礼蘭の夏ライブに向けて その三

 礼蘭れいらの携帯のメールボックスに、合格メールが届いていた。オーディションの第一次審査を通過したのだ。

 それを発見したのは、デモ音源を送った翌日のこと。ちょうど学校の昼休みの時間だった。

 礼蘭は、のん子とさっちゃんとも一緒に喜んで、オルカにもそれを伝えた。

 オルカは、メンバーの二人とハイタッチ。さっちゃんとも、タッチをした。

「なんで、さちも?」

「さっちゃんは、差し入れとかいろいろサポートしてくれたでしょ? ボクらの仲間だよ。ステージには上がらなくてもさ」

(さちも……仲間……)

「ありがとう、さっちゃん!」

「さっちゃん!」

 さっちゃんは、礼蘭とのん子ともタッチをした。

「よーし、次は二次審査の生演奏だ! さっそく申し込もう!」

 礼蘭は、合格メールにある二次審査の予約フォームを記入する。

 ちなみに、この合格メールの送り主は、言わずもがな、ライブ喫茶「ダンデ・ライオン」で、暖手だんで匠悟しょうごになるのだが、どちらにしても礼蘭にとっては、身内である。

 口で伝えてしまったほうが手っ取り早いが、形だけでも公平なオーディションにするために、正式に決めた方法でやりとりをする。

 ライブ喫茶側にとっても、身内である礼蘭は、メールやフォームのテストにはうってつけの相手だ。


 学校が終わって、帰宅し、バイトに行くと、礼蘭は、匠悟に合格のことを報告した。

「もちろん知ってるよ。合格通知出したのおれだし」

「あ、そうなんだ」

「音楽面は、おれの担当だからね」

「なんでもかんでも、俺がやってると思うなよ」と暖手が言った。

「いやぁ……私にライブのこと言ったのお兄ちゃんだし」

「それは、おれが頼んだんだよ。仕事で忙しかったし」

 そうだったんだ。礼蘭は、目を見張った。

「フォームもちゃんと機能きのうしてたし、安心だねぇ」

 そう言って匠悟は、作業に戻った。礼蘭たちの他にも、早くにデモ音源を送ってきたアーティストは何組もいるのだ。

 


「ランチボックス」の第二次審査は、すぐ近くの休日に予約した。当日までの数日間、メンバーの皆は練習を重ね、出来る限り準備をととのえ、その時にいどんだ。

 礼蘭にとっては、我が家の一部で、立ち慣れた場所、見慣れた風景であるはずなのに、今日この時、この瞬間は、異様に張り詰めた雰囲気だった。

 審査員の席には、匠悟とさっちゃんがいた。

 演奏を終えると、審査員二人が相談し、匠悟が出した答えは、「合格」だ。

 三人は、おおいによろこんだ。

「やったー!」


 そして、匠悟は、礼蘭にチケットのたばを渡した。

「ライブのチケット。ノルマは十五枚ね」

 チケットノルマ。まさにバンド活動って感じで、カッコいい。礼蘭の目はキラキラ輝いていた。


 礼蘭の家のミュージックルームにて、チケットを売るための作戦を考えた。

「さて、どうやってさばこうか」

 オルカが話を切り出した。

「ノルマは十五枚。普段のライブに出て、レイラのお客に買ってもらうのが、手っ取り早いのなー」

 のん子の話に、オルカは言った。

「その手もあるけど、あんまりムヤミヤタラにライブは、やんない方がいいよ。ボクらの価値が下がっちゃうから」

「それもそーなー。ミーたちは即席のユニットだし、本気で食えるアーティストになるのかは未確定だけど。価値は下げないのが得策だなー」

「レイラは、何かある?」

 オルカの問いに、礼蘭は目を輝かせて言った。

「路上ライブやりたい!」

 これに、のん子とオルカは、「あー」と口をあけ、すぐに可決した。



 さっそく許可を取って、路上ライブをする。場所は、商店街の中にある広場で、催し物をするのにぴったりのスペースがある。そこで演奏するのだ。

 事前にメンバー各所でライブの告知をし、確実な集客を保証ほしょうした。


 来たる路上ライブの日時に、その場所に行くと、すでにたくさんの人が集まっていた。

 その人たちは、「ランチボックス」の三人を見ると、歓声あげたり、携帯けいたいを向ける人もチラホラいた。三人についてきているさっちゃんは、怪訝けげんな顔をして、礼蘭のかげにかくれた。

