凸凹の二人

 知らんかった。れいらんに、友達がいたなんて。お兄ちゃんや、れいらんの歌の師匠とは違う、年端としはの近いお友達に会ったのは、初めてだ。薄い桃色髪の先輩なら、よく話もしていたし、学校の説明会の時に顔も見ている。でも、緑髪みどりがみの女の子とは、初めましてだ。だけど、れいらんは、彼女と仲良いみたい。それがとっても、ショックだった。

 それから、ずっと気まずうて、放課後になったら二人と話しとうないと、足早あしばやに教室を出てしまった。

 それでも、れいらんと話すことになったんやけど。

 れいらんは、さちとは違って、多くのことを受け入れて、どれもを楽しむことができる。 そんなれいらんだから、さちには言わないけれど、友達もたくさんいるんだろうな、とは思っていた。

 そんなれいらんに、——こんな気持ちを許してしまっては、こくだ。しまってよ。



 れいらんと一緒に我が家へ帰宅した。さっそく取ってきた野草の下処理をし、これから食べる分を一合弱の米と一緒になべにブチ込む。そんで、大量の水を投じて、コトコト煮込めば、雑草おかゆの完成! 

 おかゆをよそった二つの器をちゃぶ台に置いて、向かい合った二人で「いたあきます」をして、おかゆをんだ。

 二人そろって、はあっと息を吐く。

「ほっとするね」

「ねー」

 今のこの空間、すっごく心地いい。

「ねえ、聞いてよ、さっちゃーん」

 れいらんは、台の上にだらーんとなって、お話をした」

「ん?」

「私、また身長伸びたの」

「えっ、ウソ!?」

「信じられない話でしょ? 私だって信じたくないよ。お兄ちゃんに指摘してきされてさ、鏡の前で並んで見たら、ほとんど差が無いの!!」

「お兄ちゃんだって、高身長でスタイルいいのに、妹の私がそれに追いつくなんて……!!

 弟がお姉ちゃんの身長抜くってのは、よくある話っつうか、それがほとんどだろうけど、妹がお兄ちゃんの身長に追いつくなんて、あり得ない話だよ!!」

 別に、そんなことも無いだろうけど。

「モデルさんなうたら、ええよ思うよ」

「それお兄ちゃんにも言われたよ」

 ウソ。

「高身長の私に対して飛ばされる常套句じょうとうくといったら『モデルになれ』か『アスリートになれ』かだよ!!」

 れいらんは、台をドンドン叩きながら、なげき事をどんどんたらしていく。

「でっかい女は可愛くないよ!! それどころか怪獣かいじゅうみたいにあつかわれるんだよ!! ゴリラだとか、化け物だとか!! 私、そんなに、怪力かいりきないし!! こんなだから、どんなに見た目に気を使っても、彼氏なんてできないし!!」

 それは、さちにとっては好都合。モテたところで、いいことなんてないし、モテる女に寄り付く男なんて、クズばかりだ。それに、れいらんは可愛い。

「別に、彼氏なんて、いなうていいでしょ」

「……いやあね、いつまでもお兄ちゃんに甘えてるわけにも行かないし。いつ、お兄ちゃんに彼女ができて、結婚するかなんて、時間の問題だし。……私だって自立していかなきゃいけない。でも、ひとりぼっちは寂しいし、いつでも私のそばにいてくれて、ずっと私を大事にしてくれる人が欲しいんだ」

 それ —— ……。

「……れいらんは、友達たくさんおんでしょ?」

案外あんがい、そうでもないんだよ。今は、SNSもあんまりやってないから、ネット上の交流とかしなくなったし。のん子や花日先輩だって、二人ともそれぞれの世界を持ってるから、私ばっかりに時間を使えない」

「じゃあさ、……それ、さちじゃだめかな」

「えっ」

「さちなら、時間いっぱいあんし、ちょうどさちも、れいらんとずっと一緒にいたいと思ってたし」

 ……言ってしまうた。なんでか、ばつが悪い。

「今も、すんごく心地いいから」

「さっちゃん、それって……」

「そのまんまよ」

「……」


 それってつまり、「好き」ってこと? さっちゃんは私に、愛の告白をしたってこと?

