第17話 ネジムの春

緊迫する国際情勢の中、三途の川から命からがら帰ってきたネジムだったが、傷が癒えると、ニャン生(人間でいうところの人生)はじまって以来の春を迎えていた。

「タミット、神殿の屋根は風通しが良くて涼しいにゃ」

「とても過ごしやすいみゃ。ネジムなら好きな時にいつでも遊びに来て良いみゃ」

 王の暗殺未遂事件以来すっかりラブラブになったネジムとタミット。あの日から固い絆で結ばれた二匹は毎日のようにデートを楽しんでいた。

 ネジムは今まさにこの世の春を謳歌していたのだ。

 バステト神殿の屋根に上った二匹の猫は、ピタリと寄り添って青い空にゆっくり流れる綿菓子のような雲を幸せそうに眺めた。

「ねー、ネジム」

 タミットがネジムの頬や耳の裏をグルーミングしながら話しかけた。

「にゃーに、タミット」

 ネジムは幸せで今にもとろけそうだ。

「あのね、町に遊びに連れていって欲しいみゃ」

「うん、いいよ。連れてってあげるにゃ」

「ほんと! 嬉しいみゃ」

「何処か行きたいところあるにゃ?」

「最近できたお洒落なスイーツ猫カフェにいきたいみゃ」

「ナイルの辺に出来たキャットパラダイスのカフェだにゃ」

「そう、それみゃ」

「じゃ今から行くにゃ」

「わぁ! 嬉しいみゃ」

 タミットは大喜び、ネジムに抱きついて彼の顔をペロペロ舐めた。

(とけてしまいそうにゃ。おいら最高に幸せにゃ)

 可愛いタミットにぞっこんのネジム。

 二匹はさっそく連れ立ってブバスティスの最も賑やかな繁華街にくりだした。

 

 ギリシア贔屓のイアフメス二世は観光誘致に力を入れ、特にギリシア人に対しては特別にフリー・パスポートを発行していた。そのためギリシアから沢山のギリシア人観光客がエジプトを訪れ、首都サイスやレオントポリス、ブバスティスといった街では、大勢の青い目をした金髪の男女が買い物やナイル・クルージングを楽しんでいた。 

 神殿を出たネジムとタミットはブバスティスの繁華街を通り抜け、クルーズ船が接岸するナイルの岸壁に向かった。


「あそこの小洒落たお店にゃ」

 ネジムがナイル沿いの窓が大きなお店を指差すと、

「キャ、ステキー」

 タミットは声を上げてはしゃいだ。

 最近出来た商業施設キャットパラダイスは人気の衣料品や雑貨、娯楽施設や飲食店までそろった猫専用の複合商業施設なのだ。

 ネジムとタミットは足取りも軽やかに施設に足を踏み入れ、すぐにお目当てのスイーツカフェを見つけるや早速お店に入った。

 お店の中はお昼時ともあって若い猫カップルの姿で溢れている。

 入り口にネジムとタミットの姿を見つけた三毛猫のウエイトレスは、すぐに二匹を一番見晴らしのいい窓際の席に案内した。

「どれも美味しそうみゃ」

 タミットがさっそくメニューを見ながら、青い目をキラキラさせた。 

「お昼ごはん食べるよネ!」

「うん、もちろん食べるにゃ」

「あたしはマグロのファラオ焼きにするみゃ」

「あ、それ最近ブームになっているにゃ」

「すっごく美味しいってみんな噂しているみゃ」

「じゃ、おいらはカツオのイシス焼きにするにゃ」

「わぁ! イシス焼き美味しいみゃ」

「半分こしようにゃ」

「わぁ! 嬉しいみゃ」

「スイーツは食後に決めようにゃ」

「みゃ!」

 料理が決まった二匹の猫はさっそくウエイトレスの三毛猫を呼んだ。


 ネジムとタミットがデートを楽しんでいる頃、人間界では大変なことが起きていた。

 地中海のエジプト領海内にペルシアの武装漁船がわざと領海侵犯したのだ。しかもエジプトの警備艇の忠告を再三無視して違法操業を続けたので、エジプトの警備艇とペルシアの武装漁船が戦闘状態になっ。当然その様子はエジプトの首都サイスの宮殿に逐一報告されていたが、もちろん近隣のギリシアはもとよりペルシアにもそのニュースは流れていた。

「王様! 我が軍の警備艇と領海侵犯したペルシアの漁船とが戦闘状態になり、ペルシア人船長を逮捕拘束したと海軍から報告が入りました」

「すぐに我が軍の正当性をギリシアに伝えるのだ」

 イアフメス二世は玉座から立ち上がると、総理大臣のブテハメンに指示した。

 王は同盟国のギリシアは当然エジプトを支持するものと思っていた。

 ところがギリシアは「ペルシア漁船とのトラブルはエジプトとペルシアの偶発的な事故なので政治問題に絡めるべきではなく、速やかにペルシア人船長を釈放して事態を穏便に解決すべきだ。この件に関してギリシアは干渉しない」と返事をしてきたのだ。

「なぜギリシアはエジプトを支持しない! ギリシアは同盟国ではないか!」

 イアフメス二世は激しく怒り、息子のプサムテク三世に、

「近いうちペルシアと戦争になる。サモス島のポリュクラテスにペルシアとの戦争に備えるよう使者を送ってくれ」

 そう指示すると、玉座に深く腰掛けため息をついた。


 緊迫する人間界の出来事なんてどこ吹く風と、相変わらず二匹の猫はナイルの辺のスイーツカフェでデートを楽しんでいた。

「タミット、デザートは何にするにゃ」

「そうね、あたしはホタテ風味ラメセスパフェにするみゃ」

「わぁ、美味しそうだにゃー」

「ネジムは決まったみゃ?」

「そうだにゃー、んーと、おいらは、チキンマグロミックス・スフィンクスパフェにゃ」

「舌を噛みそうな長いネーミングのパフェみゃ」

 タミットがクスッと笑う。

「われながら、よく舌を噛まないで言えたと自分に感心したにゃ」

 ネジムは照れくさそうに、足の爪で耳の後ろを掻き返事した。

 デザートが決まった二匹はさっそく三毛猫ウエイトレスに注文すると、ナイルの美しい景色を眺めた。

 窓の外には、夕日で真っ赤に染まったナイルが流れている。

 ネジムとタミットは頬を真っ赤にして見つめ合った。

 恋する二匹の猫は、優しく見つめ合ったまま軽く鼻を重ね合わせキスをした。そして、その夜、二匹の猫は永遠の愛で結ばれた。

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