第19話  ~⑲~

 放課後、今日はどうするんだろうなあと思ってたら、「ちわー」といって、カヨちゃんたちが、二組の教室に入ってきた。

 あいかわらずこの三人は元気そうだ。そういや忘れてたけど、今日は占い部にとって大事な日だった。みんなが集まる約束をしてあったんだったっけ。

 サヨカちゃんが、話があるとかいって、みんなを集めた。

「みんな。よく聞いて。今日は部員も集まったことだし、二年生の先輩たちと一緒に、職員室の石田先生のところへいこうと思うの。このことは前にいってあったよね。それで、二年生の吉川先輩と、小嶋先輩がまだこないから、むかえにいこうと思うの。一応連絡はしておいたんだけどね。忘れてるって可能性もあるから。それで、部長の私はいくとして、もう一人誰かついてきてくれないかなあ」

「ナミは嫌だよ。二年生の教室なんか」

「うん。トモだって怖いよ」

「うーん。俺もなんか性に合わねえんだよねえ」

「じゃあ。私、いきましょうか? みんながいかないんだったら私が……」

「無理しなくていいよ。カヨちゃん。じゃあ、こうしよう。ジャンケンで決めるってのはどうだ?」

「うん。それいいかもねえ」とナミちゃん。

「うん。公平にね。アキオにしてはいいこというじゃん」とトモちゃん。

一応ほめてくれてるのか?

「じゃあ。みんなでジャンケンして。勝負は一回だけだからね。はあー……。もう。そんなに嫌がることじゃあないんだけどねえ」

サヨカちゃんの掛け声とともに、俺たちは輪になってジャンケンをした。

 何度かジャンケンを繰り返し、ナミちゃんが負けた。

ナミちゃんは、「まあ、しょうがないかあ」って、あんまり嫌がってもいない様子だった。俺は、「勝った。勝った」って、はしゃいで喜んでると、サヨカちゃんに頭をポカリと叩かれ、「こら」と怒られた。

「じゃあ、いってくるねえ」

あんなに嫌だっていってたのに、ナミちゃんは手まで振って、どこか楽しそうだった。

「じゃあ、ちょっと待っててね。アキオ。後は頼んだわよ」

「おう。まかしとけって」

俺は何を頼まれたのかもわからずに、とりあえずそういった。ここでおとなしく待っとけってことだよな? 違うのか?

 俺たちは二組の教室の前で、二人を見送った。

 サヨカちゃんは慣れているのか落ち着いてるけど、ナミちゃんはどこかに遊びにいくみたいに、キャッキャッとはしゃいでいる様子だった。そのようなナミちゃんに対し、サヨカちゃんは一生懸命あいづちをしている。きっとナミちゃんは、「どんな先輩なのー?」とか、いろいろたずねてるんだろう。

