02_14__お守りに願いを②

●【旧主人公】宇治上樹


「高校生の皆さんなら、授業で習ったはずですからきっと出来ます!」


 お守り制作の講義は、およそその一言にまとめられた。

 時間にしてたった十分ほど、残りの時間は各自が自由に作業を進めるらしい。


 少々雑にも映るが、決まった作り方を押し付けない配慮でもあるのだろう。

 

 もちろん講師陣もただ放置して終わりではなく、室内を回って希望者にアドバイスをしてくれるらしい。


 ただ、丸投げスタイルと分かって急に慌てだしたのが更科だ。


「おい、ウチは習った覚えなんてねぇぞ!どうすんだよ!?」

「習ってないわけじゃなくて、真面目にやらなかっただけでは?」

「ぅぐ……」


「あはは……。僕、手先の器用さには自信があるから、分からないところがあったら遠慮なく聞いてね」

「すまん。助かる……」


 更科のしゅんとした様子に、テーブルの全員が苦笑いした。


「……それにしても、隆峰は宣言通りの器用さだな」

「僕、昔からこういう細かい作業は得意なんです」


 照れ笑いを浮かべながらも、縫うスピードは一向に衰えない。

 手だけ自動で動く機械みたいで目がバグりそう……。


「ハッ!そうか。この技術力は職人たるお爺様の血かっ」


「相変わらず祖父へのリスペクトが天井知らずですね……。もしよかったら今度家に来てみますか? 会ってみたら普通のお祖父ちゃんですよ」


「おまっ、馬鹿野郎!俺ごときがレジェンドにご挨拶するなんて百年早ぇよ」

「……そうですか」


 『最早手遅れか』と言わんばかりの、諦めの表情は止めて?

 あと、家に誘われた瞬間、横の女子三人が腰を浮かしかけて怖かったです。


「っ!痛ってー!くそっ。また刺しちまった」

「さ、更科さん。針の取り扱いは慎重にしないと」


 更科は針作業に慣れないばかりでなく、不器用でもあるらしい。

 隆峰が絆創膏を取り出して甲斐甲斐しく世話している。


「お。そういや、この被せるタイプの指貫ならプロテクター代わりになるんじゃねぇか? ほら、カッコ良くね?」


「アハハ!サッシー!(=更科)たくさん付けすぎて、中二病みたいになってるじゃん」

「薫ちゃん、そんなに付けたら作業がしづらいような……」


「む、ホントだ。生地が持ちづらい。……却下だな」


 そういえば、面談は個別にやったからこの三人が話をするのは初めて見るな。

 更科相手にも気後れした様子はなく、和気あいあいとした空気だ。


「樹さん、ここの縫い方を教えてください!」

「ん? あぁ、角はほつれやすいからこうやって折り返して――」


 クレアもさすがに裁縫技術までは学んでこなかったようで、作業ペースはゆっくりだ。

 ただ、危なっかしさは無く、楽しみながら丁寧に作っているらしい。


「なんだ、クレアもウチと一緒じゃねぇか」

 仲間を見つけた更科はとても嬉しそうに、クレアの肩を叩いている。

「そういや、アメリカじゃ家庭科の授業って無ぇのか?」


「あ、えっと、私の場合は日本人学校だったのですが、その……」

「あー、ほら、サッシー。人によって色々事情があるだろうし」

「おぉ。なんかスマン……」


 クレアと考えた『よく分からないことは意味深に濁す作戦』が上手くハマったらしい。

 儚げな感じで俯くクレアを無遠慮に追及する輩はそうそういないだろう。


 騙すようで申し訳ないが、こればかりは勘弁してほしい。

 上手く誤魔化せたことをアイコンタクトで労っておくと、クレアは苦笑い気味に頷いた。


「……クレアと宇治上って、なんか距離が滅茶苦茶近いよな?」

「そう、ですか?」


 クレアが小首を傾げるのも気にせず、更科がニヤニヤと俺を見てくる。


 面談の時の仕返しかもしれない。


 その辺りの設定は既に考えてあるのでクレアに任せよう。

 俺は好奇の視線をスルーして、ペットボトルに口を付けた。


「樹さんとはアメリカにいた頃からインターネットを通じて知り合いでしたから、他の方より付き合いが長いんですよ」


「ほえー。遠距離で知り合って、日本で実際に会えるなんてスゲーな」


「いえ、樹さんが父の実家の近くにお住まいと知って声を掛けたので、日本でお会いできるのはむしろ必然です」


「でも、付き合いが長い分、やっぱり特別ではあるんだろ?」

「それは、そうですね」

 と、クレアはにかみながら言った。


「宇治上さんは、私の初めての人(=物語の担当)なので」

「――――ブハッ!ゲホッ!ゴホッ!」


「最初は予想外の(イベントの規模の)大きさに戸惑いましたけど、樹さんはそんな難題を突破されてきたので、とても尊敬しています。ご迷惑を掛けてばかりの私(のサポート)を受け入れてくれましたし、刺激的なこと(=現世の文化)もたくさん教えてくれるので、とっても感謝しているんです」


 人が咽ている間に、クレアは無慈悲に傷口を広げていく。


 お前っ、その言い方はもう確信犯だろ!?

