第11話

「あーー、クソッ」


 苛立ちで頭を掻いてから、俺は屋根から飛び降りた。先頭の男の背中に蹴りを入れる形で着地すると、そのまま右手で首に衝撃を与え失神させる。


「あがっ」


 いきなり仲間が倒れたことに対応できず、二人目はそのまま仲間の体に足を引っかけ転んだ。


「どけー!」


 三人目が持っているのは棍棒か? いや、決めつけるのは早計というものだ。一瞬受け止めようと手を伸ばしかけ、そう思い留まり手を引っ込め、逆に姿勢を低く落とした。


「おりゃー!」


 男が振りかぶったその隙に間合いを詰め反対側へと抜ける。振り下ろされた棍棒は地面を叩き、その場を黒焦げにした。


「なんでぇお前、ちったぁ頭が回るじゃねぇか」

「脳みそが腹に入ってるような奴に褒められてもな」


 そう言いながら、相手の能力は何かを考える。熱? 火? いや違う、それならあの棍棒ごと燃えるはず。焦がすということは、それらに類似した能力のはずだが……。俺を、いや相手を焼くなら、わざわざ道具を使う必要はない。なら――


「なるほど。そういうことか」

「ああん?」

「その能力、なかなか珍しいな。使い方しだいではさぞかし喜ばれるだろうに」

「お前、まさかもう……!」


 焦りを隠せない男に、俺は口から長いため息を吐き切った後、


「能力は“振動系”。おそらくは手にした物体を振動させ、それに触れたものは焦げるんだろうが……」


と足元のビンを拾い上げた。それを何度か手で弄ぶように、右に左にと移動させる。


「その能力、争いなんぞより、世のために行使したほうがよっぽど稼げたと思うぞ」


 ビンを真上に投げた。男の視線がそれを追う。

 俺はそれを逃さず男の懐に潜り込み、そのふくよかな腹、ではなく顎目掛けて拳を突き上げた。骨と骨がぶつかる音、続けて男の低い声が喉から唸り、その巨体は地面に沈んだ。


「はぁ……ったく。おい、リーフィ」


 勝手なことをするなと振り返る。俺の気など知ったこっちゃないのか、リーフィは伸びたままの二人目の男に近づくと「インスィ・ティーノ」と人差し指を突きつけた。


「リーフィ、お前何して」

「元気に、する」

「は? いやお前、男には使わねぇんじゃ……」


 言いかけ、ゆらりと動く影が俺たちを覆った。立ち上がった巨体に舌打ちし、俺は「リーフィ」と語気を強め――


 グギュ、ギュルル、ギュルルル。


「……あ?」


 その盛大な音は、立ち上がった男の腹から聞こえた。腹を空かせたなんて可愛らしいもんじゃない。あからさまにそれは、腹を壊した時のそれだ。


「あ”あ”あ”!? いだいっ! 腹が! いだいいいい!」


 男は猫背気味になり腹を押さえると、慣れもしない内股になり弱々しい声を上げた。


「リーフィ、何した」

「元気に、した」

「あぁ、そういう……」


 法術士の一般的な役目は、傷の治療だ。その治療の原理は、ヒトの持つ再生力を引き上げるというものだが、逆にいえば、それを利用して内蔵の動きを活発にすることも可能になる。

 といっても、ヒトの内部にまで影響を及ぼすなぞ、それこそエルフの持つ潜在値の高さだから為せるわけで、そこいらの法術士には出来やしないだろう。


「ディアスも、する?」

「生憎だが、俺は便秘になったことはない」

「困った時、言って。それ、元気にする」


 珍しく流暢に話すかと思えば、こいつは何を言ってるんだ。一度足りとて大事なムスコが使えなくなったこどないわ。


「済んだなら行くぞ。あいつらが起き次第、国境を超える」

「お、お待ちください、旅の御方」


 父親に呼び止められた。これ以上時間を取られてたまるかと、俺は止まることもせず三歩ほど進み、足に何かがまとわりつく感覚に仕方なく足を止めた。

 あの少女がしっかりと、両手でズボンの膝辺りを掴んでいたのだ。

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