夜の公園で出会った女の子を幸せにする『お仕事』

如月ちょこ【街モデ】【ダンざま】連載中

僕の『お仕事』

『大好きだよ』


 君――道野早紀のこの言葉に、中2になった僕は今までに、どれだけ救われただろうか。


 小さい頃から、友達はいない。クラスでは日陰者。1人での生活を謳歌――するはずだった。


 けど、そんな日常を壊しに来る人がいた。それが君、道野早紀。


 これはそんな彼女と僕の、非現実的だけど現実的な――小説より奇なりと言われそうなお話だ。





 _______






 出会ったのは小学校6年生の頃、それも春休みだった。あれは――そう。僕が公園で1人、夜遅くに遊んでいた頃だったかな。


 いつもは見ない人影があったんだ。すべり台の上、一人で佇んでいる女の子。


 どうしても気になってしまった。いつもはいないのに。どうしてこんなに夜遅くにいるのだろう? って。


 だからかな……話しかけちゃったんだよね。その頃から日陰者として過ごしていた僕が、身の程も知らずに。


 気がついたら、声をかけていたんだ。


「ねぇ君、迷子なの?」


 ぼくに声をかけられて顔をあげた彼女は、顔が赤く腫れていた。


 泣いていたんだ。顔につく涙の跡。小刻みに震えている肩。鼻水が出てしまっている。


「ゔん……」


 帰ってきた声は鼻声で。どう考えても、このまま一人で放ってはいけない。


「そっか……。僕は桜庭柊斗。小学6年生だ。急な提案で申し訳ないけど……、もし迷子なら一緒に家探さない? 僕、ここらへんは詳しい自信あるからさ?」


 だからこそ。僕は彼女を家に送り届ける義務があると思ったんだ。


 僕にしては、勇気を出した。

 僕にしては、コミュ力が出た。

 僕にしては――荷が重すぎる。


 そう思ったこの仕事も。


「じゃあ……よろしくお願いします」


 この一言と一緒に向けられたとびっきりの笑顔で、最高の仕事へと変わる気がしたんだ。







 _______







 僕らは一旦公園の外に出て、当てもなく――いや、隣の女の子が歩く方向について行ってるだけだけど――歩く。


 正直、気まずい。だって隣には名前も知らない女の子。そしてその子を家に送り届けようとしてるのは、コミュ障の僕。


 もちろん会話なんてありゃしない。


 だから、僕は少し焦っていた。


 僕から首を突っ込んだことだ。なら僕から会話を発生させないとね。


「ねぇ、名前は……?」


 伝家の宝刀、名前交換を発動して、どうにか会話の種を作りに行く。


「……道野早紀。藍崎小学校の6年生」


「へぇ、可愛い名前だね」


「……ありがとう。そっちは――どこの小学校?」


「僕は杉中小学校の6年生。多分藍崎小学校って隣の市なんじゃないかな……」


 確か、そうだったはずだ。ニュースで見た気がする。うちの隣町、古墳があって有名なんだ。


「じゃあ私は隣町まできてたんだ……」


「そうだね。まぁ……きっと帰れるよ」


「……うん」


 ここで一旦会話が途切れて、またまた無言のまま二人で歩くことになる。


 けど、道筋は見えたよね。隣町の、藍崎小学校の校区内に『道野』っていう家がある。


 けど藍崎小学校どこにあるのかわからないんだよね……。


 だから僕は役には立てない。ついていって、道野が自暴自棄にならないように見張っておくこと。それが今の僕のお仕事だ。


 そういう仕事も、悪くはないんじゃないかな。







 ______






 なんとまぁ幸いなことにも。隣町に入った瞬間に、『藍崎』という地名が現れた。


 素晴らしい。僕がわざわざ探す手間も、道野が家に帰れなくなることもなくなった。


 しばらくして。道野が急に歩くのをやめた。


「あ、家ここだから」


 ちょうど目の前にある家の表札を見てみると、そこには『道野』との表記。


「じゃあ、これからは迷子にならないようにな」


 ここで僕の仕事は終わりだ。早く家に帰らないと親が待っているかもしれない。


 怒られないようにしないとね。まぁ……最悪お腹痛くてトイレに篭ってたとでも言えばいいかな。


「うん。またね」


「うん」


 道野がちゃんと家の中に入ることを見守ってから、僕は帰路につく。


 空はもう暗くなっていて、月明かりがきれいだ。……こんなことが気になるのもいつもじゃないことだけどね。


 ……偶然にも、姿を見つけた女の子。その女の子は泣いていて。迷子だった、それを助けた。


 たったそれだけの、小6の思い出。一度きりの、すぐに忘れてしまいそうな思い出。


 ましてやその後仲良くなるなんてあるわけがない。あんなにかわいい女の子と、日陰者の僕。せいぜい人助けしてくれて感謝の気持ちを持ってくれているくらいが関の山だ。


 そうなると、思ってた。


 けど。現実は小説より奇なり、とはよく言ったもので。


 翌日、僕はまた昨日の公園に行ってみたのだが。


「柊斗、待ってたよ」


 僕の仕事はまだまだ続く。あの笑顔はなににも代えがたい対価であると。


 そういわんばかりに僕のことを待っていたのはなんと――


 昨日出会った女の子、道野早紀がいた。


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