第18話

「怪異の目撃情報だ。目を通しておけ」


 赤サソリの襲撃から数日経った頃、ユザレからの報告書を事務机の上に滑らせて、坂口が云った。

 東京郊外の向島の吾妻橋から少し上流にある化け物屋敷、別名を”蟲屋敷”と呼ばれる大きな屋敷にある壊れた土蔵では、殺された女性の無念がジョロウグモと成って、夜な夜な土蔵から這い出ては殺した男を求めて屋敷の中をさ迷い歩いているという。

 女が出会えば何もないが、男が出会えばたちまちのうちに殺されて、土蔵に引きずり込まれて腸から食われてしまうのだ。と、荒唐無稽な噂が帝都東京の各所でにわかに広がっていた。


『ありがちな怪談話って感じじゃのう』


「だが、付近で怪しい黒ずくめの男が目撃されている。赤サソリと関連があるかもしれん、注意しろ」


「わかりました。例の女性に関しては」


 わずかに心配が滲んだ声で、凛之助が聞いた。向島と云えば浅草からほど近いところにある土地である。外国人女性の噂があるのも浅草であることから、何らかの関係があったとしてもおかしくはない。


「ああ。浅草のほうで聞き込みをしたが、私娼窟のほうでそれらしい女を見た輩が何人かいるらしい。ただ妙なのが、追いかけるといつの間にかすっかり姿を見失っちまうそうでな」


「根城付近に人払いの結界を張っているのでしょう」


『人の目を誤魔化すのは、後ろ暗いことがある証拠なのじゃ!』


 抜け目なく、油断ない女だ。またあの女性が事件の証拠を奪いに来るとなれば確実に戦闘になる。あの時に感じた悪寒は、まだ凛之助の腹の奥底でく燻っている。自身と同等かそれ以上の霊力を持つ女性だ、戦うとなればひと筋縄ではいかないだろう。


「それから宇宙神秘教のことなんだがな、どうもきな臭い繋がりが見えるぜ」


「何かわかったのですか」


「活動資金の出所がよ、不明なんだ」


 坂口がもう一枚の資料を机に滑らせる。書かれているのは宇宙神秘教が行った講演会や慈善活動、さらには信者たちと旅行などの多岐にわたる活動報告で、最後には"推定金額三六四円"とあった。


「宇宙神秘教の活動とそれにかかったであろう金の推定額だ。おかしいと思わねえか? 名無しの新興宗教がこんなに金を持ってるなんてよ」


「あの金属片を売って稼いでいる……それだけでは、説明できない額ですね」


「アレが外道師共にもっと出回ってるってなら納得できるんだが、赤サソリ以降はどうもそういうわけでもなし。いくら信者からの布施があるったってこいつはちと異様だぜ」


 外道師が隠れ蓑に作った組織だとしてもこの量の金を用意するのは並大抵の努力ではできない。麻薬や武器の密売など重大な犯罪に手を染めていなければ不可能だ。

 やはりこの宗教、何かとてつもない裏がある。


「それで、どうすんだ?」


 肩を竦めた坂口が問いかけると、凛之助は外套を翻して云った。


「今日にも現場へ行ってまいります。怪異が人に害を成すのを、黙って見過ごすわけにはいきません。それに、また例の金属片と女性が出てくる可能性もあります。赤サソリの件もありますし、これ以上も言葉幸子様に不安を与えぬよう、早急な調査が必要でしょう」


『うむ! 善は急げ、思い立ったが吉日じゃ!』


「……ったく、ガキのくせに生き急ぎすぎだぜ」


 心配とも、呆れともつかない溜め息を吐く坂口の心情など露知らず、凛之助は自身の部屋に引っ込むと支度を始める。怪異もだが、外国人女性の襲撃にも備えなければならない。相手がどの属性を得意としているのかわからないため、念を入れて各属性の呪符を五枚ずつ多めに持っていく。これだけあればどの属性だろうとある程度以上の対応ができる。

 あとはいつもの装備を身に着ければ、これで準備は完了だ。


「では、行ってまいります」


『行ってくるのじゃ!』


「前みてえにケガすんじゃねえぞ」


 ぶっきらぼうな中に微かな心配の滲んだ坂口の声を背に外へと出る。すると、丁度隣の部屋から出てきた幸子が、凛之助の姿を見つけてパッと顔を明るくした。


「こんにちは、凛之助様。これからお出かけですか?」


「はい。任務に行って参ります。自分が出ても、護衛の陰陽師は常に照郭楼の周囲に展開していますので、どうかご安心ください」


 ぱたぱたと駆け寄ってきた幸子に、凛之助は柔らかい表情で答えた。


(この感情は、この気持ちはなんだ?)


