第21話  ~㉑~

 放課後、占い部のみんなが一年二組の教室に、サヨカちゃんの席の周りに、と集まる。

 職員室にみんなでいった日から、サヨカちゃんが放課後は一年二組に集まるように、みんなにいった。サヨカちゃんは、このことを、石田先生に許可を取ってくれることまでしてくれた。集まるのは、月、水、金、だけにしようと、みんなで決めたけど、集まりたい人はいつでも一年二組にきてくれたらいいということで、みんなの意見が一致した。

 今日は水曜日で、占い部のみんなが集まって、特にイッちゃん先輩と、カヨちゃんたちが、盛り上がっている。

 二年生の先輩二人は、最初のうちは、一年生の教室にわざわざくるのが嫌そうにしてたけど、今は、イッちゃん先輩が、一年生三人組とうちとけはじめているようだ。カヨちゃんたち、一年生三人組も、少しずつイッちゃん先輩に心を開きはじめているみたいだ。

 ケンタ先輩は、あいかわらずあの調子で何もしゃべらないんだ。あの黒縁眼鏡の奥で、何を考えてるのかわかんない。それでも部になじんできたようには見えるけどさ。

「ケンタ先輩って、あんまりしゃべんないんですねー」

って、トモちゃんがケンタ先輩にたずねていたけど、

「そうなのよ。こいつほとんどなんにもしゃべんないんだから、ほんと嫌になっちゃう」

って、イッちゃん先輩が変わりに答えていた。

 イッちゃん先輩が部にうちとけはじめたきっかけというのは、恋バナが上手いことだった。

 今日もイッちゃん先輩は上級生らしく、俺や、ケンタ先輩に聞かれることも気にもせずに、カヨちゃんたちに恋バナをして、喜ばせている。

 いつもは彼女たちの話は、あまり気にしないようにしてるけど、聞き捨てならない言葉が、俺の耳の鼓膜に飛び込んできたんだ。

「カヨちゃんってさあ。好きな子とかいるの? もしかしてアキオだったりして。まさかねー。きゃははは」

イッちゃん先輩は甲高い声で笑い声を上げる。

「そ、そんなことあるわけないじゃあないですかー。も、もう。からかわないで下さいよー。イッちゃん先輩」

と、カヨちゃんはほんとに嫌そうに、イヤイヤと手を振っている。

「まさか。カヨちゃんがねー。アキオにー? そんなことあるわけないか」とナミちゃん。

「カヨちゃん。うそでしょ。顔真っ赤だよ。うそだよね?」

と、トモちゃんが目を丸くして、カヨちゃんを疑う。

「ほんとだあ。真っ赤だよ。カヨちゃん」

と、ナミちゃんはカヨちゃんの熱をはかろうとする。

「そうなの。これはそのー。今朝からちょっと熱っぽかったから。きっと熱があるのよ」

と、カヨちゃんはいい訳している。

「アキオにお熱ってことね。はいはい。お熱いわねえ」

俺はありえないなと思って、この話をとても信じられないままに聞いていた。

 まさかカヨちゃんがなあ。俺のことをってどうもなあ。カヨちゃんはほんとに熱でもあるんだろうな。あまり気にしないようにしよう。

「もうやめて下さいよー。イッちゃん先輩のせいですからね。もう」

と、カヨちゃんは頬をふくらませ、口をとがらせている。

「ごめん。ごめん。カヨちゃん。でも、さっきからアキオがこっち見てるわよ」

イッちゃん先輩がそういうと、女子のみんなが俺の方を向いた。サヨカちゃんだけしらけた顔をしている。

「ええー!? 俺? 俺なんにも聞いてなかった。ほんとに聞いてなかったなあ」

「とぼけても無駄だよ。アキオ。盗み聞きしてただろ?」

と、ナミちゃんがすげえ怒った顔でいう。

「で、アキオは誰なんだよ? カヨちゃんのこと、盗み聞きしてたからには、答えてもらうからね」

と、トモちゃんもすごい剣幕だ。

「ええと。そ、それは……」

と、俺が口ごもっていると、

「こいつには同じクラスの宮中さんって人がちゃんといるんだ」

今まで黙っていたサヨカちゃんが、また変なことをいい出した。

「へえ。アキオにそんな人がいたんだあ。アキオも以外とやるねえ」

と、イッちゃん先輩は口笛をふくまねをする。

「だから、違いますって。友達ででもなんでもないっすから。たまに占いするだけで」

「って、アキオのことはおいといて、イッちゃん先輩たちはどうなんですか? 仲よさそうに見えますけど、お付き合いしてるんですか?」

と、トモちゃんは話題を変える。おいおい。あまり俺の話には興味ないのか!?