 それを見たのん子は、「携帯は向けないでくださーい」と大衆に注意した。

 すると皆、携帯を下ろした。

 客の中には、礼蘭たちと同じ学校の生徒やライブ喫茶きっさ「ダンデ・ライオン」の常連客の顔馴染なじみもいた。その中には、花日はなひ先輩もいた。

 さっちゃんを含めた四人は、機材や看板かんばんなどの準備をしていた。

「みんな、調子はどう?」

 花日先輩が「ランチボックス」の三人に声をかけた。崇拝すうはいする先輩の姿に、礼蘭は飛び上がって、先輩に近寄った。

「先輩〜♡ 来てくれたんですね!」

「当たり前よ。可愛い後輩のライブだもの」

 尊き先輩の、甘く鋭い一言に、礼蘭は心を奪われた。

「センパーイ! ライブ、絶対に良いものにしてみせますから!」

「ええ、楽しみにしてるわ。もちろん、のん子とオルカのことも応援してるわ!」

「ええですよ。そんな気ぃ使わなくって」のん子は謙遜けんそんした。

「気なんて使ってないわよ」と花日先輩。

「アリガト花日、がんばるよ」とオルカは言った。

 さっちゃんと花日先輩は、ステージからはなれ、共に並んで、ステージに立つ三人をる。


『ランチボックス 路上ライブ!!』

 ステージの両端りょうたんに置かれたスケッチブックの看板かんばんには、こう書かれていた。あとは、その下に、夏ライブの情報や「撮影NG」の文言が書かれた紙がられている。


「こんにちは! ランチボックスです! 今日は来てくれて、ありがとう!」

 息をととのえた礼蘭れいらが、マイクを持って口を開いた。

 観衆かんしゅうから、歓声や拍手の音がき出てくる。

「レイラちゃーん!」「のん子ー!」「オルカー!」

 メンバーの名前を呼ぶ声も聞こえてくる。オルカは、ギターのオルキヌスをらした。

 続いてのん子が口を切る。

「ミーたちは、ライブ喫茶きっさ『ダンデ・ライオン』で、八月の真ん中に開催される、夏の音楽ライブに参加するために結成した、音楽ユニットです。

 オーディションに合格して、チケットノルマが課せられたので、路上ライブをすることにしたのですなー」

 MCは変わって、礼蘭が話す。

「本日、披露ひろうするのは、夏ライブで歌う三曲のうちの二曲です。それではいきましょう、一曲目は、『レインボーランド』!」


 たくさんの観衆かんしゅうを前にしても、三人は、調子をくずすことなくパフォーマンスを発揮はっきしている。

 オルカのギターをバックに、礼蘭とのん子は、ノリノリに歌う。

 お客さんに良いパフォーマンスを見せようというよりも、大好きで楽しい音楽というものの良さを、目の前にいる皆と共有しようというような。

 三人とも、心から音楽を楽しんでいた。

「楽しい」という気持ちが、歌や演奏にぴったりとのっていて、それが波動はどうのように広がっていき、観衆にも、音を聞きつけ様子を見に来た通行人にも、広く広く伝播でんぱしていった。

 気づけば、広場にはよりたくさんの人が集まって、皆が礼蘭たちに注目していた。礼蘭とのん子は、いっぱいに手を振った。


 演奏が終わると、拍手喝采はくしゅかっさいが巻き起こった。

「ありがとう!」

「ありがとうにゃー!」

 礼蘭とのん子は、口々に叫んだ。


「すごい! たくさん集まってるのなー」

「お集まりいただき、ありがとうございます。さて、二曲目いきます! 『Bery Bery』!」


 二曲目も歌い終わり、路上ライブが終了した。

「ありがとうございました!」

「夏ライブのチケット、よかったら買ってってくださいにゃー!」

 ライブが終わると、ステージ前に人ががり、チケットは飛ぶように売れた。ノルマ分どころか、匠悟しょうごに渡されたチケットたばの大半が消え、千円札に変わった。


「ランチボックス」の演奏に心をつかまれ、多くの人が笑顔になる中で、一人だけ、不機嫌な顔をしている少女がいた。

「礼蘭……!」

 彼女は、恨めしそうに、礼蘭の名をつぶやいた。

 彼女の名前は、西山にしやま珠美たまみ。礼蘭とは、中学時代によく一緒に遊んだり、街を歩いたりした仲だが、礼蘭の誰に対しても愛嬌あいきょうを振りまいて、こびを売って、八方美人はっぽうびじん振舞ふるうところが気に入らなかった。

