26.侯爵の欲求


「進言とは奇妙なことを言う。私はこの者を王妃にすると伝えたはずだが?」


 フロスティーンも含め、会場中の視線がゼインへと集まっていた。

 騒ぎが始まる前にフロスティーンに見せていた笑みとはまるで違う種類の笑みがそこにある。


 それは重臣たちがとても見慣れた顔だった。


「長くっ!な、長くご尊顔を拝することも叶わず、進言の機会が得られなかったものですから。今日この場となってしまったことは申し訳なく思っております」


 恐ろしさを誤魔化そうとぎゅっと拳を握り締めて発言した侯爵は、予想以上に大きな声が出て、自身で慌ててしまう。


 半ば呆れながら、侯爵を鋭い目で射貫くゼインは。



 ──何故会おうとしなかったか。そこに考えも至らぬ男だったとはな。



 だからこそ、このような場で愚行を犯す、と冷静に人物を捉えつつも。

 ほんの一瞬横目でフロスティーンを見やった。



 ──結局何も分からなかったが。まぁいい。



 微笑むフロスティーンと目を合わせてから、ゼインの視線はすぐに侯爵へと戻った。


「これまた理解出来ぬ謝罪だな。俺が決めたことに物申す権限がお前にあるとでも言う気か?」


「そのような言い方をするのはいかがかと。それではまるで独裁者ではございませんか」


「悪いが意見を聞く相手は選んでいてな」


 ゼインに怯えながらも、侯爵はこれに激怒した。


「なんということを。古くからある私どもにご相談なくして、誰の意見を聞くと仰るか!」


「他にいくらでもいようが。聞くべき相手に聞き、俺が決定する。それの何が問題だ?」


「私どもに相談もなく、国の大事なことを決められてしまっては困ると言っているのです!もう戦時中ではございませんよ!事前にお聞きしてくだされば、サヘランなどから王女を迎えることなど!早々にご反対申しておりましたのに!一度受け入れてしまってから返すとなれば、我が国に不利益が生じるやもしれぬではありませんか!」


 最後の言葉を受けてゼインの額に青筋が立っていたことを、侯爵は気付けない。


「お前が事前に反対していようと、結果は変わらなかったが?」


「なんと!この王女が厄災と名の付く者と知ってのご決断だったとでも仰る気か!」


 ゼインはもう一度横目でフロスティーンを見てしまった。

 笑顔がまったく崩れぬ様はもはや見事だが。


 意味なく周囲を怯えさせていても勿体ないと感じ、使い時を教えていかねばとやはり決意するゼインだった。



 ──こちらが知っていたことに傷付く女ではなかろうが……。



 ひと月の間、食事を共にしてきても。

 フロスティーンの為人を理解するには、まだ時間が掛かりそうなゼインである。


「陛下!」


 早く答えよと求める侯爵に向けて、ゼインはにやりと笑いながら応じてやる。


「そうだ。知っていて迎え入れた」


「な、なんですと?」


「お前たちが調べられることを、俺が知らないとでも思ったか?」


「そ、それは……」


「何の考えもなく、余所の王女を俺の妃に迎え入れるはずがなかろう」


 今までもあらゆる戦略を用い、隣国を併合してきたゼイン。

 その間、ろくな意見も出せずにいた侯爵ごときに、何が分かろうか。


 とゼインは言っているのだが。


「陛下のことですから、当然お考えあってのことだとは思いますが。私どもに何のご相談もいただけなかったことは問題です。これについては改めていただきたい」


 意見を早々に覆した侯爵は、まだそう言った。


 

 ──私ども、私どもと煩い男だ。いいように捨て駒にされおって。憐れな。



 憐みなど持っていないくせに内心でそう考えて、ゼインはすでに裁きを選び始めていた。





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