第四章 怪奇!化け猫談義

第21話 怪猫、正体を現す

はぁ~、佑夏ちゃん、優しくていい子だなぁ~。


 佑夏と苺奈子ちゃんが二人共帰り、僕は一人で合氣道の木刀の手入れをしている。


 部屋には、ぽん太がいるだけだ。


(よう、ジンスケ。恋の病に浸ってるとこ悪いがよ。お前、いい加減、オレの正体に氣付いてもいいんじゃないのか?)


 な!?まただ!悪霊?の声がする。


 僕は立ち上がり、木刀を脇に締めて、八相に構える。

 これは、「暴れまくり将軍」の殺陣の構え。


 あの時代劇でも使われるように、この構えは狭い室内戦で、どの方向からの攻撃にも対応できる万能型。


 木刀とはいえ、剣には邪を祓う力がある。

 悪霊にも有効なはずだ。


「何者だ?姿を見せろ。なぜ俺につきまとう?」

 カッコつけて、ついつい時代劇調の口調になってしまっているな。


(姿を見せろ、だ?さっきから目の前にいるじゃねえか?どこに目ぇ付けてんだよ?)


「何?」


 部屋には、やはり、ぽん太がいるだけ。

 このデブ猫は、お腹を見せながら、右に左にでんぐり返っている。

 他に誰の気配も無い。


(おいおい!まだ分からねえのか?ニャハハハ!)


 ニャハハハ?な!?まさか!?


「ぽん太.......?お前か?」


 ぽん太はジャンプして、大きく跳ね起き

(おうよ!このオレ様よ!)


 な?な?な?


(ニャハハハ!本当に今の今まで氣づかなかったのかよ?ジンスケ、お前、本当に武術家か!?)


 怪猫・ぽん太の高笑いが頭の中に直接、響いてくるのだった。


一年前から聞こえていた男の声の正体は、ぽん太!?なんかまだ、信じられない。


(ニャハハハ!呆然としてんなジンスケ。まあ、オレの話を聞け。佑夏に惚れたんだろ?なら、お前には聞くギムがある。)


「ぽん太、本当にお前なのか?」


(おっと、わざわざ声に出さなくてもいいぜ。ジンスケの思考は全てオレに伝わるんだ。

 オレは接触した人間の思考を辿れるのさ。翠の思考を辿って、お前のことは会う前から分かっていた。)


 僕は、木刀を下げ、ぽん太の前に腰を降ろす。


(そんなにジロジロ見られると照れるがよ。お前なら、正体を明かしても叩き出されねぇと思ってたぜ。

 佑夏のダンナにゃ相応しいな。)


 え?


(ニャハハハ!ドキッとしたか?言ったろう?お前の思考は全てオレに伝わる。隠し事はできねえ。)


 そして、ぽん太は大きく伸びをして

(まず、オレの年齢を教えてやる。オレは昭和11年生まれ。今、87歳だ。)


「何!?87歳!?どういうことだ!?」


(オレの時間は78年前から止まったままだ。イヤ、止まったままだった、と言った方が正しい。

 オレはお前のおかげで、元の時間を取り戻すことができた。礼を言うぜ、ジンスケ。)


 ??????


(ニャハハハ!何が何だか分からねえってツラしてるな。順を追って説明してやる。)


 本当にどうなってるんだ?


(オレは昭和11年に、潮騒市で生まれた。農耕用の牛や馬を飼ってた農家の牛小屋でな。)


 潮騒市。

 ここから、車で一時間。海沿いの町。


(その農家のご一家は、それはオレを大事に可愛がってくれた。そして、オレはある日、天から特別な力を授かる。

 お前たち人間が、”猫又”と呼ぶ存在になったのさ。)


 猫又.......?


「猫又だと?」

 妖怪のことなのか?


(今、オレのことを妖怪だと思ったな?そうも言えなくないが、猫又など無害なものさ。)


 ぽん太の、ヨリ目はにこやかだ。

 良くみると、ちょっと可愛らしい氣もする。佑夏の言う通り。


(オレをカワイイだ?ありがとよ。それで猫又なんだが。)


 本当に思考を読まれている。


(主人から深い寵愛をもらった猫は、ごくまれに猫又に変化することがある。飼い主を守るためにな。)


 ぽん太コイツ、なんか「不思議の国のアリス」のチェシャ猫にキャラが似てるな。


(おう、そうだ!あれも猫又の一種だよ。人語を理解し、知性を持ち、今、こうしてジンスケと話してるように、人と対話ができる。)


 なぜか、少しも氣味悪くなく、怖くもない。


 僕はクスッと吹き出してしまい、ぽん太に聞く。

(それで、お前、空を飛んだりできるのか?)


(ニャハハハ!オレには無理だ。能力の高い猫又には、そういうことできる奴もいるがな。浮世絵なんかに残っているだろう?だが、オレの能力ちからは、接触した人間の思考を読むこと、もう一つは予知能力だ。完全じゃねえがな。)


 さらに、ぽん太は後足で顔を掻きながら

(猫又はほとんど大抵、猫又に変化したことさえ知られずに、普通の猫として一生を終える。

 別に不老不死の化け物じゃねえ。)


「じゃあ、なんで、ぽん太は87歳なんだ?」


(そこよ。まあ、聞けジンスケ。)


ぽん太は少し、もったいつけて

(猫又の寿命は、普通の猫と、なんら変わらねえ。だが、一つ例外がある。


 それは、主人を他人に殺された時だ。


 主人を殺された猫又は、仇討の為、「不老」の体になる。

 飼い主の仇を取るまで、死ぬことは許されなくなるのさ。


 でもな、「不死」じゃねえ、ただの「不老」なだけだ。


 首を飛ばされたり、体を潰されたりすれば、お陀仏なんだ。

 肉体に再生能力がある訳じゃねえから、痛みだって感じる。

 手足を切られれば、また生えたりもしねえ。


 鍋島家の化け猫の話は知っているか?

 おう、そうだ。さすが、武術家だな、詳しいじゃねえか。


 江戸時代の初期、九州の佐賀藩で、主人を殺された三毛猫が、人間の女に化けて、仇に復讐していった。


 仇討まで、あと一歩のところまでいったが、家来の一人に槍で突かれ、その三毛猫は命を落とす。


 あれは、人間にただのお伽話にされちゃいるが、全部、本当にあった話だ。


 江戸で歌舞伎の題目になってたのに、佐賀藩が必死になって抗議して止めさせたのが、その証拠だよ。


 そして、オレは仇を討てなかった。


 なにしろ、ご主人様の仇は、太平洋の向こうにいたんだからな。


 忘れもしねえ、昭和20年の夏。


 アメリカの爆撃機の空襲で、オレはご主人様のご家族を全て全員、失った。)








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