第二十話

   *


 それから三十分後、しばらくはなだらかな道が続き、観光名所もあったのだが、既にツユの心労は観光的余裕を通り越していた。途中Y字に分かれた鳥居の道を帰路に向かって進み出しそうになるのを堪え、今一行はお塚の前の長い階段の前に座り込んでいる。

 ここだけは景色が一転し、鳥居の赤ではなく石の色に支配されているのが妙な感じがする。右手の方には所狭しと小さな祠や石碑が並んで何層にもなっている様だった。

 ここはいわゆる個々人の信仰の集まった“お塚”という奴で、それぞれで独立した稲荷を祀っているという事らしい。これらを総じてお塚信仰などとも言うらしいのだが、見渡して見ると、小さな神社と呼んでも差し支えの無い位の様相になった豪華絢爛なお塚から、対象的に、狛狐が砕けて石碑も苔生したままになってしまっている古びれたお塚までもが並んでいた。

 ……重たい腰を上げながら、ようやく上り始めた急傾斜の階段の途中で声が上がる。


「ひぃ、ひぃい……休憩、ちょっとフーリさん休憩しよ!」


「またかよジョウロちゃん、どんだけだ体力無いんだよ」


 ツユだけじゃなく安城もヘバッている。フーリにとってはこんなものは朝飯前であるのだが、同行者がこうではままならない。


「おい、なんでお前は狐の癖にこの程度の山道にくたびれてんだ」


「ボクは野蛮な狸とは違うんでね」


「狐が随分俗的になったもんだ」


 男二人の問答に挟まれたツユが控えめに挙手をしながら発言を始めた。


「あ、あの……前からたまに言ってるその、って、何なんですか?」


 すると安城が驚いた様子でフーリを見上げている。


「まさか言ってないのか?」


 問い詰められてもポカンとしているフーリに安城は頭を振るう。


「呆れた。ボクの本性だけ露わにしておいて、自分の素性は隠しているのか……いいかいジョウロちゃん、このフーリという男はね、“化け狸”なんだよ」


「え――!!」


 吐息を荒らげたままツユは眉を跳ね上げた。だが言われてみれば確かに思い当たる節が無い訳では無い。栗彦を追い詰める時に見せたあの身のこなし、確かに人間業ではないと思ったものだ。加えて当の本人がどうでも良さそうに「そうだぜ?」と言って、ポケットからガサゴソと取り出したバナナチップスを噛り始めているでは無いか。


 改めて見回せばツユは今、狐と狸に囲まれているという事になる。そんな事実に目を回しそうになっていると、耳元からメザメの声が聞こえて来た。


『キミらが良く見知った安城廻もまたそうであった様に、この世界には案外多くの怪異が紛れている』


 ――まさかメザメさんも? ツユの問いに対しては耳元より『どうだろな』との声が返って来るばかりであった。


 吸い上げる息が冷え冷えとしていて、臓腑が縮み上がる感覚があった。周囲にひしめく夜気がさらに深く冷たくなって来た気がする。

 少し恐ろしくなってツユは安城とフーリを交互に見やる。あやかしへの恐怖を底知れぬ闇が増幅し、ツユの中で渦を巻こうとしたその時、安城は彼女にペットポトルのお茶を差し出し、フーリはバナナチップスの袋をツユへと向けていた。


「食えよジョウロちゃん」


「飲みなよジョウロちゃん」


「あ……ぁ、どうも」


 やはり思い直し、ツユは彼等に対する恐怖を振り払っていた。


『キミはわからないものに強く恐怖する性質たちだ。しかと見定めなければ、それがどれ程恐ろしいものであるかも理解できないでいるのに』


 ツユを見透かした様な事をメザメが述べる。

 しかしツユもまたそうだと思った。彼等が怪異であるからなんだと言うのだろう。ツユはその正体をこの目で見定めるよりも前に、それがひどく恐ろしいものであると決めつけていたのだった。


「でも、バナナチップスはいいかな……」


「なんでだよ!」


「馬鹿な狸め、当たり前だろうが」

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