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「クアイヴァーミン、ラシーヌを読みにきたよ。入れて。『ベレニス』が手に入ったんだろ。ねえ、入れてよ」


 カーマフアレレが引っ越してきたのは、僕がまだ十四かそこらだったときのこと。家が隣同士だったということもあり、仲良くなるのは早かった。きっといっとう相性が良かったんだと思う。他にも何人か友達はいたのだけれど、気付いたときには残ってくれていたのはカーマフアレレだけだったから。


「ちょっと待っててね、カーマフアレレ。今開けるから。そんなごんごんしないで。ノックはもう十分だから」


 僕らはよく一緒に本を読んだ。彼が僕の家を訪ねてきたり、逆に僕が訪ねたり。そこで僕らは長いこと喋りながら、頭を突き合わせて頁を眺める。少し塩っぽさの混じった、何でもない、人間の薄い臭いがして、それが心地よかった。


「クアイヴァーミン」


 カーマフアレレがごろりとベッドに横になって、僕の方を見上げた。短く刈り込まれた髪。垢抜けない、朴訥そうな少年の顔。側にいて何も考えなくていい、純粋に君と遊ぶことを楽しみにできる、僕の友達。彼の瞳には、僕はどう見えているだろうか。何でもない、気安い友人に見えているといいな。


「おれさ、詩人になるよ。この国の歴史を変えてしまえるような、すごい詩人に」


「僕も」と躊躇いながら僕は口にした。「君に負けないようなものを書けるひとになりたい」そう言ってはにかむと、カーマフアレレは機嫌が良さそうに笑う。


 たった一、二年ほどの短い時間だったけれど、僕らは確かに共有したのだ。まるで魂の双子のように、触れ合わずとも心に触れ合った時期があった。それからの文通がまるで空虚に思えるほどの、それでいて穏やかな歓楽と青春が。君が詩集を出す度に何度も何度も読み返した。あの日々の続きを夢見ながら。


 だからこそ、カーマフアレレが死んだと聞いたとき、僕は足元から世界が崩れていくような感覚を覚えた。四十七歳。はやすぎる、と思った。同時に、彼が偶像の詩人として燃え盛らせた命は、ここが限界だったのだとも感じた。


 僕がこれを知ったときにはもう、彼の遺体は弟子たちによって剥製にされていた。

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