LikeじゃなくてLoveなんだ。

兎月十彩

第1話



とある休日の夜、部屋で動画サイトを見ているとインターホンが鳴った。


「はい」

『俺』

「……」


インターホン越しに聞こえた素っ気無い返答ひとつで来訪者の機嫌が解ってしまう。


ため息をひとつ吐いてから玄関ドアを開けた。其処には見るからに不機嫌ですという顔をした兄の海哉かいやが立っていた。


「悪いな、突然来ちゃって」

「別にいいよ」


来ちゃって──と言った時には先刻までの不機嫌な表情が少し和らいだように見えた。


相変わらず派手な身なりをしている訳でもないのに派手に見えてしまう兄は脱いだ靴を行儀よく揃えてから中に入った。


「もしかして休日出勤だったの?」


日曜日なのにスーツ姿だったので訊いてみた。


「そう。今、繁忙期ってやつでさ」

「お疲れ様。何か飲む?」

「あぁ。今、無性に飲みたい気分」

「……ノンアルしかないよ」

「うん。それで充分」

「……」


お茶かコーヒーを出すつもりで訊いた質問に『無性に飲みたい気分』と答えた兄はどうやらアルコールを欲しているようだ。


こういう流れの時、兄がどういった気持か、心情かなのかを理解出来てしまうのが少しだけ厄介だと思った。


(はぁ……勘弁して欲しい)


兄に気が付かれないように薄く息を吐きながらキッチンに立った。


トレイにノンアルコールの缶とグラス、作り置きしておいた惣菜を小鉢に盛って運んだ。


「あ、俺の好きな惣菜だ」

「たまたま作り置いていた物」

「そっか、いい時に来たなー。俺、陸斗りくとの作る総菜大好き」

「……」


(大好きって軽々しく言うな)


兄が言った『大好き』は当然作った総菜のことで、分かり切っている『大好き』なのに何故かそこだけが耳に、心に強く残った。


兄の『大好き』に他意なんてまるっきりない。


そうだ、兄は僕とはまるっきり違うなのだから。


ほんの少し元気が出て来たように見える兄は手酌でグラスに注いで一気に飲み干した。そして空になったグラスに再び注いだ。350ml缶はグラス2杯分で空になった。


「もう一缶もらっていいか?」

「うん」


おかわり要請を受けのっそりと立ち上がって冷蔵庫へ向かった。


「俺、離婚するかも」

「──え」


唐突に聞こえた声に足が石のように固まった。


(今、なんて)


首だけ兄の方へ向けると視線をグラスに向けたまま続けた。


「なんか俺、浮気してるんだと」

「……は?」

「ずっと疑ってて興信所使って調べたんだって。だけどなーんにも出て来ないからいよいよ我慢ならなくなって俺に直接問い詰めて来た」

「それって千夏さんが? なんでそんなことを」

「知らね。なんかもうダメっぽい」

「……」


その場に固まったまま僕はきつく唇を噛んだ。






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