第16話 密林に届く調べ

 早いもので、大学の一年目も、もう11月になる。


 冬の味覚である、県の特産品の牡蠣が旬を迎えつつある頃だ。


 プリプリした食感の牡蠣は、僕も大好物で、地元なら良品が安く手に入る。


 山脈から木枯らしが吹き下ろし、葉の落ちた街路樹や電線にヒューヒューと寂し気な音を立てる。


 佑夏と初めてデートらしきものをしたのは、このあたりだ。


 既に、彼女の卒論のテーマがアラン、ヒルティ、ラッセルの「三大幸福論」であるとは聞いている。


 すごいな~、一年の今の内に決めているなんて、よほど好きなんだろう。


 最初は、「幸福」と聞いて、例の宗教団体を想像し、ドキドキしてしまったが、佑夏には怪しげところなど少しも無く、宗教の話など、これっぽちもしない彼女を疑う理由は無い。


 デートというか、なんというか、そんなこの子と一緒に行ったのは、イギリス人男性アーティストのコンサート。


 音楽にあまり興味の無い僕が、なぜかこの40代のアーティストだけは好きで、嫌だった中学時代からこの人の曲が心の支えになっている。


 人気のアーティストで、チケットは取りにくいが、大学の同級生が取ってくれた。

 名は須藤竜矢すどうたつや、バイト仲間でもある彼はこういった方面にツテがあるのである。


 むむ!頼んでもいないのに、須藤は「誰か誘え」と言って、チケットを二枚手配してしまう。

 ありがたいが、オイオイ!


 エエイ、ダメ元!いつものように、ぽん太のブラッシングをしている佑夏に

「佑夏ちゃん、このコンサート、一緒に行ってくれない?」


 ところが、いたって簡単に

「私でいいの?ありがと~!」

 言ってみるもんだな。


 しかしな~、僕とデートしたい訳じゃなく、アーティスト目当てなんだろうけど。

 でも、いーや。


 そんな訳で、僕と佑夏、須藤と彼の彼女の四人で行くことに。


 このアーティストは、南米アマゾンの森林伐採に反対するキャンペーンで、アマゾンインディオの酋長と共に、世界中を回っており、日本も訪問地の一つ。


 佑夏はそれを知っていて、教育大生らしく地球環境の問題に、興味津々だったものだ。


 県内の野鳥サンクチュアリに白鳥が飛来する頃。


 胸ドキのコンサート当日。


 信じられないな~、ずっと観たかった憧れのアーティストを、佑夏ちゃんみたいなカワイイ子と観れるなんて。


 その日、須藤達とは現地で合流することになっており、僕は姫と会場に向かう。


 僕達が会場に着いた時間は開演にはずっと早く、まだ客の入場さえ始まっておらず、併設の公園のベンチに座り、ロングコートに身を包んだ佑夏と、このアーティストについて、色々とお話をする。


 ん~、少しでも、この子と一緒にいたくて、時間を早めた訳じゃないんだけど。

 おかげで、いっぱい話ができるな、ハハハ!


「俺、この歌手、中学ン時から好きでさ~。いつか生で観たいと思ってたんだ。」


「良かったね~☆私も、すごくワクワクしてきたな♡」

 ニコニコ顔の佑夏。雪のように白い肌に寒さで赤みがさしている。

 いつ見ても、綺麗な肌だ。


「アマゾンの熱帯雨林の伐採反対を呼び掛けて、世界中回っててさ。

 そういう社会活動もしてる人なんだよ。」


「え?そうなの?素敵ね~。」

 いつもの白い巻き貝の髪飾りを、今日もしている。


 夏だけのアクセサリーかと思ったが、冬になっても似合う。

 夏とは、また違った美しさに見えてしまうよ、佑夏ちゃん。


「アマゾンのインディオの酋長と一緒なんだ。

 酋長は、民族衣装そのまま着て記者会見してね。」


「ふ~ん。」

 佑夏の目が真剣になる。


 僕は、環境問題の話をするのが大好きである。


 教育大生である佑夏も、こういった話には強い興味を持ってくれるのが嬉しい。


 心地よくて、ついつい熱弁を振るってしまう僕である。

「この人さ~、アマゾンのジャングルで一週間、本当にインディオの人達と暮らしてみたんだってさ。」


「ええ~!?スゴ~い!」

 仰天する佑夏。


 コレコレ、この反応!最高だ!

