第4話

 盗賊なんて珍しいもんじゃあない。が、今この状況で襲われるのも勘弁だ。俺たちはとっとと南に行くために、いち早く国境へ向かう必要がある。なら馭者と馬が襲われている間にでも……。


「大変だ! きっと外で何かあったんだ! なんとかしなきゃ!」


 ガレリアに抱きとめられたままの格好で、ヴェインが意気込んで足をばたつかせる。


「静かにしろ。そして外は何もない。何もないが、こっそり逃げるぞ」


 さっきも言ったが、こんなところで道草を食っている場合ではない。俺はフェリカに被さるようにして眠るリーフィの肩を揺すり、


「おい、起きろ、おい」


と小声ながらも語気を強めた。


「んん……まだ、時間、違う」

「時間なんだよ、起きろ」

「んー、いや」

「嫌じゃねぇ」


 イラついてきた俺は、無理やりにでも引き離そうと力を込める。だがリーフィは、それこそエルフとは思えない力でフェリカにしがみつき「やだ」と子供みたいに駄々をこねやがった。

 流石にフェリカも起きたみたいで、うっすらと開いた目を潤ませながら、


「リー、フィ……」


と掠れた声を出した。ほれ見たか、早くどいてやれと言おうとして……。


「そこ、擦れて、ます……!」

「知ってる。わざと、やってる」

「んんっ」

「こんなとこでちちくり合いしてんじゃねぇ! ヴェインの性癖が歪んじまうだろうが! 宿でやれ宿で!」


 なんで俺はこんな奴らのお守りをせにゃならんのか。声も段々でかくなるというものだ。ん? 声も、でか、く……。

 そこではたと気づいて、嫌な予感と共にゆっくりとほろの出入り口を振り向いた。


「よォ、にィさんがた。随分とまァ、楽しんでるようじャあねェかい」

「はは、は……」


 やはりというべきか、中を覗き込む野盗が、その薄汚い黄色い歯を見せにやりと笑った。


「これが楽しんでるように見えるんなら、俺はあんたらにこのお役目を是非とも譲りたいとこだ」

「ほォん、なら外出ろ、外」

「へいへいっと」


 無駄に疲れたくない。が、このままお役目を放り投げてお国へ帰ったところで、待っているのは打ち首獄門だろう。あの雇い主はああ見えて、やると言ったらやる男なのだ。普段は呑気な奴だが。

 さてどうしようか。腰に下げた本を撫でながら考えていると、


「み、皆は僕が守るんだ!」


とヴェインが野盗に飛びかかっていった。よほど剣が重たいのだろう、引きずった跡が荷馬車の床だけでなく、荷物の袋までも引き裂いていく。

 これはあとで弁償しろと言われそうだと、さらに頭を抱えたくなるが、今はそれどころではない。


「おい、ヴェイン」

「うわぁぁあああ!」


 威勢はよかった、威勢は。

 引きずっていた剣が荷台の段差に引っかかり、上手く剣を握れていないヴェインはその勢いのまま、外へと放り出された。もちろん剣は手からすっぽ抜けて。


「わわわ……!」


 一人外に出る形になったヴェインは、当たり前だが野盗五、六人に囲まれる形になる。これが国の兵士や、慣れた旅人ならばどうということはないだろう。

 だがあのヴェインとかいうガキは、弱すぎた。剣を握るのも初めて、野盗に会うのも、いや見ることすら初めてだったのだろう。臆せず飛び出したのは評価するが、あれでは命がいくつあっても足りんぞ。


「おい、ガレリア。お前、仲間だろうが」

「んー。だって、あの野盗たち、私より弱いの丸わかりでしょう?」

「そりゃあ、そうだろうよ」

「じゃあ、戦う必要がないわ。お婿さん候補にすらならないじゃない」

「ヴェインに唾つけたんじゃないのか!?」

「つけるなって言ったの、貴方じゃない」

「こんな時にそれを持ち出すな!」


 キリがないとガレリアに頼るのを諦めリーフィを見るも、


「保護者、言ってた。違う? ほ、ご、しゃ」


と変わらずフェリカに被さりながら、こちらを一瞬だけ見てにやりと笑った。


「こんの……クソガキどもが……!」


 俺は舌打ちをし、それから仕方なく幌の隙間から外へと出た。俺が出た瞬間、中から聞こえる声が一段と激しくなったことにこめかみを押さえつつも、野盗とヴェインに視線をやる。手から剣が離れてしまったただのガキなぞ、野盗にとってはカモでしかなく、このまま放っておけば死ぬのは明らかだ。

 ため息を吐きながら一瞬本に触れ、いやしかし待てとヴェインの持っていた剣に目をやった。地面に落ちたままだったそれを拾い上げてから、馴染ませるようにヒュッと振り抜く。


「お、にィちゃん、やる気かァ?」


 ひひひと下品な笑いをする野盗に目もくれず、寝そべったままのヴェインに「おい」と一瞥した。


「威勢は認めてやる。だけどな、ただ死ぬだけなら、そこらの物乞いにだって出来んだよ。死にたくなけりゃあ、黙って見ていろ」

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