マイグレーション 〜現実世界に入れ替わり現象を設定してみた〜

気の言

Phase2 警視庁公安部第六課 突発性脳死現象対策室

Tier1 再始動

「さっきのは一体何だったんだい?」


「わかりません」


「進行状況は? もしかして一時中断してる?」


「いえ、バックグラウンドで行われていたため問題ありません」


「となると、あいつも問題なさそうだね」


「はい、問題ありません。ただ、進行状況がだいぶ変化していると思われます」


「バックグラウンドで行われていた分、先に進んでるってことだね」


「とにかく、メインに戻しましょう」


「まぁ、そう焦らない。急がば回れって言葉があるでしょう?」


「その言葉は知っていますけど、少しは焦って下さい」


「それを私達に言うのは野暮というものだよ」


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 午後の暖かな日差しが降り注ぐ教室で、僕は黒板の前に立っていた。


「今日は、この時間で今年の文化祭でやる出し物を決めたいと思います。何かアイデアがあるひとは挙手してください」


 この3年3組で学級委員をしている僕はホームルームの時間を使って文化祭の出し物を決める話し合いの司会進行をしていた。

 最前列の一番端の窓際の席では、もう一人の学級委員である奥寺 瑠奈おくでら るなさんが書記としてノートに議事録をとってくれている。

 担任の河井先生は僕ら学級委員に任せると言って、2階の職員室に行ってしまった。

 河井先生はちょっと適当なところもあるが、生徒から人気のある良い先生だ。


「はい!」


 さっそく、勢いよく手を挙げたのはこのクラスのムードメーカーである平野 渉ひらの わたるだった。


「じゃあ、渉」


 僕は黒板の下の辺りにある細長い銀のトレイの部分から白チョークを手に取りながら、手を挙げた渉を指した。


「やっぱり、ここはメイド喫茶だろ!」


 渉は立ち上がって力強く言い切った。

 クラスの一部の男子達からは「おぉ~!」とどよめきが上がった。


 渉の意見を聞いて、僕は黒板に白チョークで「喫茶店」と書いた。


「おい! 泰希たいき! 大事なメイドが書かれてないぞ! メイドがない喫茶店なんか喫茶店じゃないだろう!」


「渉は全国の喫茶店のマスターに謝って来た方がいいと思うぞ。それに、さっきから渉に対する女子の冷たい視線に気付いてるか?」


「え?」


 渉が間の抜けた声を出してキョロキョロと周りを見渡して、やっと僕が言っていることがわかったようだ。

 クラスのほとんどの女子が渉に対して冷たい視線を送っていた。


「え……何? 何で女子だけがこんなに俺のこと見てくんの? ……そうか、これがモテ期というやつか! とうとう俺にもモテ期がやってきたか!」


 女子からの視線を明後日の方向に解釈した渉は一人で勝手に盛り上がっていた。


「そんなわけないでしょ」


「下心丸見えなのよ」


「いやらしい」


 数人の女子からそんな声があがった。

 ただ、言葉に反して口調はどれも悪意のあるものではなかった。


「そんなんだから渉は彼女ができないのよ」


 一際、渉に当たりが強いのは鈴野 優奈すずの ゆなさんだ。

 渉と鈴野さんはどちらかというと犬猿の仲だが、僕は案外お似合いの二人なんじゃないかと思っている。


「そこまで言わなくても良いだろ! 俺、泣いちゃうぞ!」


 渉が泣き真似をしながら言った。


 すると、教室からどっと笑いが起こった。

 一応、授業中なのであまり大騒ぎするのは良くないのだが、幸い隣のクラスは体育の授業で不在のためこの南校舎のフロアには僕達以外は他に誰もいない。

 だから、少しぐらい騒いだって問題はなかった。


「とにかく、メイド喫茶は駄目だ。そもそも、学校の生徒会がそんなの許すわけないだろう。それに、やりたくない人だっているだろうし」


「くそー!」


 僕の却下に、渉はひどく悔しがった。

 どうやら本気でメイド喫茶をやりかったらしい。


「悔しがってんじゃないわよ。渉はもう少し井ノ上いのうえ君のことを見習いなさい。しっかりと女子の気持ちをくみ取ってくれているじゃない。こういう気配りができる人がモテるのよ」