 ドキドキが一気にこみ上げてきた。

 私は、テーブルを周って、さっちゃんに飛びつき、ぎゅーーーーっと抱きしめた。

「さっちゃーーーーん!!!!」

「わあっ」

 その後、私とさっちゃんは、ライブ喫茶に向かった。高校生になった新年度から、バイトとしてやとってもらったのだ。

 役割は、ウエイトレス。アンティークなお店の雰囲気に合わせて、よそおいにクラシカルで甘みのある、白いエプロン付の深緑ふかみどりのワンピースを主役に、フリルカチューシャ、ダークカラーのバレエシューズのような靴をく。一言で言えば、メイドさんコーデだ。髪は、ハーフアップにまとめている。

 一方、さっちゃんは、えんじ色の、クラシカルな和風メイドのワンピースを着ている。ただし、フリルカチューシャとシューズは、私とおそろだ。

 お兄ちゃんは、さらなる話題につながると、この衣装案を認めてくれた。

 可愛い衣装に身を包み、ウキウキした気持ちでお仕事に取り組める。さらには、自分の存在を受け入れてくれる人がたくさんいるこの場所は、最高だ。

 

「いらっしゃいませ! ライブ喫茶『ダンデ・ライオン』にようこそ! 自由なお席にお座りください」

 

「ご注文をお伺いします!」


「失礼いたします! お待たせしました、カレーライスと、唐揚げと、ノンアルビールでございまーす。どうぞ、お楽しみください!」


 私は、人と関わるのは好きだ。SNSもゲームもゴリゴリにやっていた時代には、オンライン上で、たくさんの人と交流していた。動画サイトの動画や、人気スターの投稿にも積極的にコメントを残していったし、ゲームでは、みんなでワイワイプレイしていたし。

 リアルでも、一部のこまったさんをのぞけば、大体の人とは仲良くできる。

 久しぶりに、私の本領ほんりょう発揮はっきされた。


「いらっしゃいませー!」


 すごい。店中にれいらんの声がひびわたる。すっごくハキハキイキイキしていた。対して、さちは、人と接するのは得意じゃない。友達だっていないし、人の輪の中に入るのも苦手だ。ついでにれいらんの元気さに押されて本調子になれない。

 ただ淡々と、仕事をこなしていく。

 れいらんからは、「笑顔が大事」とよく言われているが、笑顔のなりかたが分からない。笑えることがないのに笑えない。さちはれいらんとは違って、いつでもどんよりしているから、笑顔になんてなれない。

 れないことを長時間やるなんてムリ。途中、カウンターの後ろに隠れて、おサボりする。

「もうムリぃ〜」

「お疲れ、さっちゃん」

「さちは、れいらんみたいになれない」

「まあ、あいつは、昔っからあんな感じだったかんな。もとからそういう性質なんだろうよ」

「生きる次元じげんが違う……」

 さちとれいらんは、全く違う生命体だ。

「らしくいればいいよ」

 ——らしく……。

 

「さっちゃん、大丈夫?」

 れいらんの声が降りかかってきた。カウンターの上から、れいらんの顔がのぞいていた。

「さちにはムリぃ。れいらんみたいになれな〜い」

 すると、さちの頭に手が置かれた。れいらんが、さちのそばにしゃがんで、さちの頭をなでた。

「大丈夫だよ。さっちゃん、かわいいもん」

 れいらんの手は大きい。さちの頭をおおっちゃうくらいに。


「お二人さん、空いたテーブルの片付けしてくれない?」


『あ、はい!』

 二人は、さっさとお仕事に戻った。


 毎日ではないけれど、何日に一回、ライブのはじめにれいらんが歌う。

「ライブ喫茶『ダンデ・ライオン』のライブにおしいただき、ありがとうございます! イチバンはじめは、この春から、ここの喫茶のウエートレスデビューを果たしたレイラが歌います。


曲はなんと、私初めてのオリジナル楽曲『レインボーランド』です! どうぞ!」


 そういえば、言っていた。高校生デビューの記念として、玉子たまごP(匠悟しょうご)に、オリジナルのお歌を作ってもらったと、とっても喜んでいた。


 その歌は、れいらんらしい明るく元気な様子で、でもたまに暗くせつなかったりして、そこもまた、れいらんだなと思った。

 ——やっぱり、れいらんは歌が上手だ。そして何よりも、すっごく楽しそうに歌って踊って、見ているさちまで楽しくなってくる。

 さちはあんなふうにはできない。まぶしすぎるくらいの笑顔を見せて、何の恥ずかしげもなく、たくさんの人前で思いっきり歌ったり踊ったりするなんて。やっぱり、さちとれいらんは、生きてる世界が違うんだ。


