第8話

「それで、その選択肢とは一体なんでしょうか?」


 私は訝しんだ表情で殿下にそう尋ねてみた。すると殿下はニヤっと笑いながらその選択肢について喋り始めた。


「まず一つ目の選択肢だが、それはもちろん私との婚約破棄だ。今この場で婚約破棄を受け入れるというのであれば、今までの貴様の悪行は全て不問にしようじゃないか」

「……なるほど、わかりました。それでは二つ目の選択肢も教えて頂けますか?」


 一つ目の選択肢とは私の想像通り“婚約破棄”だった。私としてもこれを受け入れるつもりだったのだが、でも二つ目の選択肢というのも気になったので、私はそれについても尋ねてみた。


「あぁ、それでは二つ目の選択肢についてだが、今現在アリシアとは婚約中となっているが、貴様には正妻の座から降りてもらう」

「……? それは婚約破棄とは違うのでしょうか?」

「いや、婚約破棄とは少々違う。貴様には今後も私の婚約者として立ち振る舞って貰う。しかし、罪人の女を私の正妻に迎い入れる事は不可能だ。なので私はこれからすぐに新しい女性を正妻として迎え入れる。そしてその際、貴様には正室から側室に移ってもらう」

「……なるほど。いや、しかしそんな罪人の女を側室に迎い入れる必要など殿下には無いのではないでしょうか?」

「ふん、そんなのは当たり前だ。これは貴様への恩情だと思うんだな」

「私への恩情?」


 私は二つ目の選択肢の意味がわからずそう言ってみたのだが、殿下はこの選択肢は私のために用意したと言ってきた。


「あぁ、そうだ。本来ならば貴様のような罪人は婚約破棄をされて然るべきだ。だが実際に婚約破棄をされてしまったら、貴様の今後の人生がどうなってしまうか……それくらいわかるよな?」

「……えぇ、それはもちろん、わかりますけど」


 この世界における私を含めた“貴族の女”の役割というのは、良い家系の男性と結婚し、その男性との子供を作る事だ。良い血筋の子を後世に残していく事が私達の役割だった。


 そして基本的に王族や貴族の婚約破棄というのはよっぽどの事が無い限りは起こりえない事だ。例えば相手が犯罪を犯しているだとか、子供を作る機能が失われているだとか、そういった事が起きない限りは一度取り決めた婚約を破棄されるなんて事は起こりえない。


 そしてそんな起こりえないとされている婚約破棄が実際に行われてしまったら、それは私が犯罪を犯していたか、もしくは子供を産む事が出来ない体なのか……などと、世間の人達に私はそういう目で見られてしまう事になる。


 そんなレッテルを貼られてしまったらもう貴族の令嬢としては終わりだ。そんな訳アリ令嬢と再度婚約をしたいと思う良い家系の男性は一人もいないに決まっている。


 つまりこのままだと“貴様は貴族としての楽しい人生を謳歌する事は二度と出来ずに、一生日陰者としての生活を送る事になるぞ、それでも良いのか?”と、セシル殿下は暗にほのめかしているのだ。


「……ふん、流石に貴様もそれくらいは理解しているようだな。幾ら貴様が罪人であったとしても一度は私との婚約を結んだ女だ。そんな女がこれから一生不幸な人生を送り続けるのを黙ってみているのは忍びなく思う。だから不本意ではあるが罪人である貴様を側室に迎え入れてやっても良いと考えているんだ」

「は、はぁ……そうなんですか」

「だがしかし! 正妻ではなく側室になるのであれば、もう貴様が王立学園に通う理由は存在しなくなる。なので今すぐにでも王立学園は退学して貰う事になる。そして貴様には今夜から今すぐにでも側室としての役目をして貰う事になる。いいな、アリシア?」

「……」


 側室としての役目というのはもちろん夜伽の事だ。私に今すぐに学園を辞めてセシル殿下との夜伽に専念しろと言ってきているのだ。まぁ簡単な話、セシル殿下は私の身体が目当てだと言ってきているようなものだ。


(……あぁ、なるほど……)


 そして殿下の話をここまで聞いて私はようやく理解した。殿下が私の事を毛嫌いしている理由は……私が今まで殿下からの夜伽の誘いをずっと断り続けていたからなんだろうな。


(はぁ、全く……本当に殿下は性欲に忠実な人ですね)


 セシル殿下は今までに数多くの女性との夜伽を楽しんでいたきたのに、それなのに唯一私とだけは未だに一度も夜伽をする事が出来ていなかった。きっとその事実がとても腹をたてた原因になっているんだろう。


 だから私の事を正妻ではなく側室にする事で、私が殿下からの逢瀬の誘いを断れなくしようとしているのだ。しかも側室が相手なら今までの女性達のように無責任に孕ませたとしても何も問題はない。貴族の私が孕んだのなら産ませれば良いだけなのだから。


(……きっと殿下は私の事を都合の良い女にしたいと思っているのでしょうね)


 殿下の考えている事が理解出来た私は内心怒りに震え始めた。私はこの一年以上もの間に、殿下が傷つけてきた沢山の女性の診療をしてきた。


 そしてそんな傷つけられてきた女性達のために私は必死な思いをしながら新しいポーション薬の研究開発を毎日頑張ってきていたというのに……


 なのにこの男は沢山の女性を傷つけてきたという事実に対して悪びれた態度を一つもせず、しかも今度は私の身体までも狙おうとしてきているのだ。


(……きっと今の殿下の頭の中はもう私の事をどうやって犯すかしか考えていないのでしょうね)


 私はそんな事を思いながら、私の目の前でほくそ笑んでいる殿下の顔をじっと見つめていった。

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