 鈴野がため息混じりに言った。


「気配りがどうとか言っといて、結局は顔なんだろう? 泰希はイケメンだしな。嫌だね〜男を顔でしか見ない女って言うのは」


 渉の発言に僕は苦笑いした。

 たしかに、僕は自慢じゃないが世間一般と比べて顔立ちは整っている。

 だから、こうしてよく渉にイケメンネタでイジられているが、嫌悪感とかは全くない。

 これは渉の人柄のせいかもしれない。


「人を顔でしか見てないのはどっちよ? この間、顔が良ければ何でも良いって言ってたの聞いたわよ。あ〜、それに渉の場合は顔だけじゃなくて胸もだったかしら?」


「ちょっ!? お前、それどこで聞いたんだよ!」


 二人が少しヒートアップしてきたので、そろそろ止めた方が良さそうだ。


「まぁ、二人ともその辺にしとこうな。このままじゃ何も決められないまま終わっちゃうぞ。あと、僕は渉もイケメンだと思うぞ……お世辞だけど」


「お世辞なのかよ!」


 また、教室からどっと笑いが起こった。

 場を盛り上げるためにお世辞なんて言ったが、僕は本当に渉は結構良い顔をしていると思っている。

 おちゃらけた人柄のせいで皆はそのことに気付きづらいだけで、気付いてる人は気付いているはずだ。

 なんなら僕は渉に陰ながら好意を寄せている人に何人か心当たりがある。

 その筆頭にあたるのが鈴野なんだけど、これはまだ渉には言わないでおくつもりだ。

 できれば渉自身に気付いてもらうか、鈴野さん本人が直接伝えるのが一番良いしね。


「じゃあ、喫茶店以外に他に何か案がある人はいない?」


 僕の声掛けに教室の右後ろのほうから手が上がった。


「宮下さん」


「あの~映画とかはどうですか~?」


 おっとりとした声で映画と提案してきたのは宮下みやしたひよりさんだった。

 男子にそのおっとりとした見た目と声で人気の高い女子だ。


「映画か~定番だけど良いかもね」


 僕は喫茶店と書いた文字の横に映画と書いた。


「私も映画が良いと思います! そして学級委員のお二人には主役をやって頂きたいです! この学校で美男美女の理想の学級委員と言われているお二人なら画面に映っているだけでも目の保養になります!」


 そう力説してきたのは、少女漫画が大好きでちょっと夢見がちな田口 千尋たぐち ちひろさんだった。

 あと、僕と奥寺さんが美男美女の理想の学級委員なんて言われているなんて知らなかった。

 でも、奥寺さんは確かに美女と言われるほど綺麗な顔をしていた。

 そこに、大人びた冷たさも相まって男子からも女子からも人気のある存在だった。

 しかもファンクラブのようなものまであるらしく、人生に一度でいいから奥寺さんに罵られることを願っているとか……


「まだ映画って決まったわけじゃないから、そんなに話を進めないで欲しいかな」


「え~いいじゃん、皆も映画で良いよね?」


 田口さんがクラスの皆に聞いた。

 いつの間にか話の主導権を田口さんに握られてしまった気がする。


「映画やったことないし、面白そうだから良いよ」


「井ノ上君が主役をやってくれるなら全然あり!」


「奥寺さんの主役が見れるのなら映画をやらないわけがない!」


「奥寺さんと井ノ上君のダブル主演、尊いわ」


「奥寺様に罵られたい!」


 教室から、そんな声があがった。

 ちょっと待って!

 最後の絶対に何かおかしくない!?


