【陸】

第三十三話

   【陸】


 成り行き上、ツユ達は先日伏見稲荷大社を訪れた三人のまま異界を目指す事となった。一度ツユを謀っている安城を連れて行くことにフーリは拒否的な反応を見せたのだが、結局メザメの一言に渋々と言葉を飲み込む事になったのだった。「最悪の場合は肉壁として用いて良い」というメザメの提案した鬼畜な条件が、彼の首を縦に振らせる決め手になったらしい。


 これよりツユ達は、怪奇の正体を見定められるという“雲外鏡”を用いて閉ざされた異界への出入口を見つけ出し、いまフーリの懐に仕舞われている二つ目の“小瓶”でもって、栗彦の中に巣食う何かを、強制的に蒐集してしまおうという算段である。ちなみにシライちゃんは低級霊にしか作用しないという事なのでお役御免となった。

 本当は、妖怪捕縛の大立ち回りの渦中へといち人間であるツユが出向く必要など無いのだが、彼女は「その様な平和的な解決などありはしない」と言うメザメの説得にも応じずに、怪異との対話を求めて現場への同行を強行したのであった。



 人影はまばら。晴天の下を行く一行。

 彼等はいよいよと『異界のおみくじ』にあった松原通りの坂道を東に向けて上がり始めた所である。左右に民家の立ち並んだ狭い車道の坂道を、轆轤ろくろ町の方から上がって行く。思わず目を細めてしまう位の陽射しが三人の影をアスファルトに落としていた。びっしり立ち並んだ家々を左右にしながら行くと、やがて見えて来た辻の右手に『六道之辻』と刻まれた石標が見えて来たのにツユは気付いた。


『しかしこの地に異界があるなど因果なものだ』


 珍しくメザメの方から感慨深そうにして話し出すので、フーリが取り合う様にした。


「どうしたんだよメザメ」


『お前に言ってもわからんだろうが、この六道之辻ろくどうのつじとは古来より、あの世とこの世の境界線であると考えられていた地であるのだ」  


 するとツユが会話に割って入る。正面からの陽射しを遮る様に額の所に手をかざしていた。


「さっきの辻に石標がありましたけど、あそこを六道之辻と呼ぶんですね。というか、って何なんですか」


 もはやインテリぶる素振りも一切見せなくなったツユへと、メザメは教えてやった。


「この世には六つの世界があり、下から地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上。それを“六道”と言う。それぞれが犯した罪に応じた世界に輪廻転生するのだという、仏教の教えだ」


「ほぇ~、輪廻転生ですか。つまり先程の六道之辻はその六道の分かれ目であるという訳ですね」


 するとツユは安城へと振り返りながら、こめかみの辺りに人差し指を添えながら問い掛ける。


「安城さん、狐達がこんなスピリチュアルな土地にわざわざ異界の入り口を構えたのには何か理由があったんですか? 確か『異界のおみくじ』の作中でも、観光名所の名が多く連ねられていた様な……」


 なんだかすっかりツユに懐いてしまった様子の安城は、名が呼ばれるだけでも嬉しいのか、白い歯を見せながら笑っていた。


「地脈からの気が多いんだよ。だからボクらの構える異界への入口は、観光地なんかに多くなったりするんだ」


 即座にあった返答に、メザメは嫌味っぽい嘆息を返した。


『キミら妖怪が風水を気にするとは、皮肉が過ぎて笑えるな』


「……笑ってないじゃん」ゾッとするような目で安城は言った。


 それからメザメは――風水とは元々、気を操り、キミら魔を遠ざける為に利用しだした概念だと言うのにな。と付け足していた。


 辻の多い、緩やかな松原通を上って行く。もう程なく、事前に地図で確認していた『六道珍皇寺ろくどうちんのうじ』が坂の上に見えて来ても良さそうな頃合いであるのに、いつまで経ってもその場所が見えて来ない事をツユは訝しく思い始めた。


「本当にこの先に六道珍皇寺があるんですか?」


 ツユの疑念に答えたのは彼女の顔を真横から覗き込む様にした安城である。


「心配しないでジョウロちゃん。六道珍皇寺は路地から奥まった所に位置してる。だから家並みに隠れているだけなんだ」


「そうなんですね、安城さん」


「そうさ、油断していると唐突に現れる。それもまた、この地の放つ不可思議な力を象徴しているみたいだよね……ただ、今回はそこまでは行かないんだけどね」


 なんて朗らかに談笑していると――やがて、その時は訪れる。


「ここだ」


 安城はそう言って足を止めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る