地雷

 それから、ある日の放課後。私は、のん子に呼び出された。


「ごめんね、のん子」

「まだ何もいってないなー」

「また最近、一緒にいれてないから」

 さっちゃんに夢中になるあまり、のん子の存在が希薄化してしまった。幼い頃からの親友なのに。私は昔っから、そういうところがある。簡単に言えば、浮気者だ。

「そこは別に責めないなー。レイラは、昔っからそういうヤツだったな。いろんなものに興味を持って飛び込んでいくのは、アンタのいいところでもあり、短所でもある。ミーは、アンタのそういうところに救われたのなー」

「じゃあ、何の用で?」

「でも、あの子はやめといた方がいいのなー」

「あの子って」

「さっちゃんだよ」

 ——さっちゃん!? 

「どうして、そんな……!?」

「ありゃあ、地雷じらいだよ。レイラには、少しは気を許しているっぽいけど、他の人には、敵視するような冷たい目を向ける。み込んだら、爆発して、超厄介やっかい事になるに違いないなー」

 それは、確かにそうだ。さっちゃんは、人間不信なところがある。ライブ喫茶では、私やお兄ちゃんや匠悟くんには、緊張もほぐれていて、お客さんにも明るく接しようとガンバっている。でも、学校では、私以外には警戒けいかい心をいていない。私でも、ちょっとあやしいか。

 さっちゃんの人間不信は、強固きょうこなものだ。ちょっとやそっとで治るものじゃない。彼女の過去を思えば、仕方ないことだ。

「……そんな言い方しないで。だからって、彼女を見捨てろっていうの?」

「その方が、レイラにとっては良いと思うよ。めんどくさい人間関係は、すぐに断ち切るべきなー」

 のん子はそう言って、私の手を取った。

「今日からは、ミーと一緒に帰ろうなー」

「待ってよ、のん子。そしたら、さっちゃんはどうなるの?」

「そんなのレイラが気にすることじゃない。自業自得じごうじとくだよ」

「自業自得って……」

「人に好かれるような努力をしないのが悪いんな。無愛想ぶあいそうで、全然人を信じない。孤立して当たり前なー」

「そりゃ、あんまりだよ!!」

 仕方ないことなんだ。のん子は知らないだろうけど、さっちゃんにそれは、あまりにこくだ。

 私は、のん子の手を振り払い、さっちゃんを探した。


 さっちゃんはというと、まだ帰路についておらず、野草を採っていた。草を摘んでいるさっちゃんは、いきいきと楽しそうで、思わずほほえんでしまう可愛さだ。


「まったく、レイラは、バカなー」

 追ってきたのん子は、イヤらしく呆れてため息をついた。

「うるさい」

 せっかく人がなごんでいるというのに。

「後でどうなっても、知らないなー」

「さっちゃんは、そんなんじゃないもん」

 改めて、さっちゃんを見ると、すでに草摘みは終わったらしく、はらっぱを去って行った。私たちとは逆方向へ。

 何で?

「ほら、言ったろ? ああいうメンドイのには関わらない方が……な、レイラ!?」

 頭に来まくりの私は、走ってさっちゃんを追いかけた。

「さっちゃん!」

 おどろいた様子で振り向いたさっちゃん。私は、彼女の手首をガッと掴んで、ズケズケと引っ張った。

「な、なん、れいらん!?」

 さっちゃんの戸惑いにも応じない。

 そして、のん子にも近づき、その手首を掴んで、さっちゃんと同じように引っ張った。

「まったく、れいらんは力強いなー!」

「離して!」

「もう、二人とも仲良くしてよ!!」

 私が言い放つと、二人はだまりこくった。もう、この二人は!


「あらあら、三人とも仲良いわね」

 そこへ、花日先輩が現れた。

「これのどこを見て、そう思うんですか?」

「ケンカするほど仲が良いっていうじゃない!」

「……まあ、そうですかね」

「そうよ!」

 楚々と笑う先輩は、やはりお美しい。うふふ。

「脳内お花畑」

「ねえ、離して」

「ダメ」

 二人のことは、絶対に離さなかった。先輩も同伴で、ライブ喫茶まで連行した。



「ここが噂のライブ喫茶『ダンデ・ライオン』ね」

「レイラが言ってた店かなー」

 実は、さっちゃん以外の友達を招いたのは、これが初めてだ。そのわけは、のん子はゲームやネット以外の情報に関心が薄いのと、先輩も音楽以外の趣味に没頭しているのと、このライブ喫茶ができたのは、つい最近のことなのと、ここは私の秘密の隠れ家的な場所でいたかったので、あまり人に話さなかったことが挙げられる。

 私とさっちゃんは、ユニホームに着替え、仕事に取り掛かる。

「いらっしゃいませ! 好きなお席にどうぞ!」

 心なしか、今日のさっちゃんは一段と張り切っている様子だった。というか、何か焦ってる?

 私は、さっちゃんの背中をポンと押した。

「ゆっくりでいいよ。お皿割られたりしたら困るし」

「あ、うん。ありがと」

 以降、さっちゃんは、落ち着いて動くようになった。……でも、いつもと様子が違う。どうしたんだろう。


「さっちゃん、意外な一面ね」

 早乙女先輩が、天然か意図的かは知らないが、ミーを煽るようなことを言う。

 学校じゃ、あんまり動かないのに。バイトじゃ、あんなにテキパキと動いている。ミーがいるから、気合入れてんだろうか。それもありそうだけど、あの様子じゃ、きっと以前もそれなりにやっていたんだろ。

 そりゃ、レイラのような存在がいる仕事場は、さぞかし楽しそうだ。レイラは、大体の物事を楽しむことができる。本音じゃなくとも、最高にハイに振る舞って、場を盛り上げるのが得意だった。

 中三の二学期頃から、一切学校に来なくなったのには驚いた。でもそれは、学校に行く以上に、楽しいことを見つけたからだと信じていた。

 ………………。

 ミーは、コーヒーを淹れているマスターに、聞いた。

「マスター」

「何でしょう」

「バイトって、まだ応募してたりする?」

「いいや、人手はもう足りてるから」

 マスターは、ミニマム思考の人だったか。

 はあ……。

「どうしたの、のん子? ため息なんて、らしくないね」

「オマエは、敏感なクセに鈍感だなー」

「え、どういうこと?」

「ホントそれ!」

「え、さっちゃん!? 二人、ホントは仲良いの?」

 ムッカーー!!

 ミーたちが何も言わないのも悪いが、脳内お花畑に焦らされてばかりなのも気に入らない。

「さっちゃん、次の休日、ミーの家に遊びにきなー。ゲームたくさんあるから」

「そうする」 

「え……ホントに仲良しなの?」

 レイラはさっきから、煙に巻かれっぱなしだ。

「じゃあ、礼蘭は、オレの撮影に付き合ってくれない?」

「もちろんです!!」

「撮影って?」

「私、モデルもやってるの!」

「私の趣味のお手伝いをしてもらってるんです」

「ふーん」

 まったく、レイラは、罪な女なー。

 

 午後六時から始まるディナーライブの前に、レイラが歌う。

 やっぱり、レイラは、罪な女だ。



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