2 三人の関係
「ボクも大きくなったら、お父さんみたいなお医者さんになる!」
アキラは幼い頃よくそう言っていた。
アキラの父親は、総合病院の院長だ。
そしてアキラには兄が二人いて、長男の優斗、次男の光、二人ともやはり幼い頃から医師を目指していた。
白井家はいわゆる医者一家だ。
優斗も光もアキラも、小学生の時から家庭教師をつけてもらい、医者になるべく道を歩んでいた。
その他にも、医者になるには字がキレイでなくてはならないと言われ、書道を習い、また手先が器用になるようにとピアノを三人とも習っていた。
優斗は書道が得意で、常に最優秀賞か金賞を取り新聞にも掲載されていた。
一方光はピアノが得意で、コンクールでも常にトップ争いの中に入っていた。
アキラだって負ける程ではない。アキラの成績は優秀だ。ずば抜けて良かった。優斗と光は私立の小中一貫校を卒業し、秀才揃いの高校へ入学した。が、アキラは兄と比べられることが嫌だったから、中高一貫の別の学校を選んだ。
アキラは親元を離れ、有名な男子全寮制の高校へ入学した。
始めは父親も母親も反対したが、アキラはその反対を押し切り自立する為、一人県外の難関校へと進んだのだった。
友達はすぐに出来た。中でも堀切和也という少年とは意気投合し、勉強もお互いライバル心を持って学んだり、時にはカラオケやボーリング、キャンプや海水浴など、とにかくやりたいことを思う存分二人で楽しんだ。
アキラは男子校の中で特別目立つタイプではなかったが、顔立ちがスッキリとしていて電車に乗った時でも女の子から声をかけられたりしていた。 時々ウワサを訊いて、他の学校からもアキラを一目見たいと、学校の門の前でアキラを待つ女の子が数人いた。
告白もされたこともあった。が、アキラは和也と遊んでいる方が楽しかったから、連絡先を渡されてもすぐに捨てていた。
時は過ぎ高校三年生の春。
ある日、いつものゲームセンターの帰りに電車に乗ると、他の女子とは雰囲気が違う女の子に出会った。
彼女は椅子に座り、白のカーディガンに黒のフレアースカートを身に付け、少し分厚い本を黙々と読んでいた。年頃は同じくらいだろうか。彼女は、他の女の子には持っていない華やかさがあり、彼女の周りだけ静寂しているように見えた。
アキラは彼女に興味を持った。
彼女が読んでいた本は、心理学の本だった。
「なあアキラ、あの子見ろよ。心理学を勉強してるのかな?なんだか他の女子にはない雰囲気があるし、すごく可愛いんじゃね?」
「ああ、ボクもそう思っていた。なんか近寄りがたいけど、すごく気になる。たぶんボク達と同じくらいの年令じゃないかな。どことなく神秘的だな」
「だよな。アキラ、ちょっと声かけてみろよ」
「ボク?嫌だよ。こっちから声かけるなんてやったことないよ。変な奴に思われるかもしれないじゃないか」
「オレよりアキラの方がモテるんだから、大丈夫だよ。なあ、名前だけでも訊いてみろよ」
「う…ん、じゃあ頑張ってみるよ」
「よっしゃー、そうこなくっちゃ!」
幸い彼女の隣りの席は空席だった。
アキラは思い切って彼女の隣りに座った。距離を少し置いて…。
「あ、あの、心理学興味あるんですか?」
突然の質問に彼女は驚き、
「あ、あの…、ええ、まあ…」
「そうなんですか?面白いですか?」
「面白いというか…。カウンセラーに興味があって…」
「カウンセラーですか?素敵ですね」
「あの…私に何か…」
「あ、いや、その…正直に言います!声かけてみたくて…。あそこに立っている奴、ボクの友達なんですけど、名前訊いて来いって言われて…」
アキラは人差し指をピン!と伸ばし、和也を指差した。和也は急に指をさされて慌てている。
「くくく…、正直な人ね。名前くらいなら…。私は長谷部桜子。高校三年生よ」
「桜子さんですか。て、ボク達も高校三年生なんです!あ、じゃあ同い年ですね」
「敬語じゃなくて大丈夫よ。同じ学年なんだから」
桜子は、声をかけられることに慣れているようだった。
様子を見ていた和也は、すぐ様アキラと桜子の間に無理矢理座り、
「桜子ちゃん。可愛い名前だね」
と、調子にのり始めていた。そしてなんとか連絡先を訊こうと、色んな話題を頭の引き出しから出し、桜子の気をひこうとしていた。
アキラはそれ以上何も訊くことが出来ず、和也と桜子の会話をただ訊いているだけだった。
「あ、私、次の駅で降りるから。また会う機会があるといいね」
桜子はバックに本をしまい、すっくと立ち上がると、自動扉が開いた途端に振り向くこともせず、立ち去って行った。
