03_04__過去の写真④

〇【新主人公】隆峰宙


 お勧めしてもらった海鮮ラーメンは、さっぱりとした味わいで、想像以上に美味しかった。

 でも、舌鼓を打ってばかりもいられない。


 僕たちは早速、今回の騒動について話し合うことにした。


「そうだ。ちょうど今日、樹に頼まれてチャットにアップされた写真の元データを持って来たんだった」


 そう言って坂巻先輩は鞄から四枚のプリントを取り出した。


「――明瀬、新聞?」

「僕らの中学で配られていた学校新聞だよ。チャットにアップされた写真はココから使われたのさ」


「だからどの写真も白黒だったんですね。っ……皆さん、本当に中学生ですか!?」


 一瞬言葉に詰まってしまうほど、写真の女性たちは綺麗だった。


 特に、面識のある水無月先輩には目を奪われた。

 おそらく体育祭の二人三脚でゴールした瞬間だと思う。


 玉の汗と湾曲したゴールテープが、今にも動き出しそうな躍動感を演出している。

 いつもの凛とした雰囲気は抑えめで、顔には柔らかい微笑が浮かんでいた。


 このままスポーツ飲料の宣伝にも使えるかもしれない。


「犯人は写真の一部を切り取って、カップル写真のように見せていたんですね」

 肩を組んで密着した写真も、全景で見るとただの楽しそうな行事の一幕にしか見えない。


「坂巻先輩。プリントの写真とチャットにアップされた写真。この二組を比べると、ちょっと違和感がありませんか?」


 僕は赤羽先生から貰ったプリントを新聞の横に並べた。


「……言われてみれば、チャットの写真は水無月さんのだけ、他の三枚に比べて全体的に明るいし、コントラストが強いね。犯人がプリントをスキャナーで取り込む時、何かミスをしたのかな?」


「これは犯人を特定する手掛かりになりますかね?」


「……どう、だろう?」

「…………」

「…………」

「……ひとまず、保留にしておきましょうか」


「そ、そうだね。いや、着眼点は良いと思うよ? 何が解決の糸口になるか分からないから、気になったことはどんどん挙げていこう」


 やっぱりそう簡単に手掛かりは見つからないらしい……。

 そもそも僕では経験が乏しくて、どこから手を付けていいのか分からない。


 犯人捜しのセオリーを尋ねてみると、坂巻先輩は間延びした声をあげて天井を仰ぎ見た。

「一般論でいえば、動機、手段、機会からのアプローチじゃないかな? 手段と機会はほぼセットだけど」


 言われてみれば、僕も少年同士で裁判をする作品で、似た話を聞いた覚えがある。


「動機の面から考えると、犯人は宇治上先輩に恨みがある人ですよね?」

「可能性だけを挙げるなら、愉快犯もありえるね」

「あ!」


 そうか、宇治上先輩が選ばれたのは単なる偶然かもしれないのか。


「あくまで可能性の話だよ。実際には愉快犯の線はないと思う」

「え。なぜですか?」


 僕が尋ねると、坂巻先輩は仰々しく咳払いした。


「愉快犯は大抵、自己顕示欲が強くて騒ぎが大きくなるほど欲求が満たされる。今回の騒動では、犯人が愉快犯とは思えない行動をとっているのさ」


「愉快犯とは思えない行動」

 残念ながら、全く心当たりが無い……。


「女性陣の顔が塗り潰されていた点だよ。犯人が騒ぎを起こすことに重点を置いていたなら、顔を晒すべきだったと思わない? 写真に映っているのは超がつく美人ばかりだし、校内でも有名な水無月さんもいる。顔を晒していたら、より大きく騒がれていたはずさ」


