8.昔々、或るところに
「なるほどね。では、私たちは極秘事項を共有する共犯だね。共犯ついでに、最も大事なことを教えてほしい。呪いの解呪法は、あるのかな」
ウィリアムの目が鈍く光る。
ノエルは迷った。
(現時点では、解呪法はない。それは事実だ。マリアが覚醒しないと)
ちらり、とアイザックを覗く。
アイザックの内向的な性格を見るに、親密度はそこまで高くない。マリアの覚醒はゲーム第一部の終盤になる。
「呪いの解呪法は、わかりません。何故、私の体から呪いが消えたのか、ユリウス先生もわからないと言っていました。私はきっと、運が良かったにすぎません」
今は、これしか言えない。
ウィリアムの眦が下がる。がっかり、と顔に書いてある。
「でも、対処法がないわけではありません。アイザック様が今、生きていらっしゃるのは、膨大な魔力量で呪いを押さえているからです。これからも魔力量を増やすように鍛錬なさってください。それが今の最善かと思います」
「それしか、ないのね」
マリアが、しょんぼりと目を伏す。
「マリア、大丈夫だ。意識に作用する闇魔法を魔力で抑え込むのは容易じゃない。精神操作は現代では禁忌だ。それだけ強力で恐ろしい魔法なんだ。魔力量を増やすっていう具体的なヒントを得られただけでも、充分だ」
アイザックは青白い顔で、ノエルに笑いかけた。
ノエルは、隣のマリアに向き合った。
「ちなみにマリアは、治癒魔法が得意だよね? 今は、何を練習しているの?」
慎重に探りを入れる。
「最近は、結界術を覚えているわ。先生には早く浄化術を覚えなさいって言われているの。私に向いているんだって」
(そうだろうね! 君は光魔法の選ばれし魔術師だから! そのうち浄化術だけでなく中和術が使えるようになるよ!)
口に出そうになる言葉を、飲み込む。
治癒魔法系統の上位魔法が浄化術だ。浄化術を更に上回るのが中和術であり、呪いを無効化する力である。
正確には、中和術は呪いだけでなく総ての魔力を消し去る。この世界でも反則級の荒業で、使える術師がいない。
(例外はあるけど、禁忌指定されている。合法的に使うには光魔術師が浄化術を更に極めないといけない)
将来的にはマリアが中和術を習得して、アイザックの『呪い』を解呪するのだ。
(しかし、それを今、話すわけには……)
ぐぬぬ、と口を噤む。
マリアが自嘲気味に俯いた。
「でも、浄化術なんて高等魔法、私に覚えられる訳ないわ。才能がある訳でもないのだから」
「そんなことない、マリアはいつも頑張って……」
「マリアなら絶対できるよ! 浄化術、使えるようになる! 更にもっとすごい術とか? 使えるようになったり? するんじゃないかな?」
アイザックの励ましの言葉に思いっきり被せてしまった。しかし、ここでマリアが諦めてしまうと、世界が破滅する。
マリアの肩を掴んでガシガシと揺らす。
「え? うん、ありがと……?」
訳の分からない顔で、マリアが頷いた。
はっと我に返って、ノエルは座り直した。
(しまった、取り乱した。冷静に、冷静に)
「光魔法の浄化術よりすごい術が、あるのかい?」
ノエルとマリアを眺めていたウィリアムが、苦笑する。
(ここで何とか、皆に中和術の存在を意識してほしいけど、はっきり話せないし、どう話せば違和感なく伝えられるか……。はっ!)
ノエルは、きりっと目を鋭くして三人を見回した。
「昔々あるところに、稀代の大魔導師と呼ばれる神のような存在がありました」
唐突に昔語りを始めたノエルに、三人は目を点にした。
「え……? ノエル、どうしたの?」
マリアの声には答えず、ノエルは続ける。
「大魔導師が使う魔術には、誰も勝てませんでした。魔族ですら、魔力を消し去られてしまったのです。魔導師が使った魔術は中和術と呼ばれました」
「精霊国神話に出てくる古代の偉大なる魔導師オーフェンか?」
アイザックの言葉にノエルが頷く。
「魔族の魔法すら消し去る中和術、なら呪いも消せるんじゃないかなって、思いませんか?」
ウィリアムが顔色を変えた。
「確かに。闇魔術は魔族が精霊国に残した魔法体系とも言われている。呪いの本質が闇魔法なら、可能性はあるね」
考え込むウィリアムの隣で、アイザックが苦笑した。
「でもさすがに、神話の神が使う術だ。実際に使える術かも、怪しいだろ」
「そうとも言い切れない。近代でも、中和術を使える術師はいたと聞く。最もそれは、光魔法と闇魔法の両属性適応者だったらしいが」
ウィリアムの言葉に、アイザックが焦燥した。
「禁忌の術式だろ。それに、光と闇の両属性適応者なんて会ったことがない。実在するかも定かじゃない、それこそ御伽噺だ」
アイザックの発言は、この国の魔法常識といっていい。光魔法と闇魔法は相性が悪いので、両属性の適応者は稀どころの話ではない。
だからユリウスは、ノエルの魔法属性をみて凡庸ではないといったのだ。
(いるにはいるけど、秘匿されるほどの重要人物なんだよね。だから皆は知らない)
「やっぱり、合法的に覚えるべきかなって、思います。光魔法で浄化を極めると中和術が使えるって、何かの本で読んだことがあったような気がしなくもないんですよねぇ」
小声で早口に話して、マリアに視線を向ける。
マリアが、びくりと、肩を上げた。
「え? 私に中和術を覚えろってこと? む、無理よ。まだ浄化術もできないのだし。それに、中和術自体、神話の中にしか出てこない魔術なのよ」
「でも、頑張ってみる価値はある。アイザック様のために」
ノエルはマリアに向き合った。
「マリアは光属性にしか適性がないよね。それは裏を返せばすべての魔力を光魔法に使えるってことなんだよ。魔力量の多いマリアなら、他の人では辿り着けない高見を目指せる。可能性があると思うんだ」
真っ直ぐにマリアを見詰める。
(頼む、マリア、やる気になってくれ! この世界の命運は君に掛かっているんだよ!)
「ノエル……、そんなに私のこと、信じてくれるの?」
「何言ってるの? 当たり前だよ。むしろ、信じないとか意味わかんないよ。私はマリアのこと、信じるの一択しかないからね」
主人公は原作者を裏切らない。原作者もまた、主人公を信じて愛でる。当然の話だ。
マリアがボロボロと涙を流した。
「えぇ⁉ 何で泣くの? 重かった? 愛が、重すぎた?」
オロオロするノエルの手を、マリアががっしりと掴んだ。
「私、頑張る。浄化術、覚えるから」
(重すぎる愛で折れちゃったら、どうしよう。今後は控えめにしよう)
二人のやり取りを観ていたウィリアムが、アイザックを突いた。
「兄上は、まずノエルを超えないといけないね。とても大変そうだ」
「勝てる気がしないな」
苦笑する二人に、ノエルは、ふんと鼻を鳴らした。
(原作者に勝てるわけがなかろう。何せ原作者は創作したキャラ総てを愛しているのだからな)
創造神的な悦に浸りながら、
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