第8話 サークル選びも一緒がいいらしい。

大学生というのは、結構時間を自由に使える。


たとえば授業の時間だって、学科として決められている必修以外は、個人の自由だ。

たとえば月火水にすべて詰めれば、あとはまるごとフリーなんて日程も組むことができる。


が、そのあまりにも自由すぎる枠組みが、俺たちの頭を悩ませていた。


「うー、一応決まったけどもう限界。なんか知恵熱でそう」


文学部棟から出るなり、青葉はこめかみを揉みこみながら空を見上げる。

最強の美貌を持つ、新女子大生にしては、なんというかおっさんじみているが、気持ちはよく分かった。


まるで受験勉強をしていた頃みたく、頭が結構くらくらとくる。


そしてそこへ追い打ちをかけたのは、サークル勧誘だ。


今日も今日とて、かなりの盛況ぶりであった。

さすがに一日目に比べれば、人も落ち着いた気がするが、それでもまだまだ熱気は落ち着いていない。


「力こそパワー! この時代の荒波をセイリングで乗り越えないかい?」

「俺たちは、新入生の履修登録も応援しているぞ!! フレー、フレー、履修!! 簡単履修で部活に打ち込め、フレー!!」

「ねぇ、お願い。可愛い男の子、急募!! こぶつきじゃない奴!! 彼女持ちは帰れ!!」


昨日見かけた、個性が強すぎる方々は今日も必死に勧誘を行っていた。


……あんな呼び込みじゃ、むしろ人減るんじゃね? もはや恐怖すら覚える空間になっている。


昨日より一層荒れている気もするし、なんにせよ近づきたくはない。


そして、近づきたくないといえば、もっとも警戒するべきは例のサークルだ。


「コスモス、今日はブース出してないよな、さすがに」

「あー、それね。今朝見たけど、学内の掲示板に張り出されてたよ。サークル員による未成年飲酒の強要とか、性的暴行の疑いとかで、無期限で活動停止させられてるみたい」

「……そうなのか」


俺はひとまず、ほっと一つ息をつく。一応、昨日の通報で警察や学校も動いてはくれているらしい。


ちなみに、俺のもとには今のところ、なにの取り調べ依頼もきていない。

たぶん現場の状況だけを伝えたから、当事者の扱いをされていないのだろう。


それは、俺がその場から連れて逃げた青葉も同じのようだった。


「野上くんのおかげで、桂堂の平和が守られたってことだね」

「大げさすぎるっての」


俺はそう答えると、俺はサークル勧誘ブースとは反対にある校門の方へ向かおうとする。

が、またしても青葉に袖を引かれていた。


「そろそろシャツが伸びるからやめてくれよ……。安物なんだよ」

「だって。行かないの? 新歓!」


彼女はきょとんと首を傾げて、俺の顔を不思議そうに見上げる。

俺からすれば、なぜ行くことになっているかのほうが疑問だ。


「別に行く約束はしていないだろ」

「そうだけど、こういうのは流れじゃん? 一緒に履修決めたら、そのまま新歓じゃん、普通? 行こうよ、なにかしらの新歓!」


青葉はそう熱弁をふるって、鼻息を荒くする。

が、しかし気が乗っていかない。


「……っていってもなぁ。万が一にも、あいつに会いたくないし、まだこの空気についていけないっていうか」

「なんだ、そんな理由。出くわすなんて、かなーり低い確率だと思うよ。ここマンモス大学だし。空気は、いずれ慣れるよ」

「まぁ、そうかもしれないけれど」

「そうだよ、絶対。さ、行こ?」


青葉は俺の背中へ回ると、サークル勧誘ブースの並ぶ道の方へと肩をぐいぐい押してくる。


「むしろ青葉はなんで行こうって思えるんだ?」


それに対して俺は思わず聞き返していた。


「酷い目にあったばかりだろ。また痛い目に合うかもしれないんだぞ」


それも、昨日の今日だ。

少しは躊躇ったり、慎重にもなるのが普通だろう。だが青葉からはそれがまったく感じられない。


青葉はその問いに、俺の肩を押す力を緩める。

少し唸ったあとに返ってきた答えは、


「むかつくから!」


思いがけない一言だった。


「怖くないわけじゃないよ。もうあんな目にあうのは、こりごり。

 でもさ、あんな奴らに人生変えられたくないじゃん? 楽しく大学生活やろうと思って、こっちに来たのに、下衆にそれを邪魔されたくないっていうか……むかつく! む! か! つ! く!」


青葉は大きな声でそう言うと、そのあと俺の横手から顔を覗かせる。


「だから、私は気にしないことにしたの。あんな奴ら、私の人生に関係ないからね」


白い歯を見せて、彼女はししっと人懐っこく笑った。

その笑顔は、強い輝きを放って俺の目に映る。


「強いな、青葉さんは」


こう呟いた感想は、どうやら聞こえていなかったらしい。


「さ、野上くんもレッツゴー!!」


青葉は袖ではなく手を握って、俺を引っ張り始める。


うん、強いだけじゃなくて強引でもあるらしい。

一応、袖には配慮してくれているが。


「……で、なんで俺も行くことになってるんだよ」

「流れだよ、流れ。それに、野上くんには大切な役目があるんだよ。私専属のボディガード! 野上くんと一緒にこうやって歩いてれば、変なサークルの人は声かけてこないでしょ」

「たしかに今の俺、負のオーラ出てるもんな。パリピサークルには声かけられないか」

「いや、ネガティブすぎだって。男の子といたほうが、変なサークルに声かけられにくいってだけだよ」


結局、俺はそのままサークル新歓ブース列の前まで引きずり込まれていく。

俺はそれでもまだ行こうかどうしようかと迷っていたのだけれど、


「あ。新歓にいけば、夜ごはん無料だよ! だいたい、先輩が出してくれるし」

「……え、まじ?」

「お、食いついたね? うん、大まじだよ。さあご飯行こ!」

「……行くか!」


スティックパン以外、ろくな食べ物のない家の食糧事情からすれば、タダ飯は願ってもない話だ。

そうして俺は、青葉ともどもサークルブースが並ぶメイン通りへと入っていくのであった。


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