第2話 荒神のリリス

 五年後。


 俺がこの《モノクロのつるぎ》の世界に転生して、およそ五年もの月日が経過した。


 すっかり成長した俺は身長が一メートルを超え、二本の脚で屋敷中を走り回ることができるようになっていた。


「ふぅ……今日も根気強く頑張ったな、俺」


 手にした木剣を下げる。


 現在、俺は屋敷のそばにある訓練場の一角でひたすら木剣を振っていた。

 これはサルバトーレ公爵家の人間に課される基礎訓練メニューだ。


 俺はまだ五歳だし軽いほうだな。二つ上の兄はすでに専属の騎士と刃を交えている。


「今日の訓練もしっかりこなしたし、そろそろ探索の続きを始めるか。もう絞り込める頃合いだろうからな」


 木剣を倉庫に戻し、メイドから汗を拭くためのタオルを受け取って訓練場から出る。

 付き添おうとするメイドに「必要ない」と告げて長い廊下を歩く。


 俺がハイハイを卒業し、生まれながらに持つ両脚で歩けるようになって数年。その間に、幾度となくこのサルバトーレ公爵邸の中を歩き回った。


 使用人たちは単純に運動の一環か好奇心とばかりに思っているが、実は俺には明確な目的がある。


 それは、サルバトーレ公爵邸のどこかにあるを見つけること。


 その隠し通路に、俺の今後の人生を大きく左右するものがある。


「ククク。必ず見つけてやるからな。ゲームのラスボス——荒神のリリスを」











 家族、並びに使用人たちの目を搔いくぐりながら、いまはもう使われていない離れの書斎へ足を踏み入れた。


 扉を開けると、大量の埃が舞う。酷い臭いがした。


「けほけほっ! なんだここ……掃除すらまともにされてないのか」


 使用人たちの怠慢か? いや、確かこの離れはそのうち取り壊される予定だったな。


 取り壊されるなら掃除の必要はないってね。無人かつ誰の目にも留まってない点は、俺にとって好都合ではあるが。


「しかし……これだけ汚れていると、隠し通路を見つけるのも大変そうだ」


 こんなことなら真面目にメインシナリオを読んでおけばよかった。


 記憶が不十分なせいで、リリスの遺体が置いてある地下室へ続く隠し通路の場所が解らん。


 手当たり次第に目ぼしい所は探してみたが、いまのいままで空振りが続いている。


 できればさっさと見つけたい。あと三年以内にはリリスに取引を持ち掛けないと。

 でなきゃ最初の試練に間に合わない。


「うーん……アニメや漫画の定石だと、本を倒したら隠し通路が開かれ——」


 ——ガコン。


「あ」


 本当に本が倒れた。倒し切る前に止まり、ガチャガチャと機械音のようなものが本棚の反対側から聞こえてくる。


 まさか? と思った俺の目の前で、本棚が前に移動。その後、横にスライドして小さな通路が現れた。


 ちょうど大人が一人通れるくらいのスペースだ。奥から不思議な冷気を感じる。


「ら、ラッキー……見つけちゃった」


 運がいいとはこのこと。待望の隠し通路を見つけ、俺の心臓がドクドクとうるさいくらい高鳴っていた。


 ぎゅっと胸元を押さえながら、ゆっくり通路の奥を目指す。


 しばらく歩くと、急にひらけた広場へ辿り着く。中心に大きな黒い石と祭壇が置かれていた。


 石を縛るように太い縄が巻かれており、その先は円状に打ち込まれた釘に結び付けられている。


 異様な雰囲気を感じた。


「気味が悪いな。本当にここにリリスがいるのか?」


『——呼んだ?』


「うわぁっ⁉」


 急に目の前に黒髪の女性が現れた。


 漆黒色の瞳がまっすぐに俺の顔を捉える。


「だ、誰だ、お前」


『誰って、いまさっき自分で私の名前を言ってたじゃん』


「まさか……お前が災厄と言われた荒神のリリスか?」


 外見は単なる少女にしか見えなかった。


 しかし、まぎれもなく空中に浮いてる。ただ者ではない、か。


『むぅ。その災厄って人間が勝手に付けた蔑称だよね? 私は認めてませーん』


「そんなこと俺に言われても」


 付けた人に言ってくれ。


『呼ばないでって意味だよ! 私はリリス。荒神のリリスだもん』


「……そうか。じゃあリリス、俺はお前に用があってここに来た。話を聞いてくれると助かる」


『話? そもそも君は誰? ここにいるってことは、間違いなくサルバトーレ家の人間だろうけど』


「俺はルカ・サルバトーレ。サルバトーレ公爵家の末っ子だ」


『ふうん。末っ子ねぇ。君が私の何を知ってるのかは解らないけど、そんな簡単に自分の情報を渡していいのかな?』


「構わないさ。どうせすぐ知ることになる」


『どういうこと?』


「言っただろ、俺はリリスに用があるって。用っていうか——契約がしたい」


『!』


 ぴくり、と初めてリリスが強い反応を示した。


 先ほどまでは笑ったり怒ったりと喜怒哀楽豊かだった表情が、急に冷たいものへと変わる。


『私と……契約? それがどういう意味か知ってるの?』


「ああ。荒神であるリリスと契約したい理由が俺にはある。そして、俺に力を渡すリリスにもメリットのある条件がな」


『私にとってメリット?』


 冷たい眼差しのまま彼女は首を傾げる。


 一拍置いて俺はにやりと笑った。






「簡単さ。リリスが俺にオーラをくれるなら、代わりに俺はリリスのに手を貸す」

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