第二十三話


 やがて急階段を上り切ると少しの広場が現れた。息も絶え絶えになったツユと安城が青いベンチに倒れ込むと、逆さまになったその視界に、剥き出しになった岩場からの京都の絶景が映る。ここからの光景は何処よりも美しく、疲れが吹き飛んでいく様に感じられた。


 四ツ辻。その名の通りここでは四本の道が交差している。一本は今上がって来た道で、一本は京都の町並みを見渡せる展望台、それと御幸奉拝所へと続くサブルート。先へ進む為には茶屋を挟んで左ルートと右ルートがあり、推奨されるのは傾斜の緩やかな反時計回りにお山を登るである。

 四ツ辻に立てられた時計の時刻は丁度零時四十分を差し示していた。安城はいい加減にそのサングラスを外して胸ポケットに仕舞っていく。


「今の時刻ならベストだな。それじゃあに進んで行くよ」


 安城が言うに、伏見稲荷大社に奉納されし雲外鏡は、特定の手順を踏まないと現れないという摩訶不思議な方法で持って隠匿されているらしかった。先程メザメは、ここ京都では不思議が起きて妙な事など無いと言ったが、もしこれが真実であると言うのならばこれ程の怪奇は無いとも言える。

 ここを訪れるほとんどの者が選択するなだらかな右ルート。それとは逆となる、勾配の激しい左ルートへと一行は踏み入っていく。


 下りになった鳥居の道を歩く。進むに連れて、闇の深部へと進んでいるかの様なこの感覚は、夜の思わせる錯覚だろうか?

 遠い感覚に配置された外灯と外灯の間。長い闇の間隔を行く。下に行くほど薄寒いと、ツユは身震いしながらコートの襟を立てて二人の背中を追っていく。


 ――不意に振り返るとそこに深い暗黒だけがあった。


 身震いしたツユは頭を振るって前へ向き直り、歩みを早めていく。

 しばらく鳥居の道を下っていくと、ちょろちょろと漏れる水の音に気付いて顔を上げた。

 すると鳥居の途切れた視線の先に奇怪な格好をした狐の像を見た。


「わぁ、狐が逆立ちして、竹を咥えてる」


 眼力社に据えられた手水舎ちょうずしゃには、逆立ちをした狐が竹を咥え、そこから水を吐いている狐像がある。誠に奇怪な出立ちで人気を博するその狐の頭には宝珠が乗っていて、首元には鮮やかな前掛けがされていた。


「なんか少し可愛いかも」


 そんな事を言いながら顔を近付けていくと、吐水口からの水が突如と勢いを増してツユの顔面に冷水を浴びせた。洗礼を受けた彼女は短く悲鳴を上げながら、鳥居の下を行く二人の元へと走っていった。


 短い階段を上がると、御膳谷奉拝所の赤い祈祷殿が誰もいる筈の無い内部を煌々と照らしていた。ガラス張りの壁から内部を覗くと、ネズミにしか見えない白い狛狐が二体鎮座しているのが見える。

 闇に灯った唯一の明かりに一瞥も無く通り過ぎていく男達。何処へ行くというのだろうか。その先には暗黒と深いお塚の群れがあるばかり。闇に溶けた輪郭に目を凝らしてみると、苔生した石碑や狛狐達が、迷路の様に入り組んだ細道に立ち並んで石の森を形成している。


「あの、安城さん……ここで何を?」


 ツユが問うたのも無理はない。ここには一際多くのお塚があるばかりで他に何もない。その証拠に、ここには外灯さえが無いでは無いか。夜間に誰かが訪れる事を想定していないのだ。本来の道筋は背後に振り返った祈祷殿の先、その奥に続いた赤い鳥居の方角に点々と外灯が道を示している。だから聞いた。すると安城は「手順を踏む」とまた繰り返してから例の説明を始めるのだった。


「ここにあるお塚の中から、宝玉と巻物を咥えた狛狐が出現している筈だから探してくれ」

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