 自分がインディオの村に行った訳でもないのに、僕はヒーローになったような氣分になってしまう。


「それでさ~、森林が無くなっていって、インディオの人達が苦しんだり、野生動物が滅んでいくのを見て、何とかしなきゃと思ったんだって。

 フランスの大統領や、ローマ法王にも、直接会ったらしいね。」


「カッコいい!」

 ポワポワ、うっとり顔の佑夏。

 残念ながら、僕じゃなくて、このアーティストに。


「そうそう、カッコいいよね!

 ずいぶん、色んなとこから脅されたそうだけどね。殺してやるって! 」


「環境破壊で、お金儲けしてる人達から?」


「うん。だけど負けなかったんだ。チャリティーコンサートやって、寄付金もすごく集めてさ。

 ホントにカッコいいよ!」


 ブラジル政府は、彼と行動を共にしたインディオの居住区を国定保護区に指定した。


「あとさ~。ライフスタイルもいいんだよね。

 大スターなのに、ボディーガードも運転手もつけなくて。

 自然の中でシンプルに暮らしてるんだよ。」


 入場ゲートが開く。


 僕達は席につき、まだ来ない須藤達を待つことに。


 コートを脱いだ佑夏を一目見て............。


 どひゃー!!っと危うく声を出してしまいそうになる。


 なんちゅースタイルの良さじゃー!!!信じられん!!!


 初めて見る佑夏のフォーマルスーツ、タイトミニ姿。


 スカートからスラリと伸びた足(季節柄、生足ではないが)から目が離れん!!だってコレ、男なら仕方ないって!!!


 今まで、フレアータイプのロングスカートが多かったから、氣付かなんだ~!うかつじゃ~!!!


 欲情(してない!してない!してないってば!)を隠す為、懸命に真面目な話題で、僕は佑夏に話かける。


「この人さ、田舎暮らしなんだよ。ロンドンから160㎞離れた田園地帯にある、16世紀に建てられた古い大きい屋敷で暮らしてて。敷地が広くてさ~、森や牧場になってるんだ。」


「え~?そういうの、いいね~!何だか、動物もいっぱいいそう。」

 多分、経済学部の女子大生だったら、こんなにニコニコして、こういう話は聞いてくれないと思う。

 僕にとって、佑夏は最高の聞き手。


「うん、いっぱいいるよ。この人、自然と動物が好きなんだ。犬、ヤギ、羊、アヒル、それと馬。広い敷地で犬と散歩して、乗馬してる。」


「あ~!好きなことが、中原くんと同じなのね。」


「そうなんだよ!英国庭園になってる公園みたいな敷地は、無料で一般開放してて、普通の家族連れなんかが、遊びにくるんだ。子供の笑い声が好きなんだって。」


「素敵ね~!ますます、中原くんにピッタリなんだ。」


「そうなんだよ。だから、俺、あんまり音楽に興味無いんだけど、この人の曲は合うんだと思う。」


 須藤達はまだ来ない。

 しかし、すっかり佑夏と盛り上がってしまっている。


「スタジオの雰囲気が嫌いでね。」

 なんか、本人みたいに、僕はつい言ってしまう。


「レコーディングもこの屋敷でやるんだよ。動物達と子供達の遊んでる姿を見ながらするのが好きなんだ。

 それが、曲にも生きてくるね。録音が終われば、機材は撤去してしまう。」


 佑夏は、すっかり感激し、目が輝いている。

「どんな音楽なんだろ?中原くん、ありがと~!」


 やがて、須藤達も現れ、開演。


 僕達は最高の二時間を過ごす。


 最初のデートが二人きりでなく、ダブルデートだったのは大正解で、四人で連帯感満点で仲良く盛り上がった。


 間違いなく、生涯、忘れられない一夜。


 帰り道、元より社交性のある佑夏は、須藤の彼女と楽しそうに談笑してたな。


 翌日、バイト先のカフェで、須藤に聞かれる。

「昨日の子、誰だよ?めっちゃカワイイじゃね~か!?」


「動物ボランティアの人だよ。保護猫の世話、手伝ってくれる。」

 だけど、またこのアーティストのコンサートに行きたい。

 もちろん、佑夏と。


 彼女も「カッコよかった~!!!♡」と絶賛してたし。


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