03_10__反省会③

●【旧主人公】宇治上樹


「さて、優しく諭すのはコレくらいにして、反省会の第二幕に移りましょうか」

「……へ?」


 間抜けな声を漏らした直後、水無月は前のめりにベンチの背もたれを掴んだ。

 綺麗なお顔が近付いてきて、思わずのけぞる。


「貴方はなぜこの程度の事件で怪我を負ったのよ。もっと良い解決方法は幾らでもあったし、思いつかなかったのなら相談に来ればよかったでしょう。私、『何かあったら早めに相談して』って伝えておいたわよね?」


「え? あの、怒ってます?」


「怒ってないように見える? 貴方自身の思惑があったとはいえ、昔馴染みがストーカーもどきに怪我を負わされたのよ。気分が良いわけないでしょう」


 デスヨネー……。


「私たちは中学時代にクズの悪あがきを何度か見てきた。他人のアカウントを乗っ取る方法をとった点からも、あの陰気なプライド男が逃げ切る気満々だったのは明らか。追い詰めれば暴走するかもしれないことは十分考えていたでしょ」


「それは仰る通りだけど、チャットルームの外に拡散したのは他の生徒だし、反省している可能性もゼロではないかなと……」


「そういう考えが甘いのよ。解決を急ぐ必要はなかったのだから、リスクを減らす工夫もちゃんと準備しておきなさい。第一、貴方はすぐに犯人の動機に気づいたのに、私に心当たりを聞かなかったのはなぜ?」


「そ、それは――」

「結局、貴方は私を物語に巻き込みたくなかっただけじゃない?」

「ぅぐ……」


「私を信頼して打ち上げの幹事を任せたくせに、連絡先の交換を渋るなんてちぐはぐな行動をしている時点で察しはついたわ。貴方は隆峰君の物語が比較的大人しいと気付いていたはず。私がソレを直に確認すれば、自分に任せてくれると踏んだのでしょう」


 ちょっと待って。

 自分の考えを本人に根掘り葉掘り語られるとか、これ何の拷問?


 付き合いが長いから察せられるのは仕方ないけど、胸に閉まっておいてくれません?


「連絡先を交換しなかったのは、あえて手段を断って頼らないようにするため。貴方は昔からそうやって形を作っておくのが好きだものね? でも、今回みたいな一かゼロかの思考は危険だから止めなさい」


「隆峰に話した内容も、あながち嘘ってわけじゃないけど」

 今、浴びせられている正論パンチが怖かったのはホントだし。


「何?文句あるの?」

「……滅相もございません」


 はい。正論が怖いのは自分に非があると分かっているからです。


「まったく……。貴方が自力で解決したがっているから、邪魔をしないよう身を引いたのに、意地を張って突き進んだ末に、怪我を負うなんてさすがに思わなかったわ」


 人に自分の愚行を語られると、馬鹿馬鹿しく聞こえるから不思議だなぁ……。

 我ながらドン引きですわ。


「隆峰君は昔の貴方以上に頼りないけれど、人に頼ることが出来ている分だけまだマシよ。カッコつけるのは、それが出来る実力を身に着けてからにして」


「ぐはっ……!」

 み、水無月さん? 俺のライフはそろそろゼロですよ?


 小動物みたいな目になってしまう俺を見て、水無月は頭痛を堪えるように頭を抑えた。


「学年が違う私は物語に関わりづらいから、今後も今のスタンスを継続するつもり。けれど、無茶をしでかす前にもう一度言っておくわ。『何かあったら早めに相談して』」


「はい……」


 水無月は一通り鬱憤を吐き出し終えると、俺の隣に腰を下ろした。

 そして、物凄く深い溜息を零した後で、そっぽを向く。


「…………ごめんなさい。勢いに任せて少し言い過ぎたわ。私に貴方の行動を制限する権利はないし、我ながらお節介だとは分かっているから」


「お、おぉ……」

 無駄な心配をかけた自覚はあるし、文句はないです。



 俺は謝罪の気持ちを込めてベンチの上で正座し、鞄から取り出した物を表彰状のように恭しく差し出した。


「あの、もしよかったらお納めください」

「……お守り? あぁ、六月だから誕生日プレゼントね。坂巻君にけしかけられたの?」

「ノーコメントで」


 さすが鋭い。実際には隆峰だが、坂巻も同じことを言いそうではある。


「貰えるならありがたく頂くけれど、誕生日プレゼントで手作りは結構重いわよ」

「自覚はあるので見逃して下さい」


 俺も作っている最中に気付いて、渡す時期をずらすか真剣に迷ったくらいだ。


「……あら、貴方にしては私にピッタリの文字を選んだわね。私をストーカーのごとく見つめる輩がココにもいるとは思わなかったわ」


「語弊を招く言い回しは止めて? かれこれ六年以上の付き合いだし、好みくらい分かるだろ」


「フフッ。ありがとう。貴方の誕生日は過ぎてしまったから来年にでもお返しするわ」

「いやいや、お構いなく」


 俺の声が聞こえているのかいないのか、水無月は上の紐に指を通し、お守りをめつすがめつ眺めている。


 思ったよりも気に入ってもらえて何よりである。

 この分ならお焚き上げはされないだろう。


「あの、俺も今回の件で反省したので、今後は危険な橋を渡る前に水無月に相談させてもらいます」


「ええ、是非そうして」


「つきましては、早速一つ相談させてもらいたい案件がありまして……」

「ええ。…………え?」


 上機嫌だった水無月の表情が、一瞬で凍り付いた。


「あ、貴方はついさっき問題を解決したと思ったら、また厄介事を背負い込んだの?」


「いや、俺が悪いわけでは無いはずだけど……」

「……それもそうね。思い返せば中学時代も似たような感じだったわ」


 水無月は片頭痛が再発してしまったようで、眉間に深い皺を寄せた。


「えぇ、分かった。もちろん私に二言なんて無いわ。貴方の面倒事なんて、三光年先に蹴とばしてやるから、詳しく聞かせて」

「お、おぉ」


 若干、自棄になっている気もするけど頼もしいかぎりだ。

 俺は頭の中を整理しつつ、咳払いを挟んだ。


「赤羽先生について気になることがあったから、水無月の意見を聞かせてほしい」

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