火星移住計画

伽噺家A

前編

 ある村に博士がいた。

 博士は苦節十年。ある装置を発明した。

 雲を集めて晴れにする。集めた雲は保存して、必要な時に出することで曇りや雨にする。寒ければ雪や雹に。これは画期的な発明だった。この機械は集雲機と名付けられた。これのおかげこの村の天気は自在になった。また地面の温まり方をコントロールすることで、異常な暑さや寒さもなくなった。作物は順調に育つし、運動会は予定した日に実行できる。

 広まると天変地異になる可能性があるので、村の秘密だった。


 ある日、政府の役人が博士を訪ねた。

「我々はこういうものです。」政府の環境保全の役人だった。

 悪い人ではなさそうなので家の中に入れ、熱々のコーヒーを出した。

 役人は困り顔で言う。

「地球は人が増えすぎました。食料問題や温暖化、貧富の格差は拡大し、もう新しく住む土地もありません。特に気候問題は大変です。五年もすれば全く対応できません。」

 確かに。と博士は思った。すでに村の三分の一は墓だし、台風や豪雨、豪雪による話題は毎年国民を悩ませている。

「確かに大変ですね。それで僕に何の用でしょうか」博士は問う。

「単刀直入に言います。集雲機を貸していただきたいのです。それか、もう一つ作っていただきたい。または設計図でも構いません。もちろんお礼は致します。」

 と言って、サラリーマンが一生で稼ぐくらいのお金を提示された。

 何も答えられなかった。迷うより先に、なぜ知っているのかと口から出た。

「この村出身の者が私の部下にいます。地球規模の問題に頭を悩ませていた時、こっそり教えてくれました。もちろん内緒で。安心してください。私以外の者は集雲機の存在すら知りません。」

 博士は困った。設計図は作っていないから、もう作れない。あとは貸すかどうかだが、雲のコントロールは大変に難しい。今だってこの村の周りは、干ばつで苦しんでいる。地球をこれ一つで管理することはできないのだ。素直に伝えた。

「すまないが貸せない。これを使うともっと環境がややこしくなるぞ。」

「大丈夫です。我々は地球では使いません。火星の環境を整えるために使いたいのです。」

 博士が難しい顔をすると、役人は話を続けた。話が終わった時、コーヒーは冷めていた。要約すると次のようになる。

 人口は増え続け、地球の土地は足りなくなった。それを火星に移住することで解決しようと考えた。火星の平均気温は氷点下五十度ぐらいなので、まず温める必要がある。これは簡単で、地球温暖化と同じことをすればいい。火星に二酸化炭素やメタンを送るのだ。

 次に集雲機の出番だ。地球の雲を蓄えてロケットで持って行き、火星で放出する。これで火星は水が循環し、種をまくと植物を育つ。これで農業ができ、畜産もできる。火星の土をレンガにして家を建てる。ここに人間を送るのだ。壮大な計画だが、地球環境の改善よりは現実的だと言った。いくつか質問はしたが、答えはしっかりしていた。計画は完璧のようだ。

「この話は極秘です。うっかり口に出せばただではすみませんよ。」と目はまっすぐのまま、口角だけを上げながら役人は言い、冷たくなったコーヒーをすすった。

「現状はどこまで進んでいるのだ。」

「火星温暖化計画までです。最近ロケットの打ち上げが多いなと思いませんでしたか。」

 驚きつつも確かにと相槌を打った。

「地球のゴミのほとんどは火星で燃やしています。もうすでに平均気温は氷点下ではなくなりました。あとは集雲機だけです。」

 ここまで進んでいるということは、集雲機は何があっても手に入れるつもりである。

 貸す以外の答えはなかった。貸さなかったら殺してでも持っていくつもりだろう。

「わかった。貸そう。どうせ力づくでも持っていくつもりだったんだろう」

 と博士が言うと

「ありがとうございます。博士は世界の救世主です」と大げさに手を叩いて喜んだ。

 貸す際に一つだけ注文をつけた。集雲機の管理は自分に任せて欲しいと。もし自分が死んだら子供に受け継いで欲しいことも。役人は笑顔で承諾し、確認する。

「それですと、一番乗りで火星に行くことになりますよ。大丈夫ですか。」

「そこで環境の研究がしたい。人々の役に立てる研究ができるなら、研究者冥利に尽きる。」

 博士が言うと、わかりました。ではまたお伺いします。と言い残し役人は帰った。

 不安はあったが楽しみでもあった。

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