 珠美が中心となってひきいていた女子グループの中でも、基本的にイェスマンで、なんでもことわらなかったから、いいようにパシらせたりもした。

 好きな音楽だって、流行りものを追っかけて、キャーキャー言っているミーハーかと思いきや、中高年のおっさんが好みそうな、おっさんアーティストの古臭ふるくさい歌も好きこのんで歌っていた、センスのないおっさん女子だったり。

 礼蘭は、掴みどころがない、よくわからない人間だ。珠美は、礼蘭を下に見ていた。マウントも取っていた。

 そんな礼蘭が、今、幸せそうに笑っていた。自分よりも、ずっと楽しそうに。

 それが何よりも気に入らなかった。

 憎いアイツの打ち拉がれる顔が見たい。

 その一心で、珠美は礼蘭がいるステージに、携帯を向けた。

 カメラの画面を拡大し、礼蘭の姿をアップに。

 

 ところが束の間、大きな手が画面をおおい、礼蘭の姿は見えなくなった。


「撮影はNGですよ」


 自分を注意する声。その主を見た珠美は、一瞬、頭が混乱した。あわいピンクの綺麗な女性だったからだ。でも、カメラを覆った手は、大きくゴツゴツした男の手で、声も少し女っぽかったが、男の声だった。

 変な趣味を持った人なのかと思ったが、すぐにそれが、礼蘭が心より尊敬する人だとさわいでいた、花日先輩だとわかった。この人の写真を待ち受けにして、それを見てニヤニヤする礼蘭は、純粋に気持ち悪かった。

 珠美は、携帯を引っ込めて、花日先輩に言った。

け出しのアーティストなんだから、広めて有名にしてあげたほうがいいでしょ?」


「撮影はNGだって、書いてあんの。分かる?」

 そう言ったのは、もちろん花日先輩ではなく、先輩のとなりにいる、小さな女の子。赤い着物を着て、おかっぱ頭をした野暮やぼったい子、さっちゃんだ。珠美は、さっちゃんを見て、座敷ざしきわらしのようだと思った。

 

 さっちゃんに続いて、花日先輩も言った。

「理由は何であれ、許可を得ずに撮影することは、盗撮とうさつにあたります」

 “盗撮” の言葉を聞いて、珠美はドキリとした。自ら沙汰さたを起こして、自分の名誉めいよきずが入っても困る。

「……知った顔だったから、ついスマホを向けていたんです。礼蘭とは、中学の時によく一緒にいた仲ですから」

 珠美は、とっさに言いわけを変えた。こっちのほうが、より本心に近い。

「れいらんと!?」

 さっちゃんは、珠美の話に食いついた。

「え、あなた、礼蘭の知り合い?」珠美も驚いて、さっちゃんに関心を持った。

「うん、高校一緒なんだ」

「え、礼蘭と同い年?」

「そうやけど、なんか問題でも?」

 文句をつけるように、早口で言うさっちゃんに、珠美は視線をはずした。

「いや、別に」

 この背丈で、礼蘭はもちろん、自分とも同い年だとは思えない。礼蘭の逆バージョンだ。

「……一緒にいたと言っても、使つかいっぱしりにしてたんだけどね。いい顔ばかりするイェスマンだったから」

 れいらんがパシリ? そんな過去があったんだ。

「私や同じグループの仲間からたのまれたことは、なんでもよろんで引き受けたよ。何度もマウントかけても、全然通じず全肯定こうていで、じゅくにもいかず遊んでばかりで、グループで一番成績悪かったし」

 言葉をつらねて、珠美は歯を食いしばった。

「そんな間抜けな落ちこぼれがさ、どうして、あんなにも……!」

 それから先を言うのは、はばかった。口に出してしまえば、完全に認めることになる。

 口ごもる珠美に、花日先輩がたずねた。

「遊んでるって、どんなことしてたの?」

 それに珠美は言った。

「礼蘭が心から尊敬してた先輩なら、知ってると思いますけど、音楽、ゲーム、読書やアニメとか、娯楽ごらくばっかりやって、勉強なんて最低限の宿題しかしない。テスト期間でもね。テストや入試に関係ない、無駄な知識ばかりを詰め込んで、テストは赤点も当たり前で、良くても五十、六十点台。最低最悪」