 教室の前で、黙って三人で待っていると、今にもトモちゃんに、ソウタのやつがコクりに来るんじゃないかと、俺が変に緊張する。

そっと教室をのぞいてみた。

 ジュンちゃんたちはいない。ナオとソウタは、アマチュア無線部の活動でもあったんだろうか? めずらしいこともあるもんだと、どこかほっとする。

 しばらくすると、サヨカちゃんと、ナミちゃんが、二年生二人を連れてやってきた。やっと帰ってきたか。はっきりいってこの沈黙は重かったぜ。

「ただいまー」

まず声を出したのはナミちゃんだった。

「おかえり。ナミちゃん。サヨカちゃん。そして……」

カヨちゃんも見慣れない上級生を前にして、緊張している。

「あら、あなたたちが一年生の部員ね。はじめまして。かわいいわねえ。ふふふ。私たち今日のこと決して忘れてたわけじゃあないのよ。半分忘れてただけなの」

「はあ。そうですかあ。ええっと……」とカヨちゃん。

「そうだったわね。まだ自己紹介してないわね。そっちの男子は久しぶりね。確かアキオくんだったっけ?」

「はい。覚えててくれました?」

「そりゃあ。覚えてるわよ。私は二年三組の吉川一伽よ。以後よろしくね」

「私は一年四組の村山華世です。よろしくです」

「私も一年四組の藤原友海です。よ、よろしくお願いします」

トモちゃんも緊張していそうだ。

「あの、そっちの方は?」とカヨちゃん。

「ああ、こいつ? さっさとおまえも自己紹介ぐらいしなよ?」

「う、うん。まあ。ぼ、ぼくも二年三組の小嶋健太朗だ。君たちには世話になることになる。よろしく頼む」

「あははは。小嶋先輩っておもしろいんですね。先輩って呼んでもいいですよね?」

と、トモちゃんはあっけらかんとしていう。よく先輩にそんなふうにいえるなあ。すげえなあ。トモちゃんは。

 俺には、小嶋先輩をいじるような勇気はない。

「そのことなんだけど、さっきサヨカちゃんと、ナミちゃんが、話してるの聞いてたら、あなたたちあだ名で呼びあっているらしいじゃない。だから私たちのこともあだ名で呼んでほしいわ。あなたたちだけじゃあずるいよ。だから私のことは、一応先輩ってつけることにして、イッちゃん先輩ってどうかな?」

「それいいですね。じゃあ。私のことはカヨちゃんって呼んで下さい」

「私は、ぜひトモちゃんって呼んで下さい。イッちゃん先輩。いやん。先輩って響きいい!」

「イッちゃん先輩。で、小嶋先輩のことは、なんて呼べば?」とナミちゃん。

「そうねえ。こいつは健太朗だから、ケンタ先輩ってのは」

「あははは。おもしろーい。チキンみたいでおいしそうですねー」

ナミちゃんのツボにはまったらしい。すごいウケている。

「あはは。ほんとだ。ケンタ先輩。カネール・サンダースみたいですー」

と、トモちゃんもウケている。

「ねっ。これくらいおもしろい方がいいでしょ? こいつほとんどしゃべらないんだから。あんたもそれでいいよねえ?」

「ああ、ぼくは別にそれでかまわないさ」

ケンタ先輩はポーカーフェイスでそう答える。

「そいでもって、俺のことは、アキオって呼んで下さい。イッちゃん先輩。ケンタ先輩」

「アキオかあ。私はアキオくんってのも呼びやすかったけどなあ」

ケンタ先輩はあいかわらず何もしゃべらないで、イッちゃん先輩の隣に突っ立っている。

「よろしくっす」

「じゃあ。一応、お互い自己紹介がすんだようね。もういいかなあ。今から職員室にいくけど。他に何かありませんか? イッちゃん先輩。ケンタ先輩も。みんなも」

サヨカちゃんは、一人、一人の顔を見回した。俺の番になると、ぷいっとすぐ次の人に、その目線はうつった。

 みんなの意見は、「特になし」、で一致した。

 先輩二人も、俺たち一年生も、まだ慣れなくて、どこかお互いにぎこちなかったんだよ。特にケンタ先輩はぼうっとした感じで、何を考えてるのかわかんなかったんだよな。

 俺なんてまだ先輩どころか、サヨカちゃん以外の女子に、どう接したらいいのかわかんないぐらいだったんだ。お互いに変な緊張感があったんだよ。一応、俺は男子だし。だから、女子には話しかけづらかったんだ。恥ずかしかったんだよな。