 そして、それを自覚して内心愕然とした。

 繋がりを失えば、人は弱くなる。繋がりが人を弱くする。ゆえに、強くあるためには孤高でなければならない。自分には戌子さえいれば良い。彼女さえ、唯一無二の家族さえいれば、他には何もいらない。

 それが、凛之助の気持ちだった。そのはずだったのに。

 不可解な感情に惑乱して、見ないふりをするしかできなかった。


「そう、なんですか……」


 任務と聞いて不安そうな顔をした幸子は、ふと思いついた顔をして、制服のポケットから小さな御守りを取り出した。


「これは」


「私が作った御守りです。きっと凛乃助様を守ってくれるはずですよ」


「そんな、受け取れません。もし、壊してしまったら……」


「はい。なので壊さないように、必ず帰ってきてください。おまじない、です」


 視線を泳がせる凛乃助の手を取って、幸子がそっとお守りを握らせる。細くしなやかな指先が、彼の手を包み込んだ。


「いってらっしゃい、凛之助”さん”」


 少しだけ踏み込んだ呼び方をされて、胸の奥がぽかぽかする奇妙な感覚に戸惑いを覚えてしまう。御師に頭を撫でられた時とは違う不思議な気持ちを、凛乃助はどう形容したらいいのかわからなかった。

 自身の中に生じた新たな感情の芽生えを自覚するには、彼の情緒はまだ幼かった。


「……行って、まいります。幸子”さん”」


 絞り出した声でそれだけを返して、凛之助は足早にその場を後にした。動揺を彼女に見せたくなかった。幸子は、彼の背中が遠くなるまでずっと彼を見つめていた。


 怪異が出現する下地が、ここにはあった。

 向島にある化け物屋敷は、地元の住人曰く、かつて妄執に取り憑かれた狂人の男の住処だったそうだ。

 壊れた土堀や生垣に囲まれた旧式の日本家屋で、住むに堪えないほど荒れ古びたボロボロの母屋に、雑草の茂る広い庭の中央には壁の落ちた土蔵があるのだが、この土蔵に狂人は様々な蒐集物──それは異端の宗教の古書物であったり、すでに信仰無き邪神の像であったり、怪しげな革で作られたお面であったり──が納められていたという。

 特に狂人が気に入っていたのが、小学生の頃に好きな女子が使い古して短くなった鉛筆である。狂人の男はこの鉛筆を後生大事に信仰し、ついに成長して女優となった女子と再会を果たすと、この土蔵に連れ込んで殺してしまったのだった。

 しかし彼の物語はここで終わらない。男は女の死体を永遠のものにしたいと思った。美しいものを美しいままに保存して、土蔵に飾りたいと思ったのだ。だが残念なことに、彼には知識がなかった。死体を保存する知識である。かろうじて首筋からホルマリンを注射したら良い、程度のことしかなかった彼は、当然ながら死体の防腐処理に失敗した。

 死体には蟲が湧いた。九相図に記されたが如く、大量の蟲たちが死体を食い荒らした。男は死体が蟲に食われるのが我慢ならなかった。何とか蟲を払おうとあがきにあがき、死体の腸をすっかり搔き出してしまった。搔き出された腸は古井戸に捨てられ、ひどい悪臭を放ち、それがまた蟲をおびき寄せることになる。

 やがて蟲は男の精神までをも食らい犯した。男はこの世のすべてが蟲で構成されている幻覚を見るようになる。そのうち悍ましい光景に耐えられなくなった彼は、何を思ったか、女の死体に顔を突っ込みそのまま飲まず食わずで息絶えてしまったのだった。

