第20話 デビュー戦

 日向のデビュー(正式には再デビュー)戦は、辛酉園しんゆうえん球場で行われる、ギガンテスとの後半戦最初の2連戦の第1戦だった。

 開幕ダッシュに失敗したパンサーズは、一時期、首位ギガンテスに18ゲームも離されていたが、オーシャンリーグとの交流戦を五分で乗り切る中、パンサーズと同じリーグの上位チームが負け越したため、ギガンテスとのゲーム差を12ゲームまで回復してきていた。


 この日は、日向のデビュー戦ということもあり、開場とともに、多くの観客が詰めかけた。試合前の練習が始まり、報道陣に囲まれた日向が出てくると、少し小柄で、ずんぐりした彼を見て、場内は、「日向って、思ったより小さいな」っと言った声などでザワついていた。しかし、彼が守備練習を始め、その強肩ぶりを見せると、その声は、歓声に変わった。さらに、バッティングケージに入り、鋭い打球を次々に放つと、一球ごとに大歓声が上がった。


 ギガンテスの監督の石原は、三塁側ベンチの中から、報道陣に囲まれながら、彼のバッティングを見ていた。報道陣から、日向のことを尋ねられると、

「確かに、打球は鋭いですね。さすが、伝説のミスターパンサーズといわれるだけのことはあると思いますよ。でも、戦前の野球と今の野球は違いますよ。お手並み拝見と言うところですかね。」

などと、余裕を持って答えていた。


 試合は、パンサーズ榎田、ギガンテスあずまと、両エースの先発で始まった。球場には、丸山と飛鳥、そして記者席には柏木が来ていた。コンドウのテレビの前では、店主の権藤夫妻をはじめ、日向の球界復帰に協力してくれた大伴とその仲間たちが、常連のパンサーズファンとともに、試合中継にかぶりついて見ていた。


 パンサーズの先発榎田は、サードを守る外国人選手カーネルのエラーなどで、先制を許したが、なんとかリードを3点に抑えていた。しかし、8回の表、カーネルのまさかのトンネルにより、一死二、三塁のピンチとなった。

球場全体から、カーネルへのヤジや諦めのため息が出る中、葛城監督もとうとう我慢の限界に達し、サードの交替を告げた。カーネルは、通訳の説明に、怒ってグローブを投げつけながらベンチ裏に下がっていった。


 日向への交替を告げるアナウンスが流れると、球場内は、期待を込めた歓声と拍手が鳴り響いた。パンサーズ伝統の濃紺のユニフォームに身を包んだ日向は、ファーストからのゴロを受けると、矢のような送球を見せた。それを見て、観声と拍手は、一層高まった。


 一方のギガンテスベンチは、日向については、試合前の打撃練習の様子と彼が入団テストの時に榎田から大きな当たりを何本も打ったという、記者からの情報しかないので、試合前の取材に、余裕の対応を見せた石原監督だったが、とりあえず注目するしかなかった。


 日向は、ボール回しの最後に回ってきたボールを持ってマウンドの榎田に近づくと、

「全部俺んところに打たせろ。」

と言って、ボールを渡した。榎田は、ニコリとしながら頷いた。バッターは、4番の外国人選手ニッチモだった。


 ニッチモが初球から打った打球は、鋭い当たりの三遊間へのゴロだった。ランナーがいるため、三塁ベースについていた日向は、横っ飛びで、この当たりを抑えると、すぐに立ち上がり、サードランナーを牽制した後、ファーストに素早く送球してアウトにした。


 打球が三遊間に飛んだ時、一瞬息をのんだ場内の飛鳥たちやファン、さらにテレビの前で見ていた権藤たちは、日向の一連の動きによって、アウトを取ったことに大喜びだった。次の打者は、レフトフライに終わり、榎田は、なんとかこの回を無得点に抑えた。ベンチにもどる日向を、大歓声が迎えた。戦前の辛酉園球場は、高校野球以外で満員になることはほとんどなかったので、彼にとって、この球場で、こんな大歓声で迎えられるのは、初めてだった。


 8回の裏、9回の表は、ともに無得点で最終回を迎えた。9回の裏、ギガンテスは、いつものとおりクローザーのバンディを送ってきた。彼は、オールスターゲームに出場するなど、シーズン前半大活躍していたが、その疲れが溜まっていたのか、球にいつもの切れがなかった。


 粘るパンサーズは、1点を返して、さらに2、3塁と攻め立てた。ここで回ってきたのが日向だった。

 ギガンテスの石原監督は、日向の打撃練習を見ていたので、敬遠するかどうか迷ったが、日向の初打席と言うことあり、そのまま勝負することにした。


 ネクストバッターサークルから出て、打席に向かおうとした日向が、振り返ってスタンド見上げると、1塁側ベンチ上の席に、丸山の横で両手を合わせて見つめる飛鳥と目が合った。日向は、球界復帰に協力してくれた彼女や丸山たちのために、ここは、絶対打ってやると意気込んだ。


 プレイボールが掛かって一球目、バンディが投げた、内角低めの152キロのストレートを打ち返した日向の打球は、ものすごいライナーで3塁線に飛んだが、わずかに切れてファールになった。

 これを見てバンディは、二球目を日向の顔付近めがけて投じてきた。日向は、これを難なくよけたが、パンサーズベンチからは、先ほど交代させられてグローブを投げつけたカーネルが、今度は、先頭になって、他の選手を引き連れて飛び出してきた。ギガンテスもベンチ前に選手が出てきたので、グラウンドは騒然とした。しかし、日向が制したので乱闘に発展しなかった。それでも球場内は、ブーイングの嵐となった。


 日向は平然としてバッターボックスに立ち、バンディに向かって、

「なんや、ギガンテスの抑えは、こんなオールドルーキーにビビっとるんか。」

と、大声で言った。

 外国人のバンディには当然言葉は理解できなかったが、雰囲気が伝わったのか、なにか大声で言い返してきたので、キャッチャーがタイムをとってマウンドに駆け寄り落ち着かせようとした。しかし三球目は、興奮したままの投球でワンバウンドとなり、キャッチャーがなんとか抑えた。そして四球目、日向は、今度は外角低めに来た伸びのあるストレートをとらえ、腰をグイッと回転させて振り抜くと、打球はレフトスタンド中段に飛び込んだ。劇的な逆転サヨナラスリーランホームランだった。


 バンディは、それを呆然と見送ると、両ひざから崩れ落ちた。パンサーズベンチからは、勝利投手になった榎田を先頭に、選手全員が飛び出し、日向を迎えた。球場内は、優勝したかのような大歓声に包まれ、紙テープや風船が飛び交った。


 スタンドでは、飛鳥と丸山がハイタッチをして喜び、柏木が涙を流して拍手していた。そして、ゴンドウでは、権藤夫妻と客も、テレビの前で万歳を何度も叫び、大騒ぎとなっていた。権藤は、「今夜は、全品半額や。」と叫んで、自らジョッキを掲げて喜んでいた。


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