「じゃあ。そろそろ職員室にいきましょうか?」

先輩二人、一年生女子三人組、先頭にサヨカちゃん、一番後ろに俺と、みんなで固まって職員室にいく。

 こうして後ろから見てると、男子部員であるケンタ先輩が入部してくれてうれしいんだが、ほとんどしゃべらないし、どうもからみづらいんだよな。

 っていうわけで、俺は占い部で浮いた存在だったし、他のみんなも、お互いにどう接したらいいか考え中といったとこみたいだ。

 一年生女子三人組は、先輩と顔を合わせたのは、今日がはじめてで、そんな感じになるのは仕方のないことだろうが。

 男子である俺は、女子ばっかりの中で、そんなふうになっちまうのも、まあ、それは一応仕方ないことだろうなあ。つまりは、できたてほやほやの占い部だってことだ。

 だいたい先輩なんて存在ができたのも、中学生になって初めてだ。小学生のときにはそんなのいなかったし。そりゃあ、どう接すればいいのかわかんないよ。カヨちゃんたちもおんなじなんだろうか? ザリガニをつかみたいんだけど、初めてだからどうやってつかんだらいいかわかんないみたいな、もどかしさがあった。

 そういうわけで、俺が今、一番話しやすいのは、やっぱりサヨカちゃんってことになるだろうな。

「石田先生っていったら、体育の先生で、あだ名がビネガーだよね」とカヨちゃん。

「あれさあ。でもさあ。なんでビネガーっていうんだろうね」とナミちゃん。

「それはさあ。やっぱりすっぱいからに決まってるっしょ」とトモちゃん。

前に歩いている三人は、石田先生のあだ名の話をしている。今頃、石田先生、くしゃみでもしてんじゃあねえか?

 サヨカちゃんがまず「失礼します」といって、職員室に入る。その次に、先輩二人、一年生女子三人組、そして俺が最後に、「失礼しまーす」といって、遠慮がちに職員室に入った。

 俺は石田先生をまず探し、みつけると、その隣にいる倉田先生と目が合っちまった。

 あの生活指導でバスケ部顧問の怖いと噂されている体育の先生。トレードマークの竹刀は机の横に立てかけられているが、室内なのにやっぱりサングラスをしている。スキンヘッドがまたいかつい。

 ついバスケ部の退部届を出したときの恐怖を思い出して、俺は足ががくがくと震えて、ビビってしまった。

 職員室の通路は狭い。ものすごくとおりにくい。それにいろいろな資料が散乱している。俺たちは一列になって、石田先生のとこまでいった。先頭がサヨカちゃんで、一番後ろが俺で。そうすると自動的に俺は倉田先生の近くまできちまうことになる。

「よお。堂島やないかい。久しぶりやなあ。でもないか。石田先生に聞いたで。今度は占い部を立ち上げるそうやな。まあ、なんにせよ。がんばれよ。堂島」

倉田先生が俺に声をかけてきた。この妙ににぶいおっさん声と、関西弁が、また怖いんだよな。

「はい! 倉田先生」

俺の声は少し震えていた。ほんとに俺はビビりだなあと、自分がちょっと嫌になった。

 倉田先生は邪魔になるとでも思ったのか、ただ単に何かの用事があるのか、それだけいうと、席を立って、職員室を出ていった。

 俺は正直ほっとした。自分がどれほど緊張していたのかが、わかる。つい怒られんじゃあないかって、かまえちまうんだ。

 俺が倉田先生に返事をしたのとほぼ同時に、石田先生はサヨカちゃんたちに話をはじめた。

「よいしょっと。あなたたち、約束どおりちゃんときたのね。そうそう。占い部の話だったわよねえ。堂島くんもいい?」

俺が職員室を出ていく倉田先生の背中を、目で追っていたからだろう。

 俺はついはっとなって、何かに気がついたみたいに、答えた。

「はい。大丈夫っす」

ナミちゃんとトモちゃんが、ぷぷぷっと笑いをかみ殺している。

「そう。じゃあ。話すわよ。部員も集まったみたいだし。職員会議でね。校長先生がいうにはね。『こういうことはほとんどありえないことだ』、『私は必要のないことだと思っている』、だそうだわ。私はバレー部の顧問だけど、占い部の顧問もかけもちでやってほしいて。だから、必要ないとかいいながら、『部を立ち上げるからには、顧問も部員も責任を持ってやってほしい』、だそうよ。ああ、こんなこともいっていたわ。『占い部っていうのはいいですね。今までなかったのが不思議なくらいだ』ってさ。笑っちゃうでしょ。最後には、『石田先生、頼みましたよ』って、私、校長先生に念を押されちゃったわ」

