4 禁断の強化方法
一か月後、俺はそれまでずっと考えていたことを聖剣ラスヴァールと相談していた。
「限界を超えるには、人間の肉体を捨てるべきだと思うんだ」
「なんだと……?」
聖剣の声が、わずかに震えている。
常に冷静なラスヴァールにしては珍しく驚いているらしい。
「聖剣の強大な力に、俺の肉体がついていけてない。三年間、肉体を鍛えてそれなりに力を使いこなせるようになったけど――さらに上の強さを得るためには、それだけじゃ駄目だ」
「だから人の体を捨てる、と?」
「人間とは違う、もっと強靭な肉体が欲しいんだ」
俺は聖剣を見つめた。
「今まで数多くの勇者と一緒に魔王軍と戦ってきたお前なら、何か知っているんじゃないか?」
「……一つだけ」
聖剣は一拍置いて言った。
「方法がある」
その言葉には躊躇が感じられた。
「言ってくれ」
嫌な予感を覚えつつも、俺は促した。
「ただし……それを行えば、お前はもう戻ってこられなくなる。人間とは別個の生命体に近づいていくだろう」
「構わない」
「では言おう。その方法を」
聖剣は一拍おいて、俺に『それ』を伝える。
「魔族との同化だ」
「魔族との――同化?」
俺は驚き、息を飲んだ。
「魔族は、人間よりもはるかに強靭な生命力や身体能力を有している。その体を取りこめば――」
「できるのか、そんなこと……!?」
「お前はすでに聖剣の能力をかなりのレベルまで使いこなせるようになっている。各スキルについてもな」
聖剣が語る。
「スキル【吸収】を限界レベルで使用した場合、魔族の力を取りこみ、さらに細胞レベルで融合することが可能だ」
「細胞レベルで融合――」
俺はふたたび息を飲み、聖剣の次の言葉を待った。
「【吸収】は本来、相手のスキルを会得するスキルだ。だが極めれば、文字通り相手の存在自体を自分に取り込むことができる――」
「じゃあ、魔王を【吸収】してしまうとか?」
「いや、自分よりも強い相手とは融合できないし、下手をするとお前の方が魔王に取り込まれてしまう」
……まあ、そんな都合よくはいかないか。
「そもそも相手を取りこみ、自分に融合させるほどの【吸収】自体が破格のレベルだ。歴代の勇者にすら無理だったことだが……今のお前ならできる」
「魔族の肉体と融合すれば、お前の100パーセントの力に耐えられる、ってわけか」
現状で俺の成長は頭打ちだ。
他に強くなる方法はなさそうだった。
「分かった。やるよ」
俺は即答した。
今さら迷いなんてない。
すべてを捨てて、二度と戻れない地点まで行くことになっても――。
俺は必ず、魔王を倒せるだけの力を手に入れてみせる。
俺は、アリシアに別れを告げに行くことにした。
これから俺は人間ではなくなってしまう。
体や心にどういう影響が出るかもしれないし、最悪『暴走』のような状態になることも懸念し、彼女を万が一にも巻きこまないようにしなければならない。
アリシアはここから数キロ離れた隠れ里のような場所に住んでいる。
他にも魔王軍から逃れてきた人たちが暮らしている小さな集落だ。
俺は馬車でそこへ向かっていた。
「……お前はそれでいいのか?」
「仕方がない……と簡単に割り切れるわけじゃないけど」
聖剣の問いに俺は重い息を吐き出した。
「彼女を守ることが第一だ」
「……そうか」
が、久々に戻った場所は炎に包まれていた。
俺とアリシアの家がある町。
俺にとって第二の故郷とも言えるそこは城壁がボロボロに崩され、町全体から火の手が上がっていた。
「アリシア!?」
俺は呆然として走った。
どうやら魔族たちが攻め入った後らしく、町の大半が廃墟と化している。
建物は火に包まれ、崩れた瓦礫のあちこちに死体が横たわっている。
「くそっ、こんな……っ!」
俺は自宅まで走った。
「無事でいてくれ――」
どくん、どくん、どくん……!
