第27話

 濃い緑の、引きずるほどに長い髪は、先端からどろどろとゼリー状の液体を垂らし、地面を濡らしている。赤い目と同じ赤いふっくらとした唇は、一見すれば生唾を呑んでしまうほどに艶めかしいが、そこから覗く紫色の舌が、同時に気味の悪さをも醸し出している。


「これ小童こわっぱ、なんとか言わんかい」


 なんとか、とは上手く言ったものだ。ヴェインも丸呑みされたままでは、うんともすんとも言えぬだろうに。他の三人はどうしたものかと振り返れば、器用にゼリウムに四肢を捕らえられ、フェリカに関しては口まで塞がれている。


「おい、ばーさん、こいつらを離せ」

「んんん? なんじゃ、お主。儂はお主のような奴に、“ばーさん”呼ばわりされる覚えは全くないのじゃが?」

「年取ってさらにボケちまったのか? 忘れてるなら、またその記憶に焼きつけてもいいんだが」

「なんじゃ失礼な……ん? このやり取りをしたことがあるような」


 その女は訝しむように俺を下から上まで見やり、次に腰にある本を視界に入れ、その目を大きく見開いた。


「その本……まさかお主、月火げっかの――」

「おっと。ばーさん、お喋りはそこまでだ。さっきも言ったが、こいつらを離せ」

「……」


 女は無言でヴェインたちを解放すると、わかりやすいほどにデカいため息を吐いた。


「折角久しぶりの小童こわっぱで遊んでやろうと思うたのに」

「それは残念だったな。なんなら地上へ出たらどうだ? アークベルトの奴がいるぞ」


 アークベルトの名前を出した途端、女は「カーッ」と心底嫌そうに顔をしかめ、ペッと通路へ痰を吐き出した。


「誰があんな、腐ったミカンのような奴」

「それは同感だな」


 ゲホッと咳込んでいるヴェインに「大丈夫か」と手を差し伸べ立たせてから、ついでに他の三人にも「無事だな」と一応視線をやった。ガレリアが「えぇ」と手首に多少残ったゼリウムを払い、


「そちらのかたは?」


とゼリウム女に不審者を見るような視線を送る。


「ただの知り合いだ」

「ただのとはなんじゃ、の分際で」

「ディア、坊……」


 一同の視線が痛い。このままでは、見た目幼女のゼリウム女にそう呼ばせて喜ぶ趣味があると思われそうだ。それは心外であるし、そもそもこいつは見た目通りの年でも、性別でもない。


「ほっほっ、ディア坊。どうやら少し見ない間に、お主女難の相でも出たのではないか?」

「ばーさん、あんたのせいなんだがな」

「ん? なんじゃ、もしや儂がディア坊の嫁か婿とでも思われとるのか? それは心外じゃのぅ」

「こっちの台詞だっつの……」


 変わらず掴めない性格をしているが、こいつもまたアークベルトと同じような存在であることは間違いない。ゼリウム女が「儂は」と仁王立ちして名乗りを上げようとしたところで、リーフィの腹から盛大な音が鳴り響いた。


「……ぷっくく、やはりおなごは元気でえぇのぅ。儂はルビリス、まぁ久方ぶりのヒトじゃ。飯でも振る舞ってやろうではないか」

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