 ゆえに、この屋敷は”蟲屋敷”と云われていた。


(邪念を捨てろ、凛之助。今はあの人のことを忘れるんだ……)


 無意識に胸ポケットに入れた御守りに触れる。脳裏に浮かんだ幸子の笑顔を振り払って、凛之助は腐り朽ち果てた木造の門を潜り抜けて屋敷に足を踏み入れた。

 まず最初に感じたのは無数の何かがざわざわと蠢いている気配だった。それは、おそらく蟲たちのざわめきだった。


「陰流・巡風泰統(しゅんぷうたいとう)浄剋界」


 懐から呪符六枚を取り出し、まずは結界術を発動する。紺碧の輝きを放ちながら散らばった六枚の呪符が、屋敷を覆う巨大な結界を作り出し、木の属性に染め上げていく。

 ひとまずはこれで、土の属性には有利な状況が作れた。怪異が土の属性であるならば、大きく弱体化していることだろう。

 眼鏡をはずして周囲を警戒しつつ、薄靄に煙る屋敷の中へ進んでいく。

 苔生した石畳の道を踏みしめて、まずは母屋に向かった。

 腐って建付けの悪くなった引き戸を蹴り壊して母屋にはいると、埃と黴の匂いが舞い上がり花を刺激する。奥へと進んでいくと荒れ果てた内部が姿を現した。


『なんじゃここは!? 蟲だらけではないか!』


 蟲屋敷の名に相応しく、どこを見ても蟲の住処になっている母屋に、戌子が悲鳴を上げる。

 壁紙は剥がれて蟲たちの巣になり、蛆の湧く腐った畳のひどい臭いがいっそう強く立ち上る。窓には無数の蜘蛛の巣が張られ、柱の中では白アリたちが住みつき嘴で木を食んでいる。放置された釜や米櫃には、蟲毒めいて蟲が集っていた。

 母屋のありとあらゆるところに蟲が湧いていて、ざわざわと音を立ててはこちらを見ている。狂人の男が見ていた幻覚とはこのようなものなのかもしれない。悍ましく、忌まわしく、呪わしく、狂気に満ちた景色だ。


(外道師の痕跡でも残っていればいいが、そううまくはいかなそうだな)


 あまりにも淀み濁った不愉快な空気に、凛之助は思わず眉をしかめて袖で鼻を覆う。軽く内部を改めてみたが、めぼしいものはない。


『うぇええ……背筋がゾゾゾ~ってするのじゃ……』


「怪異の影響かもしれない。早めに外へ出よう」


『そ、それがいいのじゃ! こんなところにずっといたら、お毛々に蟲がはいり込んでしまうのじゃ!』


 母屋の調査を切り上げて中庭に出ると、唐突と云うしかないほど突然に、騒音がふたりの耳をつんざいた。


『ほぎゃあ!? こ、今度は何なのじゃ!?』


「……蝿だ」


 音の正体に気が付いた凛之助が、拳銃を抜きながら答えた。 

 それは蝿音だった。侵入者に気が付いて一斉に飛び上がったのだろう。中庭の土蔵を中心に大量の蝿が黒い渦となって、轟々と羽音を響かせながら群がっているのだ。気味の悪い光景だ、鳥肌が立って止まらない。


『ひぃい……なんちゅう場所じゃあ……! わしぁこれまでこんなひどい場所は見たことがないのじゃ……恐ろしい、恐ろしいのじゃあ……!』


「怪異がここを根城にしている証拠だ。気を引き締めろ、戌子」


 邪悪な霊力で土蔵が真っ赤に光って見える。怪異の禍々しい紫色の残滓も見える。噂通り、怪異の住処はここのようだ。

 凛之助は身を屈めてゆっくりと、蝿の渦の中を掻き分けながら土蔵に近づき、ついにその入り口の大扉に手をかけた。

 腐り落ちかけた大きな樫の扉は、無気味なことには、ひとつの軋みもあげずに開いた。

 土蔵の中は真っ暗で何も見えない。唯一ある行使のついた窓には板が貼られていて、ただでさえ暗い室内をさらに暗くしている

 手持ちの機関ペンライトで照らしてみると、狂人の男が収集したであろう様々な品が、蟲に食われた状態で放置されていた。書物は半分以上が色あせ朽ちて読むこともできない。邪神像は白アリに食われて顔がなく、お面に至っては半分以上が欠けている。

