に載っていたのは、そんな記事だった。
現場にいた子供についての詳細は書かれていない。そこはさすがに上層部も配慮したのだろう。
ウツギ達もそれが誰であるかは知らされていない。情報が伏せられていたのだ。
ただ、とウツギは少し目を細くする。
ミハヤの葬場祭の日。
騒ぎ立てる記者達が帝国守護隊によって阻まれ、斎主の祭詞のみが静かに響く遺体すらないあの場で、二人の子供が泣いていた。ミハヤの子供達だ。
その子供達が身体に包帯を巻いた痛々しい姿だったのを、ウツギはぼんやりと覚えている。
人質に取られた二人の子供。
ミハヤの死。
そして切り裂き男。
そこから考えると、件の子供はヒノカかホノカのどちらかだったのではないだろうか。
「だとしたら……何て……」
切り裂き男は、何て残酷な事をしたんだ。
ギリ、とウツギは音が鳴るくらい強く歯を噛みしめた。
子供の目の前で親を殺すなんて人間のやる事ではない。
怒りをふつふつと滾らせていると、
「ウツギさん、こちらですか?」
と、急にホノカの声が聞こえて来た。
ウツギはハッとして、慌ててファイルを閉じて棚に戻す。それから足早に声の方へと向かった。
ホノカは資料室の入り口付近から、ひょいと顔を覗かせているところだった。
「あ、はーい! どうしました?」
「ええ、今晩、カレーを作ろうと思うんですが、材料の買い出しに付き合って頂けたらと。……汗をかいていますが、どうしました?」
「いえいえ別に! いやー、カレー楽しみだなー! そう言えばホノカ隊長のカレーって、浅葱司令やシノブさんのお墨付きって聞きましたけれど」
「あ、ええ。はい。お墨付きかどうかは分かりませんが、カレーはちょっと得意です」
誤魔化すウツギだったが、ホノカはそれ以上追及せずにふふ、と笑って言った。
ウツギは良かった、と思いながら大きく頷く。
「はい、お安い御用ですよ!」
「ありがとうございます。ちなみにウツギさんは牛と豚と鶏、どれが好きですか?」
「牛ですね」
「分かりました。では牛肉のカレーにしましょうか」
「やった!」
そんな話をしながら、ウツギは資料室から出る。
その時、一度だけウツギは件の資料が収まった棚に目をやってから、そのままパタンとドアを閉めた。
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