魔女が好きな勇者

栗眼鏡

3650と1回目

大きな大木たいぼくを切り抜いて作られた魔女のアトリエ。

机に頬づいて本をめくる魔女と、そんな彼女に花を差し出す勇者がそこにはいた。

勇者は言う。

「好きです付き合ってください」

「お断りします」

3650と1回目の告白は失敗に終わった。

「あなたもりないわね。何回告白してきても無駄よ」

「えー、今日こそイケると思ったのにな」

「馬鹿ね。10年もこんな女に告白し続けるなんて」

「仕方ないじゃないですか。好きなんですから」

「はいはい。あなたが私のことを好きだってことはもう十分わかったから」

「違います。好きじゃなくて好きです。『だい』ってのが大事なんです」

「ほんっとうに馬鹿ね。世界を救った勇者なんだから大人しくお姫様と結婚すればいいのに」

「いやぁ、王族の仲間入りとか肩凝かたこって早死にしそうなんで。それよりも僕は魔女さんと幸せに長生きしたいです」

「王族が嫌なら仲間の女戦士とか女僧侶でも良いじゃない。他にも花屋の娘とか酒屋の女店主とか…そういえば、盗賊のおじょうさんからもアプローチされてたわね」

「まぁ、一応告白はされましたけど……」

魔女は読んでた本を閉じ勇者の頭にゴンッと置く。

「痛いです魔女さん」

「蚊がいたのよ」

「もしかして、怒ってる?」

「怒ってないわよ。10年も私に告白しときながら、他の女ともイチャコラしてた程度じゃ私は怒らないわよ」

「やっぱ怒ってるじゃないですか」

ゴンッ

「痛いです。」

「蚊がいたのよ」

「嫉妬してるんですか?」

ゴンッ

「…魔女さん」

「蚊がいたのよ」

「大丈夫ですよ。全部断りましたから」

「…そ。別に、勇者がどんな女と付き合おうがキスしようがセックスしようが私は気になしないから。好きにしなさい」

「じゃぁ僕は魔女さんと付き合いたいなぁ」

「いやよ。他の女にしなさい」

「えぇぇ」

魔女は閉じた本を本棚に戻すために脚立きゃたつのぼる。

ささえましょうか?」

「遠慮しとくわ。どさくさに紛れて変なとこ触ってきそうだし」

「魔女さんに嫌われるようなことはしませんよ。僕は」

「毎日告白しにくるくせに」

「それは不可抗力。魅力的みりょくてきぎる魔女さんがいけない」

魔女は脚立を勇者から離れたとこに設置しなおす。

「支えはいらないわ。不可抗力を言い訳に触られそうだから」

「そんなぁ、もっと信頼してくださいよ」

「毎日告白してくる不審者を信頼なんかできないわよ」

「あのぉ、これでも僕勇者なんですけど」

「女神様が寝ぼけていたのね。そうでもないとありえないわ」

「さすがに酷くありません?」

「なら勇者らしく私をいさぎく諦めなさい」

「そこは勇者らしく諦めずに立ち向かいます」

「…ハァ。ほんとに馬鹿。私がどんな存在か知ってるでしょ?」

魔女は読んでいた本を本棚に仕舞しまうと近くにあったもう一冊を抜き取った。

タイトルは『の呪い』。

「まぁ、10年も近くに居ればある程度」

「ほんとに?私は、わるいわるい――――」

魔女の言葉に勇者がかぶせる。

「魔女さんは世界一魅力的で可愛い女性ですよね」

「は?」

めずらしく魔女から頓狂とんきょうな声が出た。

「長くて少し紫がかった綺麗きれいな髪。健康的でもちもちの肌。つややかな大きな瞳。可愛くぷっくらしたくちびる。長いまつ毛に整えられたまゆ。」

勇者はうたでも歌うようにペラペラと語り出す。

「髪をかき上げた時に見える白いうなじ。細いけど良く鍛えられている手足。手入れの行き届いた爪。すれ違った時にかおる花の匂い。」

「ちょっ、何言ってるのよ⁈」

「あ!見た目のことばっか言ってましたね。もちろん中身もとても素敵です。嫉妬しっとの仕方が素直じゃなくて可愛いし。好きなことをしてる時のキラキラしたオーラは微笑ほほえましいし。嫌いな野菜をこっそりはじに寄せるのとか子供っぽくて萌えますし。集中すると目の前に夢中になるとこは羨ましいと思ってます。他にも愛情表現が下手くそなとことか。子供嫌いな振りして実はめっちゃ子供好きなとことか。あとは…………」

「もう!もういいから!」

いつのまにか脚立から降りた魔女は勇者の口を両手で塞ぐ。

「照れると耳が赤くなるとこも好きで、ひゅ!」

魔女の手が勇者の首を絞める。

「それ以上喋ったら殺す」

「…………はっ、はい」

魔女の手が勇者の首からそっと離れる。

「まじめな話。あなた私がいくつか知ってるの?」

「魔女さんは世界に一人です。こんな魅力的な人ほかに居ません」

「バカ。歳の話よ」

「さぁ?僕より年上としか」

「1098よ」

「なるほど。どうりで大人の余裕があるんですね」

「バカにしてるの?」

魔女の語気が強くなっていた。

「してません。本気でそう思ってます。」

勇者は即答だった。

「歳とかはあまり気にしませんよ。僕ももう28ですから。さすがに若者を名乗れる歳じゃなくなってきましたし」

「そう言う話じゃないわよ。私は1000年も生きてきた化け物よ?世界を救った勇者の伴侶がこんな化け物で良いわけがない」

「魔女さん。魔女さんは化け物じゃないです。魔女さんは僕の大好きな世界一魅力的な女性です。『勇者』なんて化け物と10年も一緒に居てくれた世界一優しくて素敵な女性です」

魔女は勇者に背を向け、壁に立てかけられたかわかばんを手に取った。

「あなた。明日もここに来るの?」

「もちろんです」

「明後日も、明々後日しあさっても?」

「一週間後も一か月後も来ますよ。来年には一緒に住んでることを目標にしてます」

「本当に馬鹿ね。……いいわ、あなたがそこまで意地を張るなら私がここから出ていく」

「え?」

「本を読む生活にも飽きてきた頃なのよ。あなたが死ぬまで100年くらい旅をするわ」

「なら僕も旅の用意をしてくるので、ちょっと待ってて下さい」

「なんであなたがついてくるのよ」

「魔女さん可愛いから、変な虫がつかないように護衛ごえいをしようかと」

「あなた王様に勇者のちから取られたんでしょ?いったい何ができるのよ」

「魔女さんに毎日愛を伝えて、魔女さんを幸せにできます。それに、勇者の力が無くてもそこらの兵士よりは強いですよ僕」

「あぁもう。勝手にしなさい。どうせ何言っても付いてくるんでしょ?」

「はい。勝手についていきます」

「もう。ほんっとうに馬鹿な人」

「そういえば魔女さん」

「今度は何?」

「好きです」

「はいはい。もうわかったから、早く支度してきなさい。」


魔女と勇者の旅は始まった。

勇者は魔女といるため。

魔女は勇者を諦めさせるため。

『魔女』が好きな『勇者』

その気持ちが伝わるまで旅は終わらない。

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