 花日先輩は言った。

「人の価値観は、一パターンだけじゃないからね。礼蘭にとっては、テストで良い点を取ることよりも、もっと大事なことがあったんだよ」

 礼蘭は、たくさんのことに興味を持って、たくさんのものの魅力みりょく見出みいだして、好きになる。好きなものに、より多くの時間をささげる。その方が、毎日を楽しく生きることのは、言うまでもない。

 特に本気で好きになったものには、本当に全身全霊をつくして、愛する。どんなに貴重きちょう宝石ほうせき鉱石こうせきよりも、うんと価値のある時間をたっぷりそそいで、時に勇気を振りしぼって。

「それが礼蘭れいらという人間。礼蘭の個性なのよ」

 それから、花日先輩は、切なげな顔をして、ささやくように言った。

「オレは、そんな礼蘭に、すごく救われた」

「個性……」

 珠美は、ぽつりと呟いた。

 それから、さっちゃんが言った。

「どっちがいいとか、悪いとか、決めつけたらあかんよ。なんにだって、いいとこと悪いとこがあんから。

 それと、れいらんは、ずうっと笑顔じゃないんよ。

 れいらんは、おっきいけんど、繊細せんさいで、鈍感どんかんなようで、するどいから。なやみだっていっぱいあんし、さみしがりやだし」

 さちが、れいらんと出会った時も、れいらんは、えんを求めてたって、言っとった。何も悩んでいなければ、あんな秘境ひきょうみたいなとこにある神社なんて行かない。

 さっちゃんの話を聞いた、珠美と花日先輩は、ハッと衝撃を受けた。れいらんは、花日先輩にもその話はしてないようだ。

「そんなにれいらんが羨ましいんなら、れいらんみたいに、なればいいよ」

 珠美は、すぐに首を横にふった。

「無理よ。うちの親きびしいし、話したって通じない」

 さっちゃんは言った。

「行動するか、しないかを決めんのは、他のなんかじゃなうて、動いてる自分自信なんよ。れいらんだって、そうやって頑張ってたし、さちだってそうだよ」

 らしくをつらくのは、そう容易たやすいことじゃない。

「礼蘭も——」

 珠美は、ようやくつかんだ気がした。中三の時に、礼蘭が学校を休んだこと、逃げ出したこと、行くのをやめたこと。あれには、相当な覚悟かくご勇気ゆうきが必要だ。ただの怠惰たいだじゃ、あれほど大胆だいたんな行動には移せない。

 それから、礼蘭という人間の性質や、価値観、礼蘭が一番大事にしているもの。

 さらには、自分がどれだけ礼蘭のことばかり考えているかだ。見下して、嫌いなくせに、頭から全然離れない。いや、嫌いなものほど頭から離れないのだ。人間の生存本能的に。

「でも、嫌だと言ったって、代わりにやるものもないし、好きなものだって、わかんない」


「珠美ちゃん!」


 そこへ、声をかけて来たのは、礼蘭だ。

「礼蘭」

「久しぶり! よかったら、夏ライブ見にきて。ライブ配信もやってるから、そっちでもいいけど」

 そう言って、礼蘭が渡してきたのは、夏ライブのチケットだ。

「何が、久しぶりよ! 聞き耳立ててたくせに!」

 珠美は、強気に言いつつ、チケットを奪い取る。そして、礼蘭の手に千円札を二枚置いた。チケットの代金だ。

「……まいどお」

「人に二千も払わせといて、ヘタクソだったら、許さないから!」

 そう言い放って、珠美は去って行った。

「まかせてー!」

 礼蘭も返事を放って、手を振った。


「まったく、レイラはお人好しなー」

 チケットを求めるお客がいなくなり、荷物を片付けたのん子とオルカが、礼蘭たち三人のもとに寄ってきた。

 そんな二人に、花日先輩が口を開いた。

「のん子、オルカ、すごい並んでたわね。どのくらい売れたの?」

「もう、すっごい売れたよ」

「見て、ぺらっぺらだった封筒ふうとうにこんなあつみが!」

「逆に、チケットの方はうっすい」

「初めてでこんな大儲けなんて、そうそうないのなー!」

 オルカとのん子は、興奮こうふん気味ぎみに口々に言った。

 礼蘭も喜んで言った。

「私たちの夏ライブは、大盛おおもり上がりになるね!」

 あとは、練習やもろもろの準備をかさねて、本番を待つだけだ。


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