 各所に備え付けられた機関ランプは、どれも大量の蟲の抜け殻が張り付いていて、天井を見やれば大きな蜘蛛の巣がいくつも張り巡らされていた。地面では無数の蟲が這いずり回って、強烈に不快な音を出している。

 女が殺されたのは、土蔵の二階部分だと云う。土蔵の右端、蟲に食われボロボロに朽ちた木の階段を上がった先に、件の怪異がいる。


「行くぞ」


『うぅ……こりゃ気が滅入るのじゃ……』


 いつ崩れるともわからない階段を、凛之助は慎重に登っていく。小さな足場を踏む度に階段全体がミシミシと嫌な音を立ててたわみ、木屑と中に潜んでいた蟲を振り落としていった。なんとか二階部分まで登り切った頃には、階段はもうほとんど崩れかけていた。


「……いない?」


 二階部分を照らして見回す。しかし木目の床に大きな黒いシミがある以外に、二階部分には何もなかった。外道師の痕跡も、怪異が根城にしていた痕跡もない。

 そして、蟲の一匹さえも。


(……まさか!)


 ハッと凛之助が振り向き、天井を見上げる。

 直後。


「なっ!?」


『凛之助!?』


 白く輝く蜘蛛の糸が凛之助の足に絡みつき、彼を瞬く間に宙吊りにしてしまった。すわ何奴か、いやみなまで云うまい。正体はわかりきっている。

 怪異! 

 暗闇の中から現れたそれは、蜘蛛の身体に驚くほど見目美しい女性の上半身をくっ付けた巨大な蜘蛛、奇形の化け物たるその怪異は、名をジョロウグモと伝わる怪異である。


「小賢しい真似を……!」


 キキキキキ、と音を立てるジョロウグモは、自らのこのこ巣へやってきた愚かな餌を嘲笑っているようであった。男のみを襲う怪異の話からして、確かに凛之助が自ら巣へ飛び込んだ形である。怪異からして失笑ものであろう。


(ええい……狙いが定まらない!)


 女性らしい細い腕でゆっくりと糸を手繰り寄せるジョロウグモに、ふらりふらりと揺られながら銃口を向けて連続で銃爪を引く。放たれた弾丸はジョロウグモの大きな腹や足に当たったが、銃弾は硬い表皮と甲殻に弾かれるばかりで怯んだ様子もない。人形の部分に当てなければ効果は薄いようだ。


「戌子!」


「合点!」


 このままではまずい。

 不利を悟った凛之助は、懐から人形符を取り出して戌子を召喚し、足に絡みつく糸を断ち切ってもらって脱出を試みる。


「凛之助を離すのじゃ、この醜女!」


 はたして糸は戌子の爪によって半ばから断たれ、凛之助は無事に蟲の蠢く地面に着地する。踏みつけられた蟲が潰れて、黄色い汁を撒き散らす。


「すまない、ありがとう戌子」


「なぁに、お互い様じゃ」


 獲物を逃がしたジョロウグモが悔しがるみたいに甲高い声を上げ、威嚇するように前足を持ち上げた。女性の顔も怒りに歪んだ恐ろしい形相となり、呼応するように蟲たちが一斉にざわめき立って逃げ出していく。


「ここから出て戦う、背後を頼む!」


「うむ!」


 云うや否や、凛之助が出口を目指して駆け出す。わざわざ相手の陣地で戦う必要もない。

 無論、黙ってそれを見ているようなジョロウグモではない。甲高い奇声を上げて天井から糸を放ってくる。執拗かつ正確に凛之助だけを狙って糸を飛ばしてくるのは、男だけを襲うと云われる怪異がゆえなのだろう。