心臓が異様なほど早鐘を打つ。
走りながら緊張や不安、焦燥感がどんどん膨れ上がっていく。
自宅までは、ここから数十メートルの距離だ。
そのわずか数十メートルが永遠に感じられるほど、長い。
俺は必死で走った。
「はあ、はあ、はあ……っ」
ようやくたどり着く。
すると――、
「あ……ああ……」
俺はその場に崩れ落ちた。
目の前の光景を、頭が理解しようとしない。
「嘘だ……嫌だ……嘘だ……嫌だ」
地面に跪いたまま、俺はうわごとのように繰り返した。
傷だらけのアリシアが、そこに倒れていた。
「カイン……」
か細い声でつぶやき、彼女が俺を見つめる。
「アリシアぁっ!」
俺は慌てて駆け寄った。
大丈夫か――。
その言葉が、口から出てこない。
アリシアの体は――半ば以上が炭化していた。
右腕と左足は半ばから失われている。
体中に傷があり、生きているのが不思議なくらいの満身創痍だった。
「魔王軍が……この辺りを襲って……あたしも剣で立ち向かった……けど、やっぱり……だめ……昔みたい……には……戦え……なかっ……た……」
「アリシア……ああ……」
握った手は、異様なほど冷たい。
しかも、彼女の手からはどんどんと体温が失われていく。
「駄目だ! 行くな!」
俺は涙を流しながら叫んだ。
「ごめ……なさ……」
きっと、俺が戻るのを必死で待っていたんだろう。
必死で、命をつないでいたんだろう。
「先に……いく……ね……愛し……て……る……」
俺の顔を見て、安心したように微笑み――。
そのまま、アリシアは動かなくなった。
「これでもう――人間でいることへの未練はなくなった」
俺は唇を噛みしめ、つぶやいた。
破れた唇の端から血が伝った。
俺を、人間としてつなぎとめてくれていた最後の存在。
それがアリシアだった。
けれど、彼女はもういない――。
「俺は魔族を殺すために、魔族と同化する」
それから、さらに五年が過ぎた。
その日も俺は魔王軍の魔族たちと戦いを繰り広げていた。
「俺たち魔王軍を相手に、たった一人で何ができる」
「人間が、調子に乗るなよ」
俺を取り囲む魔族の数は50体を超えている。
だが、俺に焦りはない。
恐怖も何もない。
心は静かだった。
なぜなら、俺がこの程度の敵に負けるはずがないからだ。
「とはいえ、ある程度は『魔族に近づいて』おいた方がよさそうだな」
よし、人間7割、魔族3割くらいの発現率でいこう。
俺は方針を決めると、
「【黒翼展開】」
ばさり。
俺の背から黒い翼が生えた。
「【結界生成】」
俺の周囲を防御結界が覆う。
人間の魔力では絶対に生成できないレベルの、強固な結界が。
「な、なんだ、こいつ……!?」
魔族たちから先ほどの威勢が消え、その顔に動揺の色が浮かんだ。
「【詠唱破棄】【短縮呪文発動】」
続いて魔法の連続コンボだ。
「さらに【詠唱破棄】【同時多重魔法起動】」
ぱりっ、ぱりぱりぱりっ……。
俺の周囲に稲妻がほとばしる。
魔法。
かつてはただの『荷物持ち』に過ぎなかった俺は、今や魔族の魔力を得て最強の魔術師となっていた。
そして、同時に最強の剣士でもある。
「じゃあ、いくぞ。ラスヴァール」
俺は聖剣を構えた。
今までなら聖剣の力を高めると、俺の体の方が耐えられなかった。
けど、今は違う。
「おおおおおおおおおおっ!」
聖剣の力を起動し、身体能力を爆発的に高める。
「ば、馬鹿な、なんだこれは……!?」
「お前、本当に人間か――」
彼らが俺を見て戦慄していた。
白と黒――聖と魔の両方のオーラをまとった俺はニヤリと笑い、
どんっ!
地を蹴り、突進した。
戦いはおおよそ十秒程度で決着を迎えた。
俺の放つ聖剣の斬撃と雷撃魔法の連打で、50を超える上級魔族はことごとく倒れた。
弱すぎる――。
いや、俺が強くなりすぎてしまったのか。
……アリシアを失った俺は、魔族への復讐心をより増大させた。
同時に、人間であることを止めることにした。
アリシアがいない今、もう人間としての存在に未練なんてなかった。
ただ彼女の仇が討てればそれでいい――。
そう考えた俺は完全に吹っ切れた。
そして、俺自身の体を強化するために行動を始めた。
まずスキル【吸収】によって、下級魔族と融合。
さらに中級、上級――と何体もの魔族と少しずつ融合していき、五年の時を経て、ついに俺の体は魔族に限りなく近いものとなった。
外見上は人間そのものだが、今や俺の体は髪や爪の先にいたるまで、魔族とほぼ同じだ。
当然、その強靭さも人間のレベルをはるかに超えている。
聖剣との適合値は400を超え、なおも上昇中だ。
俺は聖剣を手に、戦い続けた。
十年、十五年、そして、ついに――。
俺が魔族と融合してから三十年が経った。
すっかり老人の年齢に達した俺だが、肉体はむしろ以前よりも好調だ。
年を経るごとに、ますます強くなっている。
すべては魔族と融合した成果だろう。
もはや聖剣との適合値は3000を超えている。
そして、ついに魔王との最終決戦を迎えた。
***
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