40.魔法実験は楽しい

 クラブ室に行く途中でロキと会った。


「ノエルたちもクラブ室に行くの? 俺もちょうど行くとこだから、一緒に行こ」


 ロキがノエルに並び、当然のように手を繋ぐ。

 その姿を見て、マリアが微笑んだ。


「ロキとノエルは、仲良しよね。図書室に行く時も、いつも一緒だもの」

「ノエルに重い本を持たせたら潰れちゃうからね。最近は、前よりもっと仲良くなったよ、ね?」


 ロキに同意を求められ、目を逸らした。

 冬の庭での告白を思い出してしまう。


「本くらいで潰れないよ。個人的に借りる時は部屋まで持ってかえっているし」


 敢えて仲良しの部分には触れない。


(ただでさえユリウスとの仲をマリアに誤解されているんだ。ロキとの仲まで誤解されたら、親密度に響く)


「もしかして、ノエル、照れてる?」


 楽しそうに問うマリアに、目を剥いた。


「そんなわけないよ! 照れたりしてないから!」


 必死に否定する。マリアとロキが顔を見合わせて笑っていた。


(全然聞いてない。ていうか、マリアとロキ、普通に仲が良いな)


 一先ず安心して良いのだが、ノエルを挟んで親密度が上がるのは如何なものかと思う。

 

「そういえば、アイザックは?」


 ロキが辺りを見回す。


「多分、夏の庭で訓練していると思う。そろそろ、来るんじゃないかしら」

「一緒じゃないなんて、珍しいね」

「私だって、たまにはノエルを独占したいもの。最近はユリウス先生とロキに取られっぱなしなんだから」


 マリアが空いている方のノエルの手を握った。

 二人ともノエルより背が高いので、親に手を引かれる子供のような図になる。


「いくらマリアでも渡さないよ。ノエルの一番になるのは、俺だからね」


 当然のように恥ずかしい台詞を吐くロキを、見上げる。

 上手く言葉が出てこなくて、口がハクハク開く。


「どうかなぁ。ノエルの一番は、ユリウス先生かもしれないわよ、ね?」


 マリアに覗き込まれて、思いっきり顔を背けた。


「それだけは、絶対ダメ」


 ムッとしたロキがノエルを引っ張る。

 マリアの手が離れて、ロキに肩を拘束された。


(なんかもう、愛だの恋だのというより、ペットの扱いじゃないのかな、これは)


 リス、狐、猫、と今まで例えられた動物を指折り数える。

 次の動物は何だろうと、げんなりしながら、クラブ室の扉を開けた。


「おはよう。皆、早いね」


 クラブ室には、すでにウィリアムとレイリーがいた。

 皆に早いという割に、もっと早く来ているあたりがウィリアムらしい。合わせてきているレイリーは甲斐甲斐しいと思う。

 レイリーが紅茶を淹れながら、振り返った。


「休日だと早起きができるんだな、ロキは」


 ふふっと笑うレイリーの顔は弟を褒めるお姉さんだ。


(ロキとレイリーって同い年なんだけどな。ロキが子供っぽいのか、レイリーがお姉さんぽいのか)


「朝からノエルに会えるなら早起きするよ。一日中、一緒にいられるんだからね」


 当然のようにノエルの隣に座って、嬉しそうにロキがノエルを眺める。


(あの告白以来、ロキの態度があからさまになってる)


「え? 二人はいつの間に、そういう間柄になっていたんだ?」


 驚くレイリーに首を振って否定した。


「そういう間柄に、なっていません」

「えー? そういう間柄ってことでいいのに」


 残念がるロキを、じとっと目を向ける。


「ダメよ。ロキはユリウス先生と、正々堂々、勝負しないとね。勝った人にしか、ノエルは渡さないから」


 マリアがノエルの肩をぎゅっと抱いた。


「ノエルは人気者だなぁ。じゃぁ、私はお兄さんで立候補しようかな」


 微笑ましく参戦してくるウィリアムは兄というより父っぽい。


「それなら、私はお姉さんかな」


 レイリーまで乗っかってきた。


「皆様、私のこと揶揄って楽しんでますよね。そろそろ泣きますよ。あ、でも、レイリーのお姉さんだけ不戦勝でお願いします」

「ノエルも楽しそうだけど?」


 呆れ顔で笑うロキからぷぃっと顔を逸らす。


「元はといえば、ロキのせいでしょ。罰として新しい魔法、覚えてもらうから」

「頬を膨らますノエル、可愛い。頬袋の中に何が入ってるの?」


 ノエルの頬を指で突きながら、ロキが笑う。

 ロキの指を、むんずと掴む。


「何も入ってないから。そんなんで、誤魔化されないから。今日こそは、やってもらうよ」


 ノエルは、だん、と立ち上がった。

 合わせた両手をゆっくり開き、手の中に四角い結界を展開する。


「えー……、本当にやるの?」


 面倒そうなロキをウィリアムが窘める。

 

