第8話 拾い屋

 私は、源田さんの家の前で絶句した。

 源田さんの家は、住宅地から外れた、山道に続く道の端にある一軒家だ。普通の一戸建ての家よりは、昔風の大きい家だった。

 家の前に着いてみたら、門の中がゴミで埋まっていた。ゴミ屋敷だ。

 家主の源田さんは、既に亡くなっている。誰も住んでいる様子は無い。明らかに空き家だろう。

 何処か入れる何処がないか、家の周りを歩いてみる。裏に勝手口があったが、鍵が掛かっていて開かなかった。

 一周して門の前に戻って来た。門には鍵が掛かっていない。中に入るには、ここしか無さそうだ。

 門の中は、ビニール袋に入ったゴミやら、段ボールやら、新聞の束やらで埋まっている。そいつらの間に隙間がないか精査したが、付け入る隙が無さそうだ。

 意を決してゴミ山を登る事にしたが、足元の汁溜まりが私に諦める事を推奨していた。


 出来るだけ硬い所を足場に探しながら、何とかゴミの山を乗り越えた。

 中の庭は、枝の伸びた低木とゴミが混在している。その中に人が通れる通路ができている。周りの様子を見ながら建物の裏手にやって来ると蔵があった。

漆喰壁の立派な蔵だ。

 辺りを見回しても誰もいる気配が無い。蔵の戸を見ると、少し開いている。私は、扉の前の石段をゆっくり上がると、その取っ手の金の輪に手を掛けて引こうとした。


「誰だも、おまえ」

 背後からいきなり声がした。心臓が口から飛び出るかと思うほどビックリして、のけ反って振り向いた。 

 あの男がいた。

 バケット帽を被り、もじゃもじゃの毛をした写真の男が、直ぐ目の前に立っていた。

 いつの間にいたのだろう、全く気づかなかった。あまりに突然で、頭が真っ白になった。


「勝手にひとの家に入って来るなも」


「あなた、ここで何を」

「ここは、あなたの家なの?」

 違うとは思うけど、一応聞いてみた。


「違うも」


「あなた、ここの骨董品、勝手に持ち出して売ってるわよね」

 

「おまえ、道に落ちてるあんパン拾って食うだろ」

「はぁ」

 何を言い出すんだこいつ。


「おいしいも」


「食べません」


「・・・」

「あんパンは嫌いかも」


「ゴミ箱に、弁当の食いしがあったら食うだろ」


「食べないです」


「好き嫌いはダメだも」


「はぁ」


「じゃあ、便所に紙が無い時、ゴミ箱にティッシュが入ってたら、使うだも?」


「うっ」

 使った事がある。あの時は、背に腹はかえられなかった。あれは、新品のやつをそのまま捨ててあったから使った。

「そっそれは使うかも」


「そうだも。捨ててあるやつは、貰ってもいいも」


 何が言いたい?


「この家のあるじには、身内はいないも。世話する人もいなかったも。家の中はゴミだらけだも。」

「主が死んで、この家は持ち主がいなくなったも」

「この家は、捨てられたも。ゴミ箱のティッシュと同じだも。捨てられてる物を拾っても誰も文句言わないも」


「なっ、それで、壺とか骨董品を勝手に持ち出して売ってるの」

「おまえ、失礼だも。勝手じゃないも。誰の承諾がいるも?」


「いや、だけど、どうして誰も相続しないと分かるの?」


「俺には、分かるも。捨てられた物は色が無くなるから分かるも。それが俺の能力だも」

「だから俺は、持ち主のいるものには、絶対手を出さないも。面倒臭い事になるも」


 能力って、こいつはいったい何者?


「そっ、それじゃあ、10とおかほど前、東宮市で高校生が自殺した現場にあなた、居たわよね。どうして?」

 この質問をすると男の顔付きが変わった。やはり身に覚えがあるようだ。


「何の事だも?」


「それだけじゃない、その前の千川市の小学生が自殺した時も、宝生市で女子中学生が自殺した現場にも居たわよね」

「それに、病院にもいた。」

 そう言うと男の体がビクッと動いた。


「知らないも」

「もう帰れも」


 男は、私を睨んでそう言うと、私の横を通り過ぎ、蔵の扉の取っ手金具を持って引き開き、扉の中に消えていった。

 私は開けられた扉に押されて、石段から落ちそうになったが、何とか体勢を立て直して扉の金輪を掴んで、扉を開けた。

 中を覗くと、男の姿は無かった。今入ったばかりのはずなのに、中には誰もいなかった。

 蔵の中は、大、小の箱が置かれていて、それらが壁の上の方にある天窓から入る日射しのなかで鎮座していた。

 私は、箱と箱の隙間に入り込み、男を探したが見付ける事が出来なかった。

 蔵から出た後も、敷地の中を探したが何処にも姿は無かった。そして、諦めて家から出た。

 あの男は、捨てられた物を拾って、それを売って生きている。言うなれば"拾い屋"。その名前が頭に浮かんだ。

 


 

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