第22話 たまにはやけ酒もいいじゃない
若店主が疑問符が、妙に白々しかった。
「悪魔? 魔物ではなく?」
「動物が魔物になって、人間が悪魔になるんです。悪魔は厄介ですよー。知能も魔物よりずば抜けて高いので、討伐が難しいんですよね。それこそ勇者とか怪物クラスじゃないと歯が立ちません。最近、勇者がこのあたりに来たことは?」
だって、こどもが『悪魔』という単語を使っていたから。
勇者は今、この国に滞在している。正直ワイバーン程度から勇者でなくても、人数を集めれば討伐も不可能ではないはずだ。
それなら、なぜわざわざ勇者がこの国にいるのか――。
この国のどこかに魔物より厄介な悪魔が出現し、それを倒しに来たと考えても不自然ではない。
「まだ討伐されてないらしいですよ。ギリギリのところで逃げられてしまったとか」
そう世間話をした途端、若店主の声が固くなった。
「……どうして、おれが死のうとしてたことがわかったの?」
「この世のどこかに、未来を予知できる聖女がいるらしいですよ……あくまで噂ですけどね」
「そのこと、ユーリウスは知っているのか?」
「さあ?」
グラスが空になってしまったので、今度は手酌でエールを足すアイル。実際に自分でやってみると、泡モコをうまく作るのが難しい。
アイルが呑気に不貞腐れている対面で、若店主が立ち上がる。
扉をあけた先には、武器屋のカウンターに繋がっていた。
そのカウンターには、昼間にはなかったロープがぶら下がっている。頑丈そうなロープだ。それが高い場所で輪になっていた。ロープが何に使われる予定だったのか、どうしてそんなことをしようとしたのか――アイルは聞かない。
黙っていても、若店主が自ら話してくれた。
「店の資金繰りとか……そういうのおれ、苦手でさ。ついでに借金取りにも騙されちゃって、もうにっちもさっちもいかなくて……」
「怪物伯ってけっこう儲かるらしいから、素直に助けてもらえばよかったのに」
「そんなこと頼めないよ。おれには爵位なんてものはないけどさ……それでも、おれはずっとあいつの友達でいたかったんだよ」
アイルには、直接経験があることではないけれど。
だけど、教会に居た頃に参拝客から聞いたことならある。
金の切れ目が縁の切れ目。
それだけなら、まだいいほうかもしれない。
友人だと思っていた相手にお金を貸したら、友人と連絡がとれなくなったと嘆いていた人は、一人ではなかった。
だから、その意地が彼なりのユーリウスへの友情だったのだろうと思っていると、若店主がポケットから何かを取り出してアイルへと投げてくる。
「指、輪……?」
それは青い宝石の輝きを損なわないような銀の細工が美しく、アイルは思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどの代物だった。
――重すぎるでしょ、この指輪。
その重さはもちろん実重量ではなく、込められた想いのこと。
ただでさえ、ユーリウスが
――こんな薄情な女が、貰っていいものじゃないのに。
アイルが苦笑いを浮かべていると、若店主が肩をすくめた。
「悪魔になったら、俺は怪物より強くなるのかな?」
「さあ? 少なくとも、私には怪物が号泣することしかわからないかな」
すると、若店主が目を拭って。その声が少し掠れていた。
「あいつ、泣くかな~」
「そりゃ泣くでしょ。私が『甘い物は好きじゃない』と言っただけで、涙ポロポロ逃げちゃった男だよ?」
「なにそれ。めちゃくちゃ気になるんだけど。詳細聞いていい?」
そして、若店主が再び酒の席へと戻ってくるから。
アイルは笑顔で、彼のグラスに泡モコエールを注ぐ。
「もちろん、お酒を飲みながらでいいなら!」
そんなこんなで一時間くらいが経過したら。
「アイル殿! ここにいるのか⁉」
「ごめんね、お嫁さま。あるじにバレちゃった」
と、騒がしく入ってきたのはユーリウス=フェルマン怪物伯と、その侍女のリントである。
「おれが身体を温めるスープとか貧血にいい料理をふんだんに用意し終えたと思いきや、肝心のお嫁さんがひとりでこんな場所に来るなんて!」
それだけでも騒がしいのに、さらにユーリウスが「なんだ、この紐は⁉」と武器屋のカウンターのほうで喚いている。
だけど、アイルは気にしない。だってお酒が美味しいから。
だが、楽しいだけの宴会を怪物伯は許してくれなかった。
「二人して出来上がりすぎだろう⁉」
リビングへと入ってきたユーリウスがズンズンと近づいてくるが、アイルは気にせず酒瓶を仰ぐ。もうグラスに注ぐのがめんどくさくて、二人して直で飲み始めていたのだ。
おつまみなしで酒だけだったので、酔いが回るのが早い早い。二人とも顔が真っ赤で、ヘラヘラとした顔から放たれる酒気は異常な濃さ。
しかも、若店主はヘラヘラとユーリウスに笑いかける。
「いやあ、このお嬢さんはいい女だね~。おれにくれね?」
「俺の爪で八つ裂きにされたいのか⁉」
「はっはー、怖いなー。さすが怪物」
「帰るぞ!」
そして、アイルは「えぇ、いけず~」なんて口を尖らせようとも、あっさりとまたユーリウスに担がれてしまった。もう少し女性の持ち方を覚えないのか。そんな文句を吐こうとするも、若店主がスッキリした笑みで手を振ってくる。
「おれ、もう少し頑張ってみるよ」
「やけ酒だったら、いつでも付き合うから連絡してね」
「そりゃあ、楽しみだ」
ズンズン歩を進めるユーリウスが「アイル殿⁉」とうるさいけど、アイルは気にせず薬指の指輪を撫でていた。何度眺めてもいい指輪である。どうやら、依頼主はまだこの指輪に気が付いていないようだけど。
「あ、そうだ」
怪物伯の大きな歩幅は、あっという間に外へ出てしまっていた。雪山には遠いものの、夜はかなり冷える地方らしい。アイルは吐く息を白くしながら、ユーリウスに笑いかける。
「また落ち着いたら、あの金物屋さんに作ってもらいたいものがあるんだ」
「ネックレスとかか?」
ぶっきらぼうながらにアイルの希望を聞いてくる怪物伯に、アイルは元気に答えた。
「エールがいつまでも冷たく飲めるコップがほしい!」
「やっぱり酒か⁉」
半歩後ろでは、リントがクスクスと笑っている。
アイルもぶらぶらとされながらも「一緒に行こうね」とかわいく告げる。なんせ酔っぱらっているのだ。頬も赤く、表情もゆるい。
そんなアイルのかわいさに、この怪物伯が勝てるはずもなく。
ユーリウスも満更でもなさそうに「仕方ないな」と苦笑していた。
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