第七話
正式に承諾された依頼にツユは――ヤッた。と飛び跳ねた。早々にメザメは依頼人との話を進めていく。
「その兄とやら……ふぅむ、便宜上あえてこれから“栗彦”と呼ぶ事にするが……栗彦は、キミの自宅に今も居るのか」
「はい、幾つも掛け持ちしていたアルバイトを全て辞めて、最近は自室にこもって書き続けています」
「何かに取り憑かれたみたいに……か」
ツユのその瞳の奥に、何とも言い得ぬ恐怖が渦を巻いているのに気付いたメザメは、睫毛を深く沈み込ませながら妙な事を口走った。
「
――メザメの右目がその一瞬、
しかし改めて見ると彼の右目は何の変哲もなく黒々としている。
混乱し、耳を疑うような台詞にツユが目を見張っていると、骨董屋の店主は眉間に寄ったシワを指先で揉みながら続けた。
「なに、キミの兄の様に大それたものではない。しかし確かにキミは見定めなければならない様だ。心の中で渦を巻く、その怪異の正体を」
「どうしてそんな事が……」
「
「は――?」
ツユが言い掛けるのを遮る様に、メザメは深く息を吐きながら立ち上がった。ツユの方も思わずそれに倣って立ち上がる。双方起立してみるとわかるが、このメザメという男、ツユの身長が百六十センチである事を考えると、これだけ高く見上げねばならぬ程に上背がある。おそらくは百八十センチ後半もある痩身の男は、凛とした黒の着流し姿で佇み、片方の腕を袖に突っ込んで、残るもう片方の手で自らの背後の方をツユに指し示した。
「僕の
その親指に示されてその時ようやくツユは、メザメの背後の花瓶と日本人形の並んだ棚の向こう側で、ひっそり佇んでいた若い男が居た事に気付く。
「その人ずっとそこに居たんですか!?」
「そうだ、名を“フーリ”と言う」
フーリと呼ばれた男は何も語らず、影より身を一歩踏み出して、太い腕を胸の前に組んだ姿勢のままツユを鋭く見下ろした。その口は真一文字に結ばれていて頑なで、眉も吊り上がっている。非常に屈強な体躯。身長にしてもメザメと同じ位に高く、年はツユと同い位であろうか、若者らしいオーバーサイズの緑のパーカーに、ダボッとした青いジーンズを履いて、ロボットの様に大きくて派手な赤い靴を履いている。髪もキレイな茶髪に染めて、ラフな髪型をしたその左耳には銀のピアスが一つ輝いていた。こんな今風の男が、メザメという対照的に古風な男となんの因果があるのだろうか。
「よろしく……お願い致します、フーリさん」
ツユは言ったが返答は無かった。
フーリの目は大きくて丸いが、眉間にこれ以上無いくらいに深いシワが寄って、ツユを睨む様な目付きを続けている。そんな巨漢の解き放つ圧に身を竦まされながら、ツユはどうしたら良いのかわからずにヘコヘコと愛想笑いを続けた。
……返答は依然無い。
するとそこで、フーリのギョロリとした目がメザメを窺う。するとメザメがツユへと言い始めた。
「フーリの耳にはこの小型インカムを装着させるから安心しろ。僕はその声から状況を察して指示を送る」
イヤフォン型の黒いインカムを見下ろしながら、ツユはギョッとする。
「えっ、ええっ! メザメさんは来ないんですか?!」
「僕はここを離れない。非力な僕は風が吹けば飛んでいく位に軟弱なんだ。運動音痴が現場に出向いても足手まといになるだけだろう」
言われてツユは着物の袖から垣間見える細腕を見下ろした。確かにそこの筋骨隆々とした男とは比べものにならない。……が、はたして人捜しをするのにどうしてそこまで運動能力が必要なのかと、不穏な空気を感じたりもしていた。
「僕はここを離れない。現場のことはフーリに任せる。そして僕はここで考える。それがやり方だ。こう見えて色々と忙しいものでね」
――なんでこんな怖い男と二人で行かなきゃならないのよ。と、ツユが抗議の目を向けると、メザメはそんな事などわかり切っている、とでもいう具合に畳み掛けて来た。
「ジョウロくん。僕はさっきキミをアホだと言ったが」
心外な言葉にツユが下顎を落とすと、メザメはこう続けるのだった。
「安心しろ、フーリはキミよりももっと馬鹿だ」
……俺のが上だ、と言わんばかりに、メザメの背後に佇んだ男は、指を二本合わせたピースをピッと決めて、フンスと鼻から息を吐いた。
一体何が安心なのだろうかとツユは思った。
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