「ありがとうございましたー! このあとのアーティストさんの演奏も、ぜひ聞いてくださると嬉しいです。では、また!」


「……れいらん、すごぅなぁ」



 昨日のライブ、大盛り上がりだったなぁ〜。客席に戻ったあとも、いっぱいもてはやされて、私の自尊心じそんしんは爆上がりである。うへへ〜。

「どうしたの、レイラ、朝っぱらからヤラシい顔して。なー」

 今朝は、のん子と一緒に通学。さっちゃんは、先に行ってしまったようだ。

「昨日は、いいことづくめだったからさ」

「アンタの人生、楽しそうだなー」

「のん子だって、毎日、好きなことばっかで楽しそうだよねー」

「んー! 最低限の生活と、オサレと勉強以外は、全部配信やゲームについやしてんなー! バーチャルは至高しこうなー!」

 のん子の趣味は、動画配信のゲームだ。小さい頃から、ゲームにのめり込み、私ともよく一緒にやっていた。今では、Vtuber としてゲーム実況や生配信なんかをやっているとか。多種たしゅ多様たようなゲームにチャレンジし、生配信でも積極的に視聴者と対話したりと、ハイな性格で、独特でキャッチーなキャラクターもあって、ファンは多い。広告収入やグッズ販売で、かなりもうけている。私の理想像そのものだ。


 さてさて、学校に到着とうちゃくし、教室に着くも、さっちゃんはいなかった。だが、荷物はあるので、学校には来ている。教室にいないだけだ。この学校に、きびしい制約せいやくなどはなく、授業中でなければ他の教室にも自由に行き来は可能だ。もちろん、図書館や、カフェテリアにも。

 私は、荷物を片付けると、すぐにさっちゃんを探しに行った。

 図書館に行くと……いた。

「おーはー、さっちゃん」

「……」

 返事をしてくれない。本に夢中になっているからか。何を読んでいるのだろうと、横から表紙をのぞくと『徒然草つれづれぐさ』。日本三大随筆ずいひつの一つじゃないか。いかにもさっちゃんらしい。

 すると、『徒然草』の表紙が見えなくなり、代わりにさっちゃんの背中が見えるようになった。

 ——これ、私もしかして……。

 いやいや、そんなことはない! 昨日は、愛の告白までされたのに。私は周って、さっちゃんの正面にしゃがんだ。すると、さっちゃんはまた、体の向きを変えて、私に背中を向けた。

 ——やっぱり、私、こばまれてる? 何故なぜに!? 

 私の後をついてきていた、のん子が言った。

「レイラ、本読む邪魔じゃましちゃだめだよ」

「あ、そっか」

 そういうことなのか……? 単に、本に集中したかったから? でも、さっちゃんに背中を向けられた時、胸の内に黒いモヤが現れた。嫌な感じがしたのだ。「さちにかまうな、あっちいけ」とでも言われたような気がして。

 昨日は「一緒にいたい」って、言ってくれたのに。


 授業の狭間はざまの休み時間になると、さっちゃんのとなりに座った。

「さっちゃん!」

 さっちゃんは、一瞬、私を見る。が、すぐに気まずそうにそっぽを向いた。

「どうして、そっぽを向くの?」

 尋ねると、さっちゃんは少し間を開けたのち、携帯を取り出し、ぽちぽち打っていく。

 私のREINに、さっちゃんからメッセージが送信された。


『学校では、さちにかまわないで欲しい』


『どうして?』

『一人でいたいから』

『どうして、一人でいたいの?』

『楽だから』

『私といるのは、楽じゃないの?』

『うん、落ち着かない』

『だから、一人にさせて』

『そういうわけには行かないよ』

『何で?』

『お金もちになりたいんでしょ』

『そうだけど』

『だったら、人との関わりを大事にしなきゃ』

『さちには無理だよ』

『無理じゃない!!』

『無理だよ』

『さちは一人でお金持ちになる』

『それこそ、無謀な話だね』

『絶対に無理ってわけじゃないけど、やっぱり人との繋がりは大事だよ。大人数いる必要はないけど、指で数えれるくらいには味方はいた方がいい』

『無理。人って信じらんない』

『私のことは信じて! 絶対にさっちゃんを裏切ったりしないから!』

 ……。

『どうだろう』


「大丈夫だよ。私はいつだって、さっちゃんの味方だから」

 私はそう言って、さっちゃんに身を寄せた。でも、まだまだ、さっちゃんとのみぞまらない。意外にも、私とさっちゃんの間には、深く大きな溝があったのだ。

 何とかして、さっちゃんとの距離をちぢめたい。



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