「おーい。だから、違うっていってるだろー?」

「だから、わかってるって。アキオがそんなモテるように見えないもん。みんなわかってるよ。もういいって。それよりイッちゃん先輩どうなんですか? 前から思ってた疑問なんですけど」

無理やりナミちゃんに振り払われる。なんだよ。それ。またからかわれただけかよ。

「何? こいつ? ケンタは全然ダメ。私たちはただの幼なじみ止まりね。ケンタはそういう恋愛とか全然興味ないんだもん」

「ぽいですねえ。でも本当なんですか?」とナミちゃん。

「とても仲よさそうに見えますけどねえ」とトモちゃん。

「ほんとよ。私たち、ちっちゃい頃から仲よくてね。ただの幼なじみなんだから」

「でも、イッちゃん先輩の気持ちはどうなんですか?」

「カヨちゃん。今はそっとしておいて。私も苦労してるのよ」

「ええー! そうなんですか? イッちゃん先輩。本当に苦労しそうですねえ」

「こりゃあ。マジで苦労しそうです。わかります」

と、ナミちゃんと、トモちゃんの二人はちょっと笑ってしまっている。

「まあねえ。こればっかりはしょうがないじゃん」

イッちゃん先輩は頭を抱える感じでいった。

 俺はそのとき帰りもしないで、遠くからこっちを見ているジュンちゃんたちと目が合った。釣りの話をするふりをしながら、こっちをちらちらと観察している。まあ、いつものことだが。

「そんなことよりさあ。じゃじゃーん。これなんだ。ダウンジングで使うペンデュラムよ」

イッちゃん先輩は制服のポケットから、ペンデュラムというものを取り出した。

「わあー。きれいな石ですねー。なんていう石なんですか?」

カヨちゃんは、初めて見るペンデュラムというものに興味津々だ。

「これはねえ。タイガーアイって石よ。金運とか仕事運とかに効果があるの。まあ、いってみりゃあ幸運な石よ」

ペンデュラムは、その茶色いイチゴを細くしたようなタイガーアイに、細い鎖のようなものが付いている。

 カヨちゃんたちは、「へえー」と驚いたような顔で、そのペンデュラムをまじまじと見ている。

「誰かこれで占ってほしい人いない?」

「はーい!」

イッちゃん先輩がそういうので、みんな手を上げると思って、俺は真っ先に手を上げた。だがそれは俺一人だけだった。

 その場がシーンとなる。なんだよ。俺、手を上げちゃあいけなかったのかよ。

「ええー。アキオなのー」

「なんでまた、アキオが」

ナミちゃんとトモちゃんは手も上げなかったくせに、そんなことをいっている。

「アキオでもいいわ。じゃあはじめましょう。何を聞きたい? 聞きたいことある?」

「そうですねえ。お金持ちになれるかどうかですかねえ」

アキオでもの、「でも」、にちょっとひっかかったが、俺は思ってることを素直にいった。

「あははは。夢ねー。アキオ。夢ねー」

「あはは。何それ。アキオ。もっといろいろあるでしょうに」

と、ナミちゃんとトモちゃんは腹を抱えるようにして笑っている。

 やっぱり俺もみんなみたいに遠慮した方がよかったかも。

「まあいいわ。じゃあ。はじめるわよ。アキオ。こっちにきて」

どうせ俺には夢なんてねえよと思いながら、イッちゃん先輩の前に立った。

 イッちゃん先輩はペンデュラムの細い鎖をつまむようにして持つ。イッちゃん先輩が集中すると、ペンデュラムは振り子のように揺れ出した。ペンデュラムは横に揺れを保ったまま動きがない。

「基本的にダウンジングってイエスかノーかを占うものだけど、アキオの場合、ノーだね。アキオはお金持ちになれないよ。残念」

「そうなんっすか? やっぱり……。ありがとうございます。占ってくれて」

と、俺は頭をかいた。

「決まってんだろ。アキオがお金持ちになれるわけねーじゃん」

と、ナミちゃんはまた笑っている。

「そうよ。そうよ。やるだけ時間の無駄だわ」

トモちゃんはあきれた顔をしている。

「わかんねえだろうが! そんなのわかんねえよ。宝くじにでも当たるかも知れねえじゃねえか!」

俺も、くだらないことで、みんなの貴重な時間を使っちまったんじゃあねえかと、思いはじめてきた。なんか、俺、悪いことしたか?