 糸が飛んでくる度に戌子が斬り払って防御をしてくれているが、少しでも反応が遅れたら凛之助は糸に巻かれてしまっていたに違いない。


「射撃する!」


「おう!」


 土蔵の外へ出ると凛之助はすぐさま反転し、片膝を地面に突いてもう一方の足を延ばすと、折り曲げた左腕に銃底を乗せて構えを取った。ジョロウグモが土蔵から顔を出したところを狙い撃つための、精密射撃の構えだ。

 モ式拳銃の真価は精密射撃にある。高初速の銃弾は貫通力に優れ、急所に当たれば一撃で致命傷を与えることも可能だった。

 そして、その力が十全に発揮されるのは、今この瞬間を置いて他にない。


(狙いは人型の頭、胴、腰。やれるはずだ!)


 ジョロウグモが土蔵の入り口から顔を出す。左手に握った機関式ペンライトの明かりが、薄靄の中に恐ろしくも艶めかしい白い女の身体を浮かび上がらせた。


「今ッ!」


 続けて三度、銃爪を引く。

 途端に、壮絶な悲鳴が土蔵を揺らす。

 一発、二発、三発と放たれた弾丸は、凛之助の狙い通り女性の部分に命中して、その柔らかく瑞々しい肌を穿ち、確かな手傷を与えたのだ。


「やったのじゃ!」


 赤黒い邪悪な霊力の混じった血を噴出さながら、痛みに苦しみ暴れるジョロウグモが土蔵の暗闇に戻っていく。

 喜びに両手を握る戌子とは対照的に、凛之助は油断なく構えを解かないままでいた。手ごたえはあった、深手を与えたと実感できるくらいには。だが致命ではない。殺したといえるほどの傷を与えたとは思えなかった。

 実際、彼の予想は当たっていた。


「……くっ!」


「ひょわあ!?」


 強烈な殺気を向けられて、半ば本能的に、戌子を抱えてその場から飛び引く。次の瞬間、土蔵から飛び出してきた糸が、さっきまで凛之助のいた場所に着弾した。間一髪だった。


「次で決めるぞ、戌子!」


「おうなのじゃ!」


「陽流・風環蕾導(ふわらいどう)浄生陣!」


 呪符を取り出し、詠唱。木の属性を自身と戌子に付加すると、凛之助は銃を納めて愛刀たる祀狼丸を抜き放つ。ほとんど同時に、ジョロウグモが土蔵の入口を打ち壊しながら飛び出してきた。その表情は鬼女もかくやで、凛之助に対する殺意で満ち満ちている。


「祀霊忠技殺法──」


 腰を落とした状態で逆手で刀を握り、戌子と同化して霊力を練り上げる。巨大な図体に見合わぬ素早い動きで襲い掛かってくるジョロウグモに視線を合わせた凛之助は、一歩後ろに引きながら大きく振りかぶる。

 そして。


「──狼牙槌衝撃(ろうがついしょうげき)!」


 地を這うような低姿勢の突進から、すれ違い様、地面を抉るが如き勢いで斬り上げを放つ。

 轟々と逆巻く烈風を纏った強烈な一撃がジョロウグモの巨体を跳ね飛ばし、その身体をぺしゃんこに……否、続けて吹き荒ぶ鎌鼬によって十と七つに分解し、無残な肉片にしてしまった。


「伏魔滅殺」


「御粗末! なのじゃ!」


 凛之助が着地すると、中庭に赤黒い血の雨が降りそそぐ。飛び出した邪悪な霊力の塊は、戌子に飲み込まれ腹の中へと消えた。

 怪異ジョロウグモ、これにて討伐完了である。


「……はずれか」


「金属片、落ちてないのお」


 予想に反してジョロウグモは普通の怪異であったようで、金属片が出てくることはなかった。喜ぶべきなのだろうが、少しでも襄王が欲しいこの状況では、いかんせん素直に喜べないのがもどかしくある。


(とすると、ユザレから渡された目撃情報は見間違い? しかし、ユザレの手練れがそう判断を違えるとも思えない……何か、裏があるのか?)


 ふむ、と左の指先を顎に当てて考え込んだ。

 その時。


「what are you doing here?」


 不意に、声が響く。

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