和也は最後まで粘って連絡先を訊きだそうとしたが、桜子は上手く話をそらし、結局連絡先は教えなかった。
桜子が電車を降りたあと、和也とアキラはしばらく呆然としていた。
アキラと和也はそれから桜子と会うことはなかった。
そして大学受験に向け勉強に集中することにした。
アキラも和也も桜子の読んでいた心理学に興味を持ち、二人とも臨床心理士を目指すことにした。
アキラは両親に医者ではなく、臨床心理士になることを伝えると、父親は激怒し、母親はおろおろした。
アキラの兄の優斗と光はそれぞれ違う病院に勤め、研修医として働いていた。
アキラは反対されても気持ちは揺るぎなかった。
そしてまだ肌寒い頃、大学の合格発表があり、アキラはもちろん、和也も同じ大学の臨床心理科に見事合格した。
「また腐れ縁だな」
「なんだと?それはこっちのセリフだよ」
「これからしっかり学んでいこうぜ」
「そうだな。見えない部分だからこそやり甲斐がある。お互い頑張ろうや」
「おお!」
アキラと和也はガッチリと握手をした。
大学生活が始まり、アキラと和也のキャンパスライフは充実していた。
ある日、二人はいつも通りに教室のお気に入りの席に座っていると、見覚えのある女の子が横の席、遠く離れて座っているのに気が付いた。
そう、それは一年前に電車で見付けた長谷部桜子だった。
桜子は相変わらず華やかで、でも凛とした雰囲気はそのままだった。
いち早く和也が気が付いた。
授業が終わると和也は急いで桜子の方に走って行き、
「あ、あの、オレのこと覚えてる?」と声をかけた。
アキラも和也のあとを慌てて追いかける。
「さあ、どちら様?」
「え?覚えてくれていないの?一年前電車で話したじゃん」
「くっくっくっ…、うそよ。ちゃんと覚えてるわ。二人ともカウンセラーになるつもりだったの?」
和也は
「そ、そう、そう、偶然だね」
そう言うとアキラの方をチラッと見た。アキラは
「ボクは医者になるつもりだったけど、カウンセラーにも興味があったから…」
「ふうん、そうなんだ。同じ大学なんて不思議ね」
「そうだね。その、なんて言うか…。次の授業まで時間あるからお茶でもしない?」
和也が尋ねた。
「いいわよ。私も二人に興味あるし…。ね?アキラくん」
「名前覚えてくれていたんだ」
「たまたまね。あの時和也くんの話がちょっと面白かったから」
「じゃあさ、今度は連絡先ちゃんと教えてくれる?」
すかさず和也が言うと
「いいわよ」
桜子は答えた。
「やったー!やったよ!アキラ!良かったよなあ!」
「あ、うんそうだね」
和也はのぼせそうなくらい喜んでいた。
それから三人はちょくちょく遊ぶようになったり、勉強を一緒にする仲になっていった。
春夏秋冬を三回過ぎ、また桜の季節がやってきた。暖かい日差しは、花びらがより一層ピンク色が輝くように、木々のすき間を通り抜け眩しく照らしていた。
そして三人の少し複雑な関係も順調に進み、季節が過ぎて行くのをあっという間に感じていた。
桜子への想いは和也だけではなく、アキラもまた心を奪われていた。だがアキラは、和也があの電車の時から桜子をずっと好きだったのを知っていたから、何も言えずにいた。
「桜子の季節がまた来たね」
「うん。私名前は気に入っているけど、みんなより早く年を取るから四月生まれはなんか嫌い」
「でもどんな人でも待ち遠しい季節だよ」
和也が言う。
「うーん、そう言われると気持ちはいいかな」
「そうだよ。冬が終わって春が来る。色んなことにもチャレンジ出来そうじゃないか」
次はアキラが言った。
「二人とも優しいね」
三人は手を空に向けて挙げ、眩しい光を見た。
ザーッと爽やかな且つ少し肌寒い風が吹いた。
「なあ、アキラ。オレ桜子に告白しようと思うんだ。アキラ、いいかな?」
「なんだよ、急に…。わざわざボクに断らなくてもいいさ」
「アキラは桜子のこと、どう思っているんだ?」
「どうって…。別に友達だよ」
「本当か?それじゃあオレが告白してもいい?」
「ボクの許可をわざわざ取る必要もないさ。思い切っていけよ」
「サンキュー。じゃあ今日告白してみるよ」
「ああ」
その日の夕方、和也は桜子をキャンパス内の桜の木の下に呼びだし、真剣に付き合って欲しいと告白した。桜子は有無を言わず和也の胸に飛び込んだ。
その様子を遠くからアキラは見守っていた。
アキラは自分の気持ちにウソをつき、二人が付き合うことを応援した。
アキラの胸は、ギュッと音を立てて鳴ったような気がした。
アキラは告白もせずにふられた…。
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