石田先生は、何がおかしいのか、はははと笑ってから、俺たちに向き直った。

 俺たちは一瞬何が起こったのかどうか、占い部は結局どうなるのか、わからなくって、その場にぼけっと突っ立っていた。ただサヨカちゃんだけが、石田先生をまっすぐ見据えていた。

「それで、この書類に、それぞれ名前を書いてほしいの。代表は斎藤さんでいいのよね? クラブ名は、占い部と。顧問の私は後で書いておくから。ああ、これね。クラブ設立申請書よ。今度の職員会議に出さなくちゃあいけないの。じゃあ書いて」

と、石田先生は一枚の難しそうな書類を差し出した。クラブ名の欄に、占い部、とだけ先に書かれてあった。

俺たちは緊張しながら、一人ずつその書類に名前を書いていく。サヨカちゃんは一番最後に名前を書いて、代表のとこにも名前を書いた。ケンタ先輩の字は、俺より汚かった。

「よし。それでよしと。たぶんだけど、大丈夫だと思うわ。職員会議でもほとんど決まっていることだから。そんなわけで、もうちょっと待ってちょうだいね。部室とかも、もう少ししたら明けわたすことができると思うからね。もうちょっと待っててね」

石田先生は俺たちに、本当にすまなそうにいってくれた。

 俺たちは、「ありがとうございます」、「よろしくお願いします」、と頭を下げて、職員室を、「失礼します」、と後にした。。サヨカちゃんと、カヨちゃんが、石田先生に、一番ていねいにおじぎをしていた。

「よかったじゃん。ほんとにできそうじゃん。占い部」

と、ナミちゃんが、サヨカちゃんの肩を、軽くぽんぽんと叩いた。

「みんなサヨカちゃんのおかげだって。ありがとう。サヨカちゃん。部長!」

と、トモちゃんも軽くサヨカちゃんの腕にタッチする。

「ほんと私たちは上級生のくせになんにもしてないけど、なんかあったらいつでもいってね。助けになるから」

イッちゃん先輩はちょっと照れた様子で、片目をつぶりながらいった。

「サヨカちゃん。本当にありがとう」

カヨちゃんは真剣に感謝している様子だった。

「私だって一人じゃあ何もできなかった。一人で部を立ち上げようと思っても、何もできなかった。ここにいるみんなのおかげよ。私こそ、ありがとう。みんな」

サヨカちゃんさえ、いつになく真剣そうにいう。うっすら涙ぐんでいるようにも見える。

「じゃあ、俺のおかげでもあるってことだな」

「アキオはそのみんなの数に入っていない。アキオ以外ってことだね」

と、トモちゃんがいうと、

「うんうん。アキオ以外だな。アキオはなんもしてねーもんな」

と、ナミちゃんがそれに合わせて、そんなこといってる。

 そして、カヨちゃんも一緒になって、三人で笑っている。

「ちぇっ。なんだよ。それ」

俺がそういうと、ケンタ先輩以外の女子たちがみんないっせいに笑い出した。

 とにもかくにも占い部立ち上げに、また一歩、大きな一歩を進ませた。

 前を歩く女子の集団は、いかにも楽しそうだ。

 すると、その後ろを歩くケンタ先輩が、ふと一番後ろの俺に振り返ったんだ。なんだろうと思ってると、またすぐに前を向いた。ほんとに何を考えてるのかわかんない人だなあ。もー。

 俺の足取りも、なんだかいつもより軽かった。

 よっしゃあ。テンション上がってきた。よし! やってやるぞー! 占い部―!

 さっきまでどしゃ降りだった雨が、小降りになった。

蒸し暑さのことも忘れ、騒がしく、廊下をすべるように歩く俺たちがいた。

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