11.召された先も人知れず


「あの女は呪われて生まれてきた王女なのよ。近付くだけで厄災が降りかかると言われているわ!」


 ゼインが無言を貫けば、女は嬉々として語り続ける。


「驚いたでしょう?うふふ。サヘランはね、いい厄介払いが出来たと国を挙げて喜んでいるのよ。そのうえ、アウストゥールの恐ろしい王とうちの王族が親戚になれたのですもの。これでもうサヘランは安泰だと、わたくしたちが国を出る前からお祭り騒ぎだったのよ?」


 女は明らかに悦に入っていた。

 舞台女優のように芝居掛かった発声は続く。


「あなたは、サヘランから厄災の王女を貰ったの。あはは。これからアウストゥールで何が起こるのかしら。ねぇ、恐ろしいでしょう?だけど切り捨てられないわよねぇ?大国の王女だもの」


 これが最後の仕上げと、女はうっとりと熱のこもった瞳でゼインを見上げ。


「わたくし、身代わりになってもよろしいわよ?」


 最後の台詞を言い切った。

 

 女の瞳の熱が強くなるほどに、ゼインの瞳から熱が失われていたことには、女は気付けない。


「左様な大それた考えをよく口に出来たものだと感心するぞ」


「あなたには必要でしょう?ですからわたくしが──」


「要らん」


 ゼインがきっぱり断ると、女の目が驚愕に見開かれた。


「どうしてよ?あの女を消して困るのはあなたじゃない。わたくしがその埋め合わせをしてあげると言っているのよ。サヘランの女が必要でしょう?」


「消すつもりもないし、何が起きてもお前は必要ない」


「厄災を引き起こす女なのよ?早いところ始末をしないでどうする気よ!」


 女は苛立ちながら語気を強めて言うが、ゼインの心になにひとつとして響くものはなかった。


「不敬だと分かっているか?俺の妻になる女だぞ?」


「はぁ?妻ですって?わたくしの話をちゃんと聞いていたわけ?」


「そのために迎え入れたんだ。当たり前だろう?」


 呆れて言ったゼインは、思い出したように言葉を付け加えた。


「あぁ、そうだな。お前にも一度くらいは人から感謝される喜びを知らせておいてやるか?ここに来る前に身代わろうなどと浅はかな考えを実行しなかったことには感謝する。よくぞ自分が王女と名乗らなかったな?」


「何を言っているのよ!あの女の身代わりなんて出来るわけがないでしょう?」


「たった今、お前がすると言ったのだぞ?」


「生きているうちは嫌よ!厄災が降りかかってきたらどうするのよ!」



 ──身を守る盾にはなっていたか。名付けた奴には皮肉だな。



 ゼインはすでに得られた情報に満足していた。

 この程度の者らから得るものなど、たかが知れているからである。


「あなただってそうでしょう?だから早くあの女をこの世から消し去って。わたくしと夫婦になりましょう」


 もう聞く気のなくなったゼインは、馬鹿にするよう鼻で笑ってしまった。

 それは正しく女には伝わらない。


「恐ろしいだなんて言えないわよね。でももう強がらなくたっていいのよ?夫婦になるのだもの」


「阿呆な。我が国が何も調べずに、婚姻を受け入れたと思ったか?」


 女が急に目を泳がせた。

 彷徨う異様な視線は、やはりもう壊れかけている。


「どういうことよ?厄災女と結婚?頭がおかしいの?そうね、戦ばかりしてきて……分かったわ!あの女を理由に、サヘランも併合する気ね?」


「そういうことか!ならば共に戦おう!早くここから出してくれ!」


「おぉ、そうだ!裏切った祖国などこちらから裏切ってやろうじゃねぇか!俺たちは城にも軍にも詳しいからな。あの国を落とすのは簡単だぞ」


「それなら早いところ、あの女の首を送った方がいい。この国に厄災が来る前に急いでくれ」


「そうだそうだ。あれの首を戻せば恐れ慄いて、戦意も喪失するだろうな」


「違いねぇ。何なら俺たちであの女の首を撥ねてやるぜ?これで俺たちは祖国では英雄だ!」


「裏切り者の英雄!いいじゃねぇか!」


 女の言葉に重ねるようにして騒ぎ出した男たち。

 ゼインは酷く蔑んだ目をして、鉄格子の向こうにいる人間を順に流し見た。


「愚かな」


 十年も戦を続けてきた国の王だ。

 簡単に国を裏切る人間をどうして味方にすると思うか。


 しかも城の騎士でもないと明かした後だ。

 こんな男たちが何の役に立つ?


 女だって同じだ。

 城の侍女だと言うが、どれほどの仕事を任されていた侍女だったか。

 おそらくは王族の顔も見たことはないのだろう。

 でなければ、先の会話で知っていると主張していたはず。


「あちらの城では接点もなかろうが、一応は聞いておけ。ここまでの道中のことは詳しく頼む」


「はっ」


「その後は交渉に使える程度にもならんなら、邪魔だから捨てろ」


 ゼインはそれだけを自国の騎士に言い渡して、地下空間を後にした。

 扉を閉める前に断末魔のような醜い叫び声を聴いたゼインは、それに振り返ることなく、薄暗い階段を上り始める。



 ──道中に擦り寄る頭が無かったことにも感謝か?



 祖国で何と言われていようとも、近い未来に隣国で王妃となる王女。

 聡い者らが付いて来ていれば、もっと面倒なことになっていたに違いない。



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