第7話 中三の痛み

 受験勉強で、俺の心は余裕がなくなって行く。苛立ちと不安に押し潰されそうだ。

 ササミは、楽しそうにダンスと歌のレッスンに打ち込んでいる。

 そんなササミを見ていると、つい八つ当たりをしては、自己嫌悪に陥る。そんな俺に、ササミは誕生日のプレゼントで、黄色の毛糸でクッションを編んでくれた。

 俺は心から感謝していたが、

 ふんわり感は微塵もなく、硬く編まれていて、三十分も座っているとケツが痛くて、どうしょうもなかった。

 ある日、俺たちは進路のことで喧嘩になり、俺は思わず、クッションことを口走っていた。すぐに謝ったが、ササミは何も言わず走り去ってしまった。

 翌日からササミは、いつも以上に俺を気にかけてくれていた。

 

 一月の終わりから本格的に受験へと突入した。ササミは学校に殆ど登校しなくなった。

 ササミは、課題曲と、フリーの二曲を振り付けして、踊るのが楽しみだと意欲を見せていた

 もうひと月逢っていない。

 逢いたい。声を聞きたい。

 俺は、思い切って電話をかけた。

「佐々さんの、」

「ムッシー! 逢いたい! ほんと嬉しくて涙が出来た。私ね、風邪引いたの。自分の試験もあるけど、ムッシーに移したら困るから休んでいるの!」

 一気に喋るササミが可愛かった。

「心配したぞ。俺も、俺も逢いたいよ」

「良かった、私たちいつも同じ気持ちだね」

 他愛ない話でもササミと話していると、楽しくて仕方なかった。

 俺たちは電話と言う新手を使い、ほぼ毎日連絡しあった。

 結局ササミは、都立受験が終るまで登校しなかった。三月の初旬、都立の合格発。俺は念願の国山高校に合格した。喜ぶ父親が、珍しくササミのことを聞いて来た。

「佐々さんはどう?」

「どうって、合格したさ。新しい世界に羽ばたくって、やる気満々だよ」

「ご両親は心配だろうな、女の子が芸能の世界に入るって、色々あるから」

「色々ってなんだよ」

 父親はお前が気にすることじゃないと言って答えなかった。

 後日、石川にその話しをすると、

「売れるには、女子は嫌なこともするらしい」

 と、真顔で言われた。いくら鈍い俺でも、その意味は分かった。  

 ササミは俺の心配をよそに、あっけらかんとしている。心配していると、はっきり言葉にできないもどかしさから、俺はササミを遠ざけるようになった。そんな俺の心は、躓いたまま起き上がれないでいた。

 卒業が秒読みだと言うのに、俺は状況を変えられないでいた。

 とうとう卒業の日が来てしまった。廊下でササミとすれ違う。

 にっこり笑うササミの目は、赤く腫れていた。式が終ると、ササミが走り寄って来た。

「ムッシー、沢山お世話になりました。本当に楽しい毎日でした」

 ササミの声が震えている。俺がササミを泣かしていると思うと、

 目を合わせられずにいた。

ササミが、そっとノートを差し出した。

「なんでもいいの。ムッシーの気持ちを書いてほしい」

 頭のなかでは、ササミへの想いが溢れているのに、文字にならない。

「書くことなんてない」

「ないって、そんなはずないよ。お願い。なんでもいいの。なにか書いて」

 俺は、ノートを引っ手繰ると、感情的な言葉を書き殴り、ノートをササミに突き返した。ノートに目を落としたササミは、何も言わずに、ノートを俺に投げつけると行ってしまった。

 足が動かなかった。ササミは、俺の手の届かない世界で生きるんだと、なんども自分に言い聞かせていた

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