「え!? 本当に映画で良いの? それと最悪僕は主役をやってもいいけど、奥寺さんがやってくれるとは限らないんだよ」


「私は別にいいわよ」


「ほら、奥寺さんはやりたく……え?」


 僕は思わず聞き返してしまった。

 正直、奥寺さんは主役とかこういうのはあまりやりたがらないと思っていた。


「だから、私は主役をやってもいいって言ったの」


「あ、あ、うん。わかった、ありがとう。奥寺さんが主役をやってくれるなんてイメージになかったから、つい驚いちゃったよ」


「あら、そう? そんなことはないと思うのだけれど」


 他人のイメージというものは、時には大きく間違っていることもあるみたいだ。


「なら、映画で決まりだね!」


「田口さん、わかったから! そんなに先走らないで!」


 とうとう完全に主導権を握られてしまった。


「では、改めて。このクラスの文化祭の出し物を映画にすることに賛成の人は挙手してください」


 僕の声掛けで一斉に手があがった。


「全員手をあげているので、映画で決まりですね」


 奥寺さんが冷静に言った。


「そうなっちゃうね。では、文化祭の出し物は映画に決定しました」


 パチパチと大きな拍手が起こった。


「まだ時間があるから、どんなジャンルの映画にしたいかとか皆ある?」


 拍手の音が鳴りやんでから僕は皆に聞いた。


「ホラーとか?」


「ここはやっぱり恋愛ものじゃない?」


「いや、喧嘩や不良系も外せないだろう」


「ミステリーは? ミステリー研究部が舞台みたいなやつ」


「だったらスポ根だろ」


「アクションもいいんじゃないか?」


「学生映画と言えば特撮だ!」


「恋愛とかじゃないけど、ヒューマンドラマみたなのはどうかな?」


 あっという間にたくさんの意見が出てきた。

 出てきた意見を僕は黒板に、奥寺さんはノートに急いで書くのに大忙しだった。


 急いで皆の意見を書きだしている中で、僕はこのクラスは良いクラスだなとひしひしと感じていた。

 僕らは中学三年生で、今年は高校受験の年だ。

 文化祭なんかにかまけていないで勉強したい人もいるはずなのに、皆こんなにも一生懸命に文化祭のことを話し合って楽しいものにしようとしてくれている。

 中学校生活最後の年をこんなクラスで送れるなんて、僕は本当にラッキーだと思う。


「盛り上がっているところ水を差すようで申し訳ないんだが、脚本はどうするんだ?」


 手をあげて立ち上がりクラス全体を見まわして、そう言ったのはクラスで一番頭が良い池田 修次いけだ しゅうじ君だった。


「完全オリジナルの脚本にするか、既存の脚本を文化祭の映画用に作り直すかってこと?」


「そうだ。後者にするならたいした問題はないが、もし前者でやりたいということになると脚本を書ける人がいないとどうにもならない」


「たしかに、そうだね。皆はどっちが良いと思う?」


 池田君の言う通りだ。

 ジャンルを決めるよりも脚本をどうするかを先に決めた方が良いかもしれない。


「せっかくなら完全オリジナルの脚本でやりたいよな」


「でも、脚本なんて書ける人いる?」


「俺は絶対無理だ。だって俺いつも国語のテスト赤点だし」


「誰も渉には聞いてないわよ」


「小説とか読むのは好きだけど自分で物語を書くのにはやっぱり抵抗あるかな」


「残念だけど、元々ある脚本を文化祭用にアレンジしてやるしかないか」


 そんな意見が飛び交う中、一人の男子がおずおずと手を挙げた。


「ボクなんかで良ければ、脚本を書いてもいいよ。実はボク、趣味でネットに小説を書いているんだけど……」


 そう言ってくれたのは、いつも物静かで口数が少ない玉木 優太たまき ゆうた君だった。

 クラスではあまり目立つ存在ではないけれど、玉木君は誰かが些細なことでも困っていたら手を貸してくれる一面を持っていることを僕は知っていた。


「本当に!? 玉木君が脚本を書いてくれるなら、クラスとしては大歓迎だよ!」


 玉木君の提案はクラスにとって渡りに船だった。


「あ、でも書けるとしたら恋愛ものだけになっちゃうんだけど大丈夫かな? 一応、ユッタっていうペンネームで小説サイトではそれなりには有名ではあるんだけど」


 自信なさげに言っている玉木君だけど、その内容は結構すごいんじゃないかと思う。


「え!? 玉木君ってあのユッタ先生だったの!?」


 田口さんが驚きつつも興奮気味に言った。


「玉木君って、そんなに有名なの?」


「有名も何も超有名だよ! 恋愛小説のランキングでは常に上位にいるからね! 書籍化してないのが不思議なくらいだよ!」


「田口さん、あまり大袈裟に言わないで……」


「おー! なら、玉木っち先生に脚本をお願いしようぜ! 田口が興奮するぐらいなんだから絶対面白いと思うんだよ! 皆もそれで良いよな!」


 田口さんの発言を玉木君が恥ずかしそうに弁明しようとした時、渉が横から割って入ってきてしまった。

 本人には悪気はないんだろうが、こういうところは少し気を付けた方が良いかもしれない。


「「「賛成ー!」」」


 渉の呼びかけに皆は声を揃えて言った。

 玉木君は少し肩を縮めてしまっていた。


「ごめん、渉がなかば強引に決めちゃったけど悪気があるわけじゃないんだ。それでなんだけど、玉木君さえ良ければ僕からも脚本を書いてくれるようにお願いしたいんだけどどうかな?」


「ボクの方こそ、皆の力になれるならよろしくお願いするよ」


 玉木君が照れくさそうに脚本を書くことを引き受けてくれた。


「ありがとう! 絶対にこの映画を成功させよう!」


「う、うん!」


 玉木君がこんなに意気込んだ声を聞いたのは初めてかもしれない。

 それを今ここで聞けて本当に良かったと思う。


「よし! 脚本は玉木っち先生に任せよう! それで役決めだけど、とりあえずヒロインは泰希だな!」


「おい、渉! 何で僕がヒロ――」


 バンッ!


 その時、教室の扉が勢いよく開いた。

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