 事情を知っている俺でさえ補完が難しいレベルだぞ!?


 恐る恐る女性陣を見ると、笑顔のまま凍りついたり、顔を真っ赤に染めたりと、誤解されていることだけは聞かずとも分かる。


「いや、違うから!今のはゲームの話だから!オンラインゲームで協力してクリアしたり、お勧め作品を教えたり、そういう話だから。――ですよねぇ!?クレアさん!?」


「は、はい!仰る通りですっ! ニ、日本語、トッテモ、難シクテ……」

「おぉ……、急にカタコトになったな」


 クレアは天使じゃなくて、俺を社会的に殺しに来た死神じゃなかろうか……。



 なぜか俺の胃が痛くなる出来事はあったものの、お守り制作は平穏に進んだ。


 デラモテールも登場人物たちを窮地に陥れるのが目的ではないので、平和なだけのイベントも当然ある。

 毎回こうなら、気苦労も無いのだが……。



 俺が一つ目のお守りを完成させた頃、開始時にはいなかったお婆さんが部屋の隅で腰かけているのに気付いた。

 生徒や講師の姿をニコニコと穏やかな表情で見守っている。


「……なぁ、あのお婆さん、俺にしか見えない幽霊ではないよな?」

「へ?私にもちゃんと見えますけど」

「そ、そうだよな」


 間抜けな質問だと分かっているが、福の神と言われても信じてしまいそうなほど浮世離れした雰囲気なのだ。


 講師の方もお婆さんの存在に気付いたらしい。

 嬉しそうに近付き、押し付けるようにマイクを渡すと、お婆さんは少し困ったような表情を浮かべて立ちあがった。


「初めまして、花崎高校一年生の皆さん。本日はお守り制作にご参加いただき、誠にありがとうございます。私は本企画の発起人の一人、富田と申します。遅ればせながらご挨拶代わりに、少しだけお話をさせてください。――あぁ、ただの雑談ですから、皆さんはどうぞ作業を続けてくださいね?」


 そう言って、お婆さん――改め富田さんは上品にほほ笑んだ。


「技術が発展し、物が溢れるようになった現代。私たちはいつでもお店で綺麗な品物が買えるようになりました。わざわざお守りを手作りする意味があるのかと、疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。しかし、私などは古い人間ですから、手ずから作った物には、その人の心が乗ると思うのです」


 世の中には、自然と聴衆を引き付けてしまう人がいる。

 じれったいくらいのゆっくりとした語り口が、不思議なくらい耳に馴染んだ。


「特に、裁縫で使われる糸は、良くも悪くも人と人を繋ぐ象徴として語られてきました。人が他者に向ける思いもまた、糸のようなものかもしれません。その糸は別の誰かの糸によって断ち切られるほど脆く、時に大きな運命を手繰り寄せるほど強い。今日私たちが出会えたのも、お守りに何かを願う貴方が引き寄せた縁といえるかもしれません」


 富田さんが一息つくと、講義室が静かになっていることに気づいた。

 生徒たちが会話はおろか手を止めて聞き入っている。


「一般に、神社で頂くお守りには神様の力が宿っております。一方、私たちがこのお守りに込めるのは、貴方自身の思いであり、願いでありましょう。ぜひ心を込めて針を刺してください。夢を叶える自分を思い描きながら。あるいは、貴方の大切な方の健やかな未来を願いながら。不格好だって構いません。貴方の織り込んだ糸が、良き運命を手繰り寄せ、悪運を断ち切る力となるのですから」


 話自体はありきたりなのに、その言葉はとても真摯で、建前で言っているのではないことが伝わってくる。

 大袈裟な言い回しになるが、富田さんのこれまでの人生が言葉に乗っているような気さえした。


「私たちは、貴方の作ったお守りが、貴方やそれを贈られた誰かの力になれるよう、心から祈っております」


 富田さんが一礼すると、一瞬の静寂の後で、心の内から滲み出たように拍手が広がっていった。


 なんとなく、この講義が人気な理由を理解できた気がした。

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