「ロキ、諦めて教えてもらうといい。魔法のレパートリーが増えるよ」

「そうだ、覚えて損はない。この前、ノエルに教えてもらった言霊魔法は、面白かったよ」

「ロキはノエルと同じ全自然属性適応者なんだから、覚えた方が絶対、得よ」


 レイリーとマリアにまで同意されて、ロキは渋々ノエルを見上げた。


「今日のは、どんな魔法?」

「雷を作る魔法。この中じゃ、ロキにしかできない。この前の言霊魔法の応用だから、それほど難しくないよ」


 結界の中に水魔法で湿気を造り、外側から火魔法で温度を調節する。


「確か言霊魔法は、弱い結界の中に言葉を吹き込んで飛ばすんだったな。相手の魔力に触れた瞬間、結界が弾けて、その相手にだけ言葉が伝わる」


 レイリーの説明に、ノエルは頷いた。


「吹き込む言葉を治癒系の呪文に変えれば遠隔で治療ができるし、呪詛に変えれば呪い殺すことも可能です」

「物騒ね……」


 マリアが引き笑いしている。


 結界の中に雲が浮かび上がり、雨が降る。風魔法で結界内の空圧を整えながら火魔法で外側から温度を調節していくと、バリっと小さな雷ができた。

 その中から、雷だけを取り出す。

 指と指の間で、小さな雷が轟いた。

 皆から感心の声が湧く。


「この状態を保てれば、あとは魔力で大きくしたり小さくしたりできます」


 指と指の間隔を開くと雷が大きくなった。


「ノエルは器用だなぁ。しかし、雷を作り出すまでの工程に時間がかかるのがネックだね。省略できないものか」


 ウィリアムが顎に手を添え、考え込む。


「工程は単純だから、術式変換して魔道具に仕込むのもアリかなと思うんですよね。そうすれば属性関係なく使えますし。ただ、問題は威力が極端に下がるってことで」


 ノエルの雷を興味深そうに眺めるロキに目を向ける。


「ロキ、見てないでやってみて。ロキの方が私より威力が大きい雷が作れるんだから。絶対だから」

「だったらさ、言霊魔法で術式を俺にちょうだいよ」


 さらっと言われた言葉に、ノエルは愕然とした。


「その手があったか……」


 くらりとして、その場に崩れそうになった。


(ロキって、時々鋭い。全然、思いつかなかった)


 少しだけ、悔しい気持ちになった。


「それは良い手段だね。だけどロキ、一から作る工程も知っておいた方が良いと思うが」

「えー、面倒だなぁ」


 ウィリアムを制して、ノエルは体制を整えた。


「いいよ、今日は特別にあげる。ロキが使うとどのくらい威力が増すか、見てみたいから」


 シャボン玉のような結界を作り、出来上がった雷を閉じ込める。工程の術式を吹き込んで、ロキに飛ばした。

 ロキの胸にぶつかった結界が割れて、術式がロキの体に吸い込まれる。


「おお、来た来た。えーっと、こんな感じかな?」


 ロキが手と手を合わせ、ゆっくり開く。

 ノエルの三倍はあろうかと思われる稲妻が、手のひらの中で激しく鳴った。


「そんなに簡単に出来るのか?」


 驚くレイリーに、ノエルは首を振った。


「普通はもっと梃子摺るはずです。いいや、梃子摺ってほしかった。これじゃぁ、誰でもできる簡単魔法みたい!」


 ノエルは机に突っ伏した。


「この魔法、結構苦労したのにっ」


 マリアが気の毒そうにノエルの肩を摩る。


「簡単には見えないわよ。属性を混ぜて魔法を作ろうなんて、あまり考える人いないもの。ノエル、頑張ったと思うわ」

「そうだ。術式を言霊魔法に吹き込んで渡すのも、かなり常識を外れた発想だぞ」

「それ思い付いたのは、ロキです……」


 レイリーの慰めに、突っ込む。


 確かに、この国の魔法教育は属性毎の魔法魔術の強化に特化していて、二つ三つの合わせ技は、ほとんど存在しない。


(大変勿体ないと思う。特に自然属性は合わせ技で自然現象を再現できるものが山ほどあるのに。科学的視点から魔法を使えば、もっと幅が広がる)


 何せ乙女ゲームなので、魔法の詳細設定はシナリオに出てこない。しかし、魔法の基本設定から考えたら、できてしまうのだ。


「これ、面白いね。もっと大きく出来そうだよ。外で試してきていい?」


 手の中で雷を丸めて稲玉を作り始めた。

 ロキがわくわくした顔で立ち上がる。

 ノエルが顔を上げて、後に続いた。


「私も行く。私も見たい。すごいの出来たら、技名考えよう! 名前を付ければ、一発で大技出せるよ!」

「それ、いいね。必殺技みたいで、格好良い」


 話しながら部屋を出る二人を眺めて、ウィリアムが笑った。


「結局、仲が良いんだよな、あの二人は。早く恋人になってしまえばいいのに」

「リアム、そんなに簡単ではないだろう」

「そうよ。私はユリウス先生もロキも、両方、応援しているんだから。ノエルを幸せに出来る人でないと、お嫁には出せないわ」


 意気込むマリアにウィリアムが苦笑する。


「私には、ノエルが躊躇っているように見えるよ。何かに遠慮しているような、自分を無理に抑えているような。そういう辛さを時々、感じるんだ」


 レイリーの言葉に、二人は同意を込めて俯く。


「私たちも、雷の威力を観に行こうか。ノエルの頑張りをロキがどこまで伸ばせるか、確認しないとね」


 立ち上がるウィリアムに、マリアが続く。

 三人は、興奮気味に出て行ったロキとノエルを追いかけた。

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