「バッカじゃねーの。アキオ。そんなわけねえだろ」とナミちゃん。

「きゃははは。ほんとおもしろいの。アキオったら」とトモちゃん。

ほんとにこの二人はよく笑うなあ。まあ、やっぱお金持ちってえのはないよなあ。なれないかあ。仕方ねえ。

「ちょっと。ナミちゃん。トモちゃん。それくらいにして、私たちも買ったんだよね。ポーチとかさ。本とかさ」

「そうだったね。これこれ」

と、ナミちゃんは鞄からタロットカードの入ったポーチを取り出す。薄い緑色をしたポーチには、妖精の絵が描かれてあった。

 カヨちゃんと、トモちゃんも、「うん。そうだね」と、鞄からタロットカードの入ったポーチを取り出す。カヨちゃんのは、レンガ色で不思議な占いっぽいマークが描かれたもの。トモちゃんのは黒で大きな星のマークが描かれている。

「みんなのもいいけど、トモちゃんのポーチかわいいね。大きな星のマーク入ってるー」

イッちゃん先輩は、トモちゃんのポーチのでかでかとしたふてぶてしそうな黄色い星のマークが、えらく気に入ったらしい。

「カードはこんなんだよ」

ナミちゃんが取り出したのは、なにやら妖精の絵が描かれた難しそうなカードだった。

「私のはこれよ」

トモちゃんのカードは、白猫の絵が描かれている、一見かわいらしいけど、おどろおどろしいカードだった。

「そして、私のはこれ。絵はアキオと同じだけど、ちょっと感じが違うでしょ? 本もこれなんだけど、決してアキオのまねをしたわけじゃあないんだからね」

「ああ。それ。俺がサヨカちゃんから借りてるやつ。『できるタロット』じゃん」

俺はちょっとだけ目を輝かせていった。

「ああー。やっぱりカヨちゃん、アキオのこと……」

イッちゃん先輩はまたカヨちゃんをからかおうとする。じいっとカヨちゃんをみつめる。

「違いますって。違います。ただの偶然です。この本が一番いいなあって思っただけですから」

カヨちゃんはまた頬を少し赤らめている。

「だろ? いいよなあ。『できるタロット』は。わかりやすくて」

カヨちゃんのいうとおりただの偶然だろうけど、タロットカードも、本も、まるっきり俺とおんなじだ。なんでなんだろう? まあ、悪い気はしないけどね。

「そいでもって私の本はこれだー」

と、ナミちゃんが鞄から取り出したのは、『あなたにもできるタロット占い』という簡単そうな薄い本だった。

「私のはこういうのだよ」

トモちゃんのは、ちょっと難しそうな『究極のタロットリーディング』という本だった。

「カヨちゃんも、ナミちゃんも、トモちゃんも、最初は本を見ながら大アルカナだけでやった方がいいわ。そういうタロットカードは直感も大切だからね。自分の直感を大切にして」

今まで黙って様子を見ていたサヨカちゃんが、突然ライオンが息を吐くように口を開いた。一瞬みんなは押し黙って、その場の空気が変わった。みんなびっくりしたのだ。

 カヨちゃんたち三人は、「わかった」とか、「そうするよ。ありがとう」とかいって、それぞれがタロットカードをポーチにしまった。イッちゃん先輩もペンデュラムをポケットにしまった。ケンタ先輩は鼻がかゆいらしく、さっきからぼりぼりとかいている。

 ジュンちゃんたちが「じゃあな。アキオ」と、帰ろうとするので、俺も帰ろうかなと思ったんだが、サヨカちゃんのカヨちゃんたちに対する講義は、もうしばらく続いたんだ。

 ふと「カードを物語のように覚える」って言葉が、耳に入った。母さんがいってた言葉だ。だいたいタロットカードって、キリスト教みたいなんだよな。

 サヨカちゃんって俺にもそんな説明してくれたっけなあと、よく思い出せないまま、俺はがらんとした机やイスが並んでいるだけの、静かになった教室を見回した。

 ジュンちゃんや、ナオや、アッちゃんや、ソウタや、他にもクラスのみんなの、それぞれの思いが、いき場もなくそこに残されて、風にふかれてただよっていた。

ただそんなふうな気がしたんだ。

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