「な、成る程……」


「愉快犯でないならば、犯人はなぜわざわざ顔を塗り潰したと思う?」

「それは、個人を特定しにくくするためですよね」


「そう。樹の悪評を広めたいけど、女性たちはなるべく巻き込みたくない。この偏った配慮にこそ、樹への悪意が滲んでいるのさ」


 筋の通った論法に思わず舌を巻いた。

 坂巻先輩は呆けた僕の顔を見て、得意げに鼻を鳴らす。


「今のは水無月さんからの受け売りだからね! 頭を使う作業は僕の専門外だし」


「あ、そうでしたか……」

 確かに、水無月先輩ならノータイムで気付くかもしれない。


「そういえば、流れ弾とはいえ水無月先輩も巻き込まれているのに、犯人探しには消極的ですね」


「僕も気になって聞いてみたけど、『樹のやりたいようにやればいい』の一言だったよ。信頼しているのかもしれないけど、水無月さんらしくはないよね」


 坂巻先輩は咀嚼しながらしばらく考えていたけれど、麵と一緒に飲みこんだようだった。


「水無月さんも考えあっての行動だろうから、僕らがとやかく言う必要はないさ」

 僕も同意見だったので、一つ頷いて話題を切り替えた。




「次は手段と機会ですね」


 犯人の行動を切り分けると、『写真を用意して』、『アカウントを乗っ取り』、『共用のパソコンから書き込む』――三つの工程に分解できる。


「写真の入手手段だけでも大分絞りこめる。写真の存在を予め知っていた明瀬中学の卒業生しか考えられない。それ以外の生徒は、校内新聞に都合の良い写真が載っているなんて考えないし、入手手段もない」


 思い返してみれば、宇治上先輩が『犯人の絞り込みは難しくない』と言っていたのも、写真が理由かもしれない。


「二番目の『アカウントを乗っ取る』部分は、手段も機会も絞り込めなさそうですね」


「僕もそう思う。例えば、情報処理室にカメラを設置すれば、キーボードを盗み見れるし、今更証拠が残っているとも思えない。いったん保留にしておこう」


 サクサクと進む議論の中、僕はお冷を飲んで喉を潤した。


「そうなると、犯人を特定する鍵は『犯人が書き込みをした時』のアリバイですね」


「うん。写真の件で容疑者は絞れたから、全員に話を聞いてみようか。明瀬中学の出身者は多くても三十人前後のはず。先輩や後輩にも知り合いはいるから、人伝に辿っていけば話を聞けると思う」


 容疑者千人から考えればかなりの進展だ。

 これなら僕たちでも犯人を見つけられるかもしれない。


「ちなみに、以前から気になっていたんですが、個人のパソコンがあるのに普段情報処理室を利用する人なんているんですか?」


「確か一部の文化部が使っているらしいよ」


 坂巻先輩によると、情報処理室のパソコンは生徒に配られているものに比べてスペックが高く、有名な編集ソフトも一式完備されているらしい。


 一方で、セキュリティ対策のために、授業以外の時間はCANVASにしか繋がらないよう設定されているそうだ。


「調べものには使えないから、利用者は少ないかな。プログラミングのテストとか学園祭の前は例外だけどね」


「それじゃあ、普段から利用している人にも話を聞いてみましょうか」

「そうだね。犯人を目撃している可能性が高いし」


 話が一区切りついたところで、ちょうど注文した一皿を食べ終えた。

 運動部員に好まれるだけあって、小食気味の僕にはギリギリの量だった。


「事前に決めておくべき事はコレくらいですかね?」


「いや、まだ大事なことが一つ残っているよ」

 坂巻先輩は箸を置いて手を合わせると、眉間に深い皺を寄せてポツリと言った。


「樹にバレた時の言い訳」


「あ、あぁ……。でも先輩ならあっさり許してくれそうな気もしますけど」

「僕もそう思う。けど、万が一本気で怒ると、樹はしばらく口をきいてくれなくなる」


「巻き込んでしまって本当にすいません……!」

 僕はテーブルに手